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そのヤは大きいヤです

 ふっかふかのクッションに案内されて俺とカディーが腰を下ろすと、カディーは俺に深々と頭を下げた。 「聖女様にはご挨拶が遅れて大変申し訳ございません。私はカラサディオ=フィズ=フロウリア。エレグラント王とリディアナ妃の、二番目の息子です」 「カラサディオ様とおっしゃるんですね。優しくて綺麗な響きの、良いお名前ですね」  俺が思ったままを伝えて微笑むと、カディー……いや、カラサディオはやっと俺に本当の名を明かせてホッとしたのか安堵を滲ませた笑みを浮かべた。  うーん、やっぱり顔がいい。  そんな風にホッとした顔をしていると、彼の本来の優しそうな空気が滲み出るなぁ。  リンによく似たカラサディオの柔らかい微笑みに俺がうっとりと見惚れていると、カラサディオは少し寂しそうな顔をした。 「……私がもし、後ろの彼と違う顔をしていたなら、貴女にもっと私自身を見ていただけたでしょうか……?」  え、あ、……そっか。  今日はリン兜じゃないから正面から見たら顔見えちゃうのか。  不意に背筋がゾッとした気がして、顔を上げる。  しかしその時にはダリスは、俺ではなくリンと鋭い視線を絡め合わせていた。  ダリスとリン、2人の表情はどちらも冷たく険しい。  えーと……?  ダリスが俺に良くない感情を送ったのを、リンが察知して阻止した結果……?  後ろでバチバチしちゃってるの……?  殺気ではなかったみたいだけど……さっきの悪寒はなんだったのかな。  ダリスが、いつも低い声をさらに低くしてリンに言う。 「……そちらは、ディアリンド=フィズ=ルクレイン様で間違いありませんね?」  おっと、ついに言われちゃったか。  まあ、リンの方から調べればそりゃ当然わかるんだよね。  ルクレイン家の皆さんは俺達のことを分かった上で見送ってくれたんだから。  リンが、こちらもいつもより幾分低い声で返事をする。 「相違ない。しかし、私の出自を知ったところで貴公に利はないのではないか? ダリスガンド=フィズ=ロウフォード卿?」  ダリスはこれには驚いたのか、灰色の瞳を少しだけ見開いた。  そうなんだよね。  実はこっちにも、ちゃんとルクレイン公爵家から書簡で連絡がきてたんだ。  リンの事を調べている人がいるって、その人が誰なのかもセットで。  リンの11歳下の弟で、イヤイヤ期が激しかったというリック君ことフィリックさんから。  まあ、現在の彼はもう51歳なのでいつまでもイヤイヤ期の話を引っ張るのも申し訳ないけど。  俺の中で彼の印象ってそのくらいしかないんだよね……ごめん。  リンが、ダリスから視線を外さないまま告げる。 「私に後ろ暗い部分は微塵もない」 「では何故、お顔を隠されているのですか?」 「これは、一度はこの世界から消えた者として、今を生きるルクレイン家の者に余計な手間をかけぬよう配慮したまでだ。私が聖女様と共にここを去ったことは両親と兄弟の皆が知っていることで、教会の記録にもそう残されている」 「……ケイト様という元聖女と共に去ったと?」  ダリスの言葉に、リンが小さく息を呑んだ。  ああ、俺の足を引っ張ったかと心配してくれたのかな。  大丈夫だよ、もうどちらにせよバレてはいるんだから。  俺はリンを振り返って、小さく微笑む。  後は俺がやるよ、任せてくれる?  リンは視線だけで頷くと、ピシッと控え直した。  俺はダリスとカラサディオの顔を順に見てから微笑む。 「私とディアリンドの正体よりも、カラサディオ様とダリスガンド様の正体が知られる方が困るのではありませんか?」  口を開こうとしたダリスガンドをカラサディオは片手を挙げて制すると、少し困ったような顔で微笑んだ。 「ええ、その通りです」 「教会への不干渉を約束している王室が、しかも第二王子が自らそれを破ったとなれば、王や民はどう思うでしょうか……」  俺の言葉に、カラサディオはゆっくりと頷く。  分かっている……、この人は分かっているんだ。  