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俺の油断とシヴァルの二度寝
明日の朝から6本目の結界柱の浄化をして村へ移動すると決まって、今日は1日騎士団は全員野営地でのんびり過ごすことになった。
騎士団としては物資を消費する野営地で滞在するよりも、さっさと村に入ってしまいたかったんだろうに、団長さんは俺やクロイスの調子が良くないのを心配してくれたようだ。
クロイスには夕飯後にもう一度来てもらって回復魔法をかけたら動けるくらいにはなっていたし、俺も昨夜……その、リンにいっぱい愛を注いでもらったので、そこそこ元気ではあるんだけどね。
それでも精神的に、二日続けて負の感情に向き合うのはちょっと辛かったので、俺は今日という休暇をありがたく受け取って、ゆっくり過ごすことにした。
そんなわけで今俺は、リンが馬の世話をするのを見に来ている。
馬番の方が折りたたみの木製椅子を出してくれたので、馬から少し離れた所に座って、ぼんやりとリンを眺めていた。
今日のリンは帯剣こそしてるものの、私服にフード付きの短いローブを被っただけの格好だ。
甲冑姿も素敵だけど、リンは私服姿もかっこいいよね。
フードをかぶっているせいで青い髪がちょろっとしか見えないのは残念だけど、それでも表情が見えるのは嬉しい。
リンは俺がずっと顔を見つめていることに気づいたのか、こちらを見て優しく微笑んでくれた。
うっ。かっこいい……っっ。
町や村では顔を見られないようにほぼずっと兜を被っているけれど、ここではカディー達くらいしか警戒しなくていいからね。
リンが今丁寧にブラシをかけているのは、リンも時々乗せてもらっているシヴァルの馬、シャリテだ。
全体的に銀色でたてがみが灰色の美しい馬で、目がとっても優しくて、俺にも撫でさせてくれるんだ。
巡礼中は馬番に任せっぱなしになりがちな馬の世話も、リンはできれば自分が世話になる馬くらいは自分でやりたいと思っているそうだ。
その点野営地では、宿と違ってテントと馬達の距離も近いし、リンも兜を脱げるし、こんな風に時間が取れてよかったなと思う。
シャリテを見つめるリンの瞳は温かくて、シャリテも気持ちよさそうにしてて、なんだか見てるだけで心があったかくなるなぁ……。
周りを見れば、騎士のうち馬の世話をしに顔を出している人が8人ほどはいるみたいだ。
あ、ヒアッカも来てる。意外と面倒見いいタイプなんだよなぁ。
あはは、馬に髪引っ張られちゃってるよ。
ヒアッカも髪が結構伸びてきたよね。
そういえばあの火事の日に髪を切りに行くって言ってたのに、結局行けなかったみたいだもんな。
「ケイト様」
「ん?」
不意に背後からかけられた声に、俺はなんの気なしに振り返ってしまった。
そこに立っていたのは、カディーと護衛のダリスだった。
まずいな、今のはひっかけだったのか……。
俺はすぐさま聖女ミノルの役に入ると、ふわりと微笑んだ。
「まあ、カディー様、私に何かおっしゃいましたか?」
ここはとぼけるしかないか。
何と言われたのかは聞き取れなかった。という方向で……。
よく見れば、カディーの後ろではダリスも焦りを浮かべている……ような気がする。
……この人常に真顔だし、あんまり表情変わらないから、よく分からないけど……。
リンがこちらに向かってきているのが視界の端に見える。
せっかくの馬との幸せなひと時を、邪魔してしまってごめんね。
「申し訳ありません……」とカディーは俺に謝った。
「試そうとしたわけでも、ましてや貴女を困らせたいわけでもないのです。ただ、おれが貴女を間違った名で呼んでいるのだとしたら、それだけは……正したいと思っているだけです……」
しゅんと項垂れるカディーの様子に、俺は正直困ってしまう。
彼の言葉に嘘はなさそうだけれど……かといって、そうなんですね。と受け入れるわけにもいかないよね。
どうしたものかとダリスに視線を送ると、ダリスは首を横に振った。
彼にとっても想定外の事態のようだ。
「火事の日に……騎士達が話しているのを、たまたま耳にしてしまったのです」
ああ、あの日は壁もないようなとこで皆ワイワイ話してたからなぁ。
しょうがないか……。
カディー達も馬車の中にいたとはいえ、話し声はいくらでも聞こえてきただろうしな。
仕方ない。ここは俺も正直に伝えるか。
「カディー様……、私も本意ではないのですが、カディー様のお考えがわかりませんことには、こちらとしてもこのような対応を取らざるを得ないのです」
だからここは諦めて、俺のことはミノルだと思っておいてくれないかな……?
