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俺の定位置

 目が覚めたら、リンの腕の中だった。  なんかもう、驚かなくなってきたな。  むしろ、意識を失っている時の俺はリンの腕の中が定位置だから、それ以外で目覚めたら驚くのかもしれない。  リンは俺を冷やさないようにか甲冑を外していて、リンの心音はすぐ近くで聞こえていた。  身じろぎをするだけで、リンが俺をそっと見つめる。 「ケイト様……」 「おはよう。俺、どのくらい寝てた……?」 「3時間ほどになります」  外は夕方になりつつあるようだけど、まだ暗いというほどではなさそうだ。  聖女の専用テントには俺とリンとアンナしかいなかった。  ああ、今日からテント生活だからか。  宿では部屋番の内2人が外を、3人が中を守ってくれていたけれど、テントになると周囲をぐるりと5人で囲んでくれる。  壁が無くなる分、全方位を警戒しないといけなくなるんだね。 「ケイト様をお支えできず、申し訳ありません……」  しょんぼりと反省するリンの頭を、俺は愛しく抱き寄せて撫でる。  サラサラと指の間を跳ねる青い髪は、やっぱりとっても綺麗だ。 「リンにはいつだってずっと支えられてるよ。俺こそ倒れちゃってごめんね」  倒れてようやく気づいたんだけど、俺が今まで結界柱の中で過ごしてもここまでの身体的負担を感じずにいられたのは、どうやらクロイスのおかげだったみたいだ。  そうなると、やっぱりクロイス抜きで入るのは厳しいか……。  クロイスにはできる限り辛い思いをさせたくないんだけどな……。 「リン、クロイスは……?」  俺の言葉にリンは「まだ眠っています」と答えた。  え、まだ眠ってるの?  俺より前からダウンしてたよね? 「アンナ、クロイスを連れて来てくれる?」  俺の言葉に「はい」と答えてアンナがテントを出る。  しばらくして、アンナが天幕をめくると、クロイスの乗った担架がヒアッカとカイルによって運ばれてきた。  横にはフォーンもついている。  リンが、俺をそっとクッションの上に下ろした。 「ケイト様、クロイスを連れてきました」 「ありがとうアンナ。いとこなのは分かるけど仕事中は敬語にしとこうか」 「はいっ、クロイス様をお連れしました」  言い直したアンナを「うん、よく出来たね」と褒めて、俺はクロイスの様子をよく見る。  さっきよりも顔色が悪そうだ。 「クロイス……、俺のせいで、辛い思いをさせてしまってごめんね……」  クロイスの青白くなっている頬を撫でて、俺はクロイスの小さな手を両手で包む。  ひんやりと冷たい手は、以前魔力枯渇で死にかけていたセリクを思い出させた。  俺は感謝と謝罪を込めて、クロイスの手からその心に届くことを祈って心の内で浄化をかける。  あの時、治癒は動かなかったけど、心が辛い思いを……つまりは穢れを受け止めてしまったんだとしたら、浄化をかけてあげていればよかったんじゃないかな……。  そう思ったから。  浄化の白い光は、俺の包むクロイスの手の中でほんの微かに煌めいた。  なんとなくちゃんと効いたような気がして、俺はもう一度呼びかけてみる。 「クロイス、起きて……?」  俺の両手で包んでいたクロイスの指が、ぴくりと動いた。 「ん……」  クロイスの金色のまつ毛が小さく震えて、その下からロイス譲りの優しい碧眼が現れる。 「ケイト……さま……?」 「よかった……、クロイスが目を覚ましてくれて……」 「「「クロイス!」」」  ヒアッカとカイルとフォーンの声が重なる。 「本当に良かった……、段々顔色は悪くなってくし、心配したんだぞ」 「ああ、流石はケイト様だ」 「元はと言えば俺のせいなんだから、悪いのは俺だよ」  苦笑する俺の言葉に、あわあわと手を振ってクロイスが言い返す。 「い、いいえっ、ケイト様のせいではありませんっ、私が……、私の、力不足、です……」  言葉の最後には、強い後悔の色が滲んでいた。 「……っ」  ギリッと奥歯の鳴るような音に顔を上げると、カイルとフォーンの後ろでヒアッカが両拳を握り締めていた。 「ヒアッカ……?」  一番心配していたヒアッカがそんな後ろにいるなんて、一体どうしたんだろう。  いつもなら、一番に飛びついてきそうなくらいなのに。  俺の声に、床を睨みつけていたヒアッカはじわりと顔をあげようとして、上げきれずにまた俯いた。 「や、なんか……スゲー悔しいんスよね……」 「悔しいって、何が……?」 「なんで……俺じゃ起こしてやれなかったのか……って……」 「え?」  なんで、そんな事……? 「俺だってクロイスの事……ほんとに……大事に思ってんのに……」  俺の目の前で、クロイスが息を呑む音がした。 「ヒアッカ……」  泣きそうな声でヒアッカの名前を呼んだクロイスの顔がどんどん赤くなってくるんだけど、大事ってそういう大事であってる……!?  班の一員としてじゃなくて……!?  いや、仲間としてでもこんな風に言われたら赤くなることもある……かなぁ……??  