じゃあどうして……?  俺は疑問に思いながらもひとまず提案する。 「教会への訪問はあくまでロウフォード伯爵家からでしたよね? でしたら、私達は互いの役割を果たすためにも、仮の名で呼び合うべきではないでしょうか」 「……そうですね、私も公の場では貴女をミノル様と呼ばせていただきます。ですが、このような場だけで構いませんので、どうか私にも貴女の本当の名を口にする許しをいただけないでしょうか」  え、えーと……。  それは別に、構わないと言えば構わないんだけど……。 「私の事も、気軽にカラサディオと呼び捨ててください」  い、いやいやいや、一国の王子様を流石に呼び捨てには出来ないからね!? 「カラサディオ様をそのようにお呼びする事は難しいですが、私の事でしたらどうぞ、皆と同じように呼んでくださって構いません」 「ではその……ケ、ケイト様、とお呼びしても……?」  おずおずと、大切そうに名前を呼ばれて、俺は自分が彼の名を聞くだけで名乗り返していない事に気づいた。 「私こそ申し遅れておりました。カラサディオ様はご存知でしょうけれど、私の名は芦谷圭斗と申します」  にっこり微笑んで自己紹介をすると、カラサディオは驚いたように青紫色の瞳を瞬かせた。 「アシャ……ケイト様、ですか? ではファーストネームはアシャ様だったのですか?」  そのヤは小さくしないでほしいんだけど、こっちの人的には難しいのかな……。 「いいえ、私の生まれた国ではファミリーネームが最初にきますので、カラサディオ様のおっしゃるファーストネームは圭斗です」 「ケイト様……。貴女の優しい色にとても似合う温かいお名前ですね」  ……え……?  優しい色って……彼の目には俺は赤髪赤眼に見えてるはずじゃなかったんだっけ?  俺が内心驚いてしまったのに気づいたのか、カラサディオは襲撃の日に目にしたガラスに映った俺の姿の話をした。 「そう……だったんですね……」 「はい。ですがもちろん他言は致しませんので、ご心配なさらないでください」  そう言って優しく微笑むカラサディオは、なんだか最初に出会った時よりもずっと余裕のある魅力的な人に見えた。 「ありがとうございます」  俺は素直に感謝の気持ちを伝える。  カラサディオは、申し訳なさそうに眉を寄せた苦笑のような顔で話し始める。 「私がこの旅に同行させていただいたのは、お恥ずかしながら、聖女様の……ケイト様のお心を射止めるためでした」  いや、待って?  本当にその話しちゃうの?  全部暴露してどうしたいの、この人……?  後ろでダリスガンドも侍女さんも頭抱えてるけど本当にいいの?  え、ここって俺が止めるとこ? 「ですが、今ではそれがどれほど浅はかな考えだったのか痛感しております。ケイト様の存在を、我々と同じ人であると思い込んでしまったのが、私達のそもそもの間違いだったのです……」  ん……?  俺ってカラサディオに人じゃないと思われてる……?  そこからのカラサディオはすごかった。  いわゆるあれだ、好きな物を語るときは熱量とか口数がすごいことになっちゃうよねっていう……。  オタクの語り口に近い感じで、俺のことを褒めちぎりまくった。  いやその……この人、俺の事……高く評価し過ぎてない……?  え、まって、なんか神格化されてるんだけど……?  聖女は別に、女神じゃないよ?  さらに? 俺、神まで超えちゃうの?  俺としては、そんな高次元な生命体ではないつもりなんだけど……。  でもまあ、生きる時間が違うのはそうだし、彼らからしてみれば不老長寿に見えてもおかしくないくらいの時間を生きるからなぁ……。  俺達って、一歩間違えれば彼らに化け物呼ばわりされてもおかしくないんだよな……。  俺が知らないだけで、この国のどこかで今もずっと生かされていて、聖力を奪われ続けている元聖女さんがいないとも限らないしな……。  う、考えたくない想像しちゃったな……。

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