200 / 202
俺と同じ、元聖女
『淡い青緑色の髪で、後ろでちょっとだけ結んでました。目の色は綺麗な緑色で、宝石みたいな色だなって……思いました……』
『分かった。じゃあエストさんのその後の事は俺が調べて、また次に来たときに伝えるよ』
教会に戻ったらまずは殉職者名簿を確認してみよう、と脳内のやることリストに追加する。
『ありがとうございますっ、よろしくお願いしますっ』
俺は、松本さんがなるべく辛い気持ちにならないよう慎重に会話をコントロールしながら、彼女から事の次第を聞き出した。
その後は、できるだけ彼女の知らない情報を入れつつ、彼女の現在の状況を説明して、今すぐには無理だけどいずれは助けたいと思っている事や、また会いにくる事を伝える。
『それじゃあ芦谷さんは今、お父さんの代わりに巡礼に参加してるんですか!?』
『うん、こっそり、内緒でね』
俺が、父や弟もこの世界をうろうろしているので、俺の事は「圭斗」と呼んでくれたらいいよ。と説明すると、彼女も元聖女として「アヤカ様」と呼ばれ慣れているので下の名前で良いと返してくれた。
『彩華ちゃん、可愛い名前だよね』
俺が微笑むと、ほわんと幸せそうな気配が彼女を包んで、上方へと吸い込まれる。
俺と同じ元聖女。
俺と同じように、再会の約束を果たしにきて。
俺と同じように、親切心から巡礼に付き添って。
強引に奪われて、それからずっとずっと、ここに囚われていた。
エストさんがもしその時生き延びていたとしても、彼はもう、とっくの昔に……。
『圭斗さん……?』
『あ、ごめん、ぼーっとしちゃったね』
『お疲れなんじゃないですか? ここは……多分、圭斗さんが心だけで入り続けてるの、あんまり良くない気がします』
へえ、この子はそういうのがわかる子なんだなぁ。
そういえば最初も、俺を傷つけたのが自分だってすぐ自覚してたみたいだよね。
『……そうだね、ありがとう。今日のところはこれで戻ることにするね』
『はいっ、巡礼頑張ってください、気をつけてくださいね』
彼女は、ここに1人残されるにもかかわらず、笑顔で俺を見送ろうとしてくれている……。
『待ってると辛い気持ちになる事もあるかもしれないけど、寝たり起きたりして、のんびり待っていてね。ぐっすり寝てても、ちゃんと俺が起こすから』
『あはは、それじゃあのんびり寝て待ってますね』
うん、それがいいよ。
彼女にはまだ、辛い気持ちを整理するのに、これからたくさん時間がいると思うから……。
急に襲われて嫌だったよね、怖かったよね。
大事な人が傷つけられて、悲しかったよね、腹が立ったよね……。
もっと辛かった話も沢山聞いてあげられたら良かったんだけど……。
あんまり出来なくて、ごめんね……。
ここから無事に連れ出せたら、俺でよければいくらでも話を聞くから、嫌だった事全部全部、俺にぶつけてくれたらいいよ。
俺はそんな想いが彼女に見えないように隠したまま、そっと目を開く。
体に意識が戻った、そう感じた途端、全身が鉛のような重さに変わる。
指一本すら動かせない、そう認識した時には、視界は急速に暗闇に呑まれていた。
***
ケイト様は私の隣で小さく瞬いたきり、その御身の制御を失ってしまわれた。
力無く崩れるお身体を、私は右腕で手繰り寄せるようにして抱き寄せる。
「ケイト様っ」
私の腕の中で、彼は完全に意識を失っていた。
4班に動揺が走る。
「ケイト様!?」
ドルーグの声に、カイルとフォーンも駆けつける。
「「ケイト様!」」
「え、何、ケイト様もダウンしちゃったんスか!?」
ヒアッカは膝にクロイスを乗せており動かなかったが、それでも声だけはかけてきた。
「……ケイト様は、お一人で頑張り過ぎてしまわれて……」
「ああ、聖力切れになっちゃったんスか」
「私は……彼の支えとなることが、できなかった……」
「兄さーん、そんな凹まなくても、兄さんは十分ケイト様を守ってるじゃないスか。……つっても、まあ、悔しいのは俺もスゲー分かるんスけどね」
言って、ヒアッカは膝の上でいまだ目を閉じたままのクロイスに視線を落とした。
「クロイスの様子は?」
私が尋ねると、ヒアッカは肩をすくめた。
「全然反応ねーっス。こりゃ班長が背負って馬車まで行く感じっスかね」
ヒアッカは答えながらクロイスの甲冑を外し始める。
ドルーグがどこか揶揄うような口調で、クロイスの足元の甲冑を外してやりながら言う。
「俺が背負っていいのかよ? お前が背負いたいんじゃねぇのか?」
「俺じゃ横幅狭いっスからね、意識ない奴背負って落としたらやべーっしょ。その点班長はこーーんなに背中広いじゃないスか」
そう言ってヒアッカは、ドルーグの広い背中をペシペシ叩いた。
「ま、落とすとヤバいってのはあるな。身長の近いカイルとヒアッカか、ヒアッカとフォーンで両肩と両足抱えて運ぶぞ。背の高い方が頭、低い方が足な」
ドルーグの指示に、ヒアッカは「じゃあカイルさん足頼むっス」と声をかけている。
4班は背の低い順に、クロイス、カイル、ヒアッカ、フォーン、ドルーグという順だ。私を入れるならばドルーグの前だな。
そうこうしているうちに、休憩を取っていた騎士達の中から背の高い2人が担架を持って駆けてくる。