そんな気持ちを込めた俺の言葉に、カディーはしばらく逡巡した後、青紫色の瞳で真っ直ぐ俺を見て言った。
「……分かりました。私の全てを隠さずお話しします」
えっ、そっち!?
いやいやいやいや、王族の全てを隠さずお話しされたら、俺がめちゃくちゃ困るんだけど!?
「いえ、そんな……」
思わず一歩後ずさってしまうと、後ろにリンの気配を感じた。
ああ、今日もリンは俺の後ろを支えてくれている。
って、カディーの後ろでダリスがめっちゃ首振ってるよ!?
カディー後ろ! 後ろ見てあげて!?
俺はカディーに視線で訴える。
けれど彼は決して後ろを振り返らないまま、ただ『分かっています』という顔で小さく苦笑した。
俺は初めて見る彼の静かな表情に目を奪われた。
あの襲撃を受けたお茶屋さんで話をした時の、自身の事をまるで他人事のように語っていた彼の諦念を滲ませた瞳にも内心ちょっと驚いたものだけど、今回の表情にはまた今までとは違う理知的な光が宿っている。
もしかして彼は今までも、俺の真意を分かっていながらああいう態度を取ってたのかな……。
だとしたら、急に態度を変えてきたのはどうしてなんだろう。
「おれの……いえ、私のテントまでご一緒いただけませんか?」
遮音だけでなく探知妨害等もフル装備でかかっているというカディーのテントに誘われて、俺はリンを振り返る。
えっと、俺……、なにが起きても外にはバレないという危険な場所に、飛び込んでもいいかな……?
リンは俺を深い青の瞳で見つめ返して、全ては俺の意のままに、と全肯定の頷きを返した。
うん、選択権は俺にしかなかったね。
けど、リンはどんな場所でも俺を守り切るつもりでいるって事か。
俺はカディーのテントに向かう途中で草原に倒れている……じゃない、寝転んで昼寝をしているシヴァルを見つけて声をかける。
「シヴァル、今からカディーのテントに行くとこなんだけど、1時間経っても私達が出てこなかったら、様子見に来てもらっていいかな」
シヴァルは「はい」と答えて、のそりと起き上がる。
時間を見に行こうとしてるのかな。
ダリスが懐中時計を取り出して「今は9時を過ぎたところだ」と現時刻を教えてくれる。
俺はリンを振り返る。リンが頷いたのでその時刻は正しいのだろう。
シヴァルは返事が面倒だったのか、小さく微笑むと元のように寝転んだ。
二度寝だ……。
この人まだ寝る気だ……。
シヴァル、頼むよ……?
……俺の頼んだこと、忘れて寝過ごさないでね……?
カディーの専用テントは、流石に王族用だけあって材質から違う感じだった。
外に描かれている模様もよく見たらすごいなぁ……。
なんかもう、このテント自体が盗賊に狙われるんじゃないだろうか?
まあ、遠目には普通のテントっぽく作ってあるので大丈夫……なのかなぁ……?
俺はダリスが捲った天幕を、カディーに続いてくぐった。
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