ヒアッカとクロイスを交互に見る俺とリンとアンナと違って、カイルは心配そうな顔をしているし、フォーンは困ったような顔で微笑んでいる。  あれぇ……!?  もしかして、気づいてなかったのってまた俺達鈍感組だけなやつだったの!?  仲良いなとは思ってたけど、そういう仲の良さだとは思わなかったよ!? 「……ちょっと頭冷やしてくるっス」  ヒアッカはそう言い残すと振り返らずにテントを出た。 「ヒアッカ!」 「待って、ヒアッカ!」  俺は慌てて立ち上がる。と、足元がふらついて、次の瞬間リンの腕の中に格納されていた。  俺に続いて立ち上がったクロイスもまた足をもつれさせ、フォーンに支えられている。 「いや、違うんだよ、俺は今クロイスに浄化をかけたから……」  俺は、間に合わなかった言い訳を、ヒアッカの出ていった方へと投げる。 「別に俺の愛の力とかでクロイスが目覚めたわけじゃないんだよ!?」  思わず叫ぶと、カイルとフォーンがふきだした。 「いえ、そうだったんですね」 「気づきませんでした……」  笑いを堪えつつ言うカイルとフォーンの言葉に、多分ヒアッカも気づいてなかったんだろうなと思わされる。 「ヒアッカを、追いかけないと……」  クロイスがそう呟いて、もう一度駆け出そうとした途端にまたふらつくのを、両脇からカイルとフォーンが支えた。 「あ、ありがとうございます……」  カイルとフォーンはアイコンタクトを交わすと、すっと姿勢を下げてクロイスの背中側でクロイスの背を腕で支えるように互いの肩を掴む。 「え?」  2人はそのままもう片方の手を握り合わせると「「せーのっ」」と声を合わせてクロイスの膝裏をすくいあげて持ち上げた。 「ぇええっ!?」  まるで2人の腕で作った椅子に座るような感じで、クロイスが持ち上げられている。 「よーし、行くぞ」 「目標、ヒアッカだな」 「まずどこ探す?」 「あそこだろう」 「OK」 「「ケイト様、失礼します」」 「えっ、あっ、ケイト様っ、ありがとうございましたっ」  2人は息の合った連携で、アンナが慌てて捲った天幕の間からクロイスを担いで出て行った。 「……すごいなぁ」  はためく天幕を眺めながら思わず呟く。  するとリンが「あれは向かい抱き搬送と呼ばれる負傷者の搬送法ですね。意識があり、歩行困難な者の移動に向いています」と説明してくれる。 「本来なら身長差の少ない相手と行うことが望ましいのですが、フォーンは器用な男ですね」  ああ、確かにカイルとフォーンでは身長差が5センチ以上あるよね。  カイルが男の俺とほぼ同じくらいの身長で170センチに対して、フォーンは175……いや176くらいはありそうだもんな。  ヒアッカがちょうど2人の間で173センチくらいなので、担架移動の場合は間に入ってどちらかと組むことになりそうだな。  ここにはいないけど、ドルーグは179センチくらいだ。  リンよりほんの1センチくらい大きい。  クロイスはまだ160センチくらいしかないけど、まだ15歳だからな。  これからぐんぐん伸びるだろう。  ……あれ、俺は何を考えてたんだっけ……? 「ケイト様はゆっくりお休みください」  そう言ってリンは俺を抱いたままベッドに腰掛ける。  ……離れる気はまるでないんだね? 「ケイト様、少し早いですがお食事をお持ちしましょうか?」  尋ねてくれるアンナに、そういえばさっきはサッと天幕が捲れて偉かったね、気が利くね、と褒めてから夕食を頼む。  アンナは「ふふふふふ、褒められちゃいましたっ」とご機嫌で天幕を後にした。  リンがベッドに置かれていた毛布で俺をリンごとくるくると包むので、俺はなんだかリンの温かい腕の中でホッとして、瞼が重くなってしまう。  リンの心臓の音が規則正しく鳴っているのが、とても嬉しい。  俺は、心の底から安心できるリンの腕の中で、アンナが戻る少しの間まどろむ。  ……彩華ちゃんにとってのエストさんは、俺にとってのリンと同じだったのかな……。  俺も元聖女の頃は何度も襲撃されて、そのうち2度は攫われてしまった。  でも、騎士の皆がいつも助けてくれた。  きっとリンだけでは難しくて、でもリンがいないとやっぱり無理で。  いつも皆が力を合わせてくれるおかげで、俺は運良くまだ結界柱の外にいるだけなのかもしれないな……。 「リン……、いつもありがとう……」  目を閉じたままリンへの感謝を口にすると、リンの心臓が俺の耳元でドクンと跳ねた。  クロイスとヒアッカも、仲直り……って喧嘩してるわけじゃないけど、誤解を解いて、言いたいことをちゃんと言い合って、うまくまとまるといいな……。  いつも俺を助けてくれる騎士の皆が、ずっと幸せでいられますように……。  誰1人欠ける事なく、この巡礼が終えられますように……。  俺は何度目になるか分からない願いを、繰り返し胸で祈った。

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