あれはシヴァルとラドムか。
その後ろにはモリーとビルドにアークも担架を担いでやってくる。
「「「ケイト様っ」」」
いくつかの声が重なった後に「クロイスもやられたのか?」とアークが尋ねる。
「どっちも外傷は無いよ」と返事をしたヒアッカに、アークが「魔力枯渇か」と確認する。
「んー、それもちょい違うっつーか……心が痛過ぎて目ぇ開けてらんない感じ……?」
そう答えたヒアッカが、どこか寂しげな表情で膝の上のクロイスの金色の前髪を指ですくう。
「ケイト様は兄さんに抱えられてっと目ぇ覚ますのにさ、クロイスは俺が抱えてんじゃ起きねぇのかなぁ?」
不服そうなヒアッカに、アークが「なんだその理屈」と突っ込みながら担架を広げる。
「ほら、乗せろって」
アークに言われて、ヒアッカはどこか渋々とクロイスをそこに乗せた。
担架を持ち上げるのはモリーとビルドだ。
「アークは持たねぇのかよ、サボりか」
「俺じゃ背が合わねぇって分かってて言ってるよな?」
「そんじゃアークは俺の杖役な」
「はぁ? おいっ体重かけんなよっ」
「聖女様をこちらへ」
ラドムに言われて、私は仕方なくそちらを見る。
私の前にも担架が広げられているのは分かっていた。
けれど、そこへこの方を乗せたくはなかった。
たとえどこであろうと、この方を手放したくはないというのに、その担架を運ぶのがこの男だというのが、私の気持ちをさらに逆撫でしていた。
「このままで問題ない」
答えた私の背を、強く叩いたのはドルーグだった。
ぐらりと崩したバランスに、足を踏み出してなんとか踏みとどまった私が思わず睨み付けると、彼はにやりと口端を上げて言う。
「普段のお前ならグラつかなかったろ? ケイト様が本当に大事なら、余計な意地張るもんじゃねぇよ」
返す言葉を失って、私は唇を噛んだ。
彼の言う通りだ。
事実私は、いつもよりもずっと身体中が重い感覚に見舞われていた。
「んな顔すんなって、特別に俺とシヴァルの豪華班長ペアで大事にお運びするからな。その方が背も近いし、いいよなシヴァル」
「もちろん」とシヴァルが言葉少なに返す。
彼らが気遣って持ち上げた担架に、私はケイト様のお身体をそっと横たえる。
地に下ろしたくないと思う私の意を汲んでくれたのだろう。
「よーし、帰るぞー」
ドルーグの声に4班と6班の者がそれぞれに答えて、我々は動き出した。
ケイト様の担架の右側にぴたりと寄り添う私と同じように、ラドムが左側についている。
意識を失っている者を運ぶ場合、落下防止に両脇に人がついているのは望ましい状態ではあるのだが、その距離が近過ぎる気がする。
後ろから来るクロイスの担架をチラと見ると、そちらにもカイルとフォーンがついてはいる。が、やはりラドムほど近くはない気がする。
ケイト様がドルーグやシヴァルを信頼していらっしゃるのは理解できる。
彼らはそれに見合うだけの働きや気遣いができる者達だ。
けれど、ケイト様のラドムに対する態度には、時折不可解なものがある。
特に、ラドムに名を尋ねた時のケイト様のあの笑顔……。
あんな満面の、幸せそうな笑みは、私ですら数えるほどしか賜った事がないというのに……。
よく分からないが、彼は警戒した方がいい。
そう思っていた矢先、ラドムは火災で瀕死の重症を負った。
それは宿に居合わせた親子を身を挺して守ったための負傷で、ケイト様は彼に心からの称賛と労いの言葉を贈った。
のみならず、落涙する彼の頭を撫でてお慰めになって……。
ケイト様がああいった態度を取るのは、これまでケイト様と同じか年下の相手、もしくは女性に限られていたというのに。
ドルーグが涙した際も、肩を撫でることはあっても、頭に触れることはなかったというのに……。
それに対して、ラドムもまた命を賭した誓いの言葉を口にしていた。
『聖女様に救っていただいたこの命、尽きる時まで聖女様の為に尽くすと誓います』
そんなラドムの言葉を、ケイト様はさらりとかわされた。
私は正直ホッとした。
しかしラドムは、ケイト様に断られたにもかかわらず、それ以上を望んだ。
『ケイト様、私は必ず強くなります。貴女を守り、自身も守れるだけの力を身につけます。そうすれば、私に貴女のお側を許していただけますか……?』
それなのにケイト様は、そんなラドムを邪険にすることなく、さらには彼の腕に抱きついて……。
いや、あれは意図的ではなかったのだ。
分かっている。
ケイト様は聖女のお姿で、ご自身のお胸のサイズを把握できていないと。
時折ご自身の腕がお胸に当たっては「あれ?」というお顔をなさっているのをみる限り、あれが意図的でないのは分かっているのだが。
……それでも、彼が死んでしまったら悲しいと、沢山泣いてしまうから死なないでほしいと、あんなにも甘いお言葉をケイト様から賜われるラドムの存在を、私は他の護衛騎士達と同列に見ることはできなかった。
見晴らしのいい草原で、馬車までの距離が徐々に近づいてくる。
安堵で絡まりそうになる重たい足を、私は懸命に動かす。
このラドムという男にだけは、決して無様な姿を見せるわけにいかなかった。
ともだちにシェアしよう!

