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昨夜のこと(1/2)*

「彼の瞳も、ずいぶん熱心に覗いていたようですが……」  えっ。  それはえーと、ヤキモチですか……? 「俺、カディーの目は青紫なんだと思ってたんだけど、よく見たら、リンみたいな綺麗な青色だったんだなって気づいたんだ。瞳の真ん中の角膜……って言っていいのかな、えっと、目の透明なとこに赤が入ってて、それで青紫に見えてたんだなって」  どういう仕組みでそうなっているのかは分からないけれど、グラデーションがかった青紫の瞳はすごく綺麗だなと思った。 「っ」  リンがなぜか息を詰めたので見上げると、リンの頬がじわじわと赤くなってゆくところだった。  俺はそんなリンの顔をじっと見上げる。  やっぱりカラサディオとよく似た作りの顔ではあるんだけど、リンの方が表情もキリッとしてるし、視線の動かし方ひとつとってもリンの方が強くて真面目って感じで、俺は好きだなぁ……。  リンはぎゅっと眉を寄せて、口元を大きな手で覆い隠してしまう。  恥ずかしがってる時のその顔も、俺は大好きだなぁ。  怒っているようでいて、どこか困ってるような、そんな顔。  俺がじっと見つめていると、リンが少しだけ躊躇いながらも俺に瞳を向ける。  いつも深い色をした青い瞳が、いつもより鮮やかな色に変わっている。  鮮やかに潤んだ青い瞳は、リンが俺に見つめられて興奮してしまっているのだと俺に鮮明に伝えていた。  ああ……、俺はリンの、この眼差しが大好きだ。  俺が欲しいって、俺の全部が欲しくてたまらないって色をしている。  昨夜のリンも、こんな色で俺を見つめていたな……。  昨日、俺が心に傷を負った事を、リンは酷く後悔していた。  そばにいたのに、守りきれなかったと。  俺の心から零れた赤い雫に、リンは俺の何倍も痛みを感じていた。  夕食の間ですらもリンは俺を抱えたままで、それはまるでお気に入りのぬいぐるみをどうしても手放せない幼子のようだった。  日が落ちてしまっても、俺から片時も離れないリンの様子に、俺は彼を慰める必要があると思って……。 「リン、ちょっとだけ離してもらえる? 変身を解くから」 「ケイト様……」  変身解除の理由を察したリンの瞳に期待が滲む。  それが俺にはとても嬉しい。 「今日は心が少し削られてしまったから……、リンに助けてもらってもいいかな?」  俺が尋ねると、リンは幸せに蕩けるような顔でゆっくりと瞬いて、鮮やかな青い瞳で俺を見つめて答えた。 「はい。貴方のお心が満ちるまで、幾度でもご奉仕させてください」 「ありがとう」  リンはいつだって、俺がもういいって言うまで俺を抱いてくれる。  なのに、そんなに旺盛な性欲を、普段は微塵も感じさせないような顔で俺の後ろに立っててくれるんだよね。  本当に、いつもありがとう……。  俺はリンに視線を注がれる中で、そっと変身を解く。  自分の姿に戻ると、やっぱり何度でもホッとするな。  この手の大きさ、この肩幅、これが俺の身体だから。  ああ、リンが愛しげな顔で俺を見つめてる……。  それだけで、俺の胸にじんと熱い喜びが広がる。  よかった。リンが俺の本当の姿を好きでいてくれて。  俺も、リンが大好きだから。  俺とリンなら、抱き合えば互いに慰め合えるね。  幸せな事実に思わず微笑んで両手を広げた俺を、リンもまた幸せそうな顔で抱き寄せてくれた。  互いに抱き合って、背や肩や腰を愛しく撫でて。  顔を寄せ合って、鼻が触れるほどの距離で見つめ合って。  愛してるって、リンの青い瞳が言ってる。  きっと俺も、同じような目をしてるんだろうな。  口づけを何度か交わして、俺達はベッドになだれ込む。  あ、そうだ、アンナ……。  視線で探せば、彼女はちゃんと小さめの衝立の向こうでこちらに背を向けて作業をしていた。  おおお、なんだかデキる侍女っぽくなってきている……。  ここはまた改めて明日褒めてあげようと心の隅にメモしつつ、俺はリンに視線を戻した。  リンがそそくさとベッド周りで支度をしているうちに、俺は自身に浄化をかけてベッドの真ん中へ移動する。  あ。遮音の魔道具。起動も解除も早くなったよね。  リンは魔力制御の練習もまだ続けてるんだね、偉いなぁ。  ふっと明かりが落とされて一瞬暗くなったテントが、周りのテントからの光や衝立の向こうからの明かりでぼんやりと見え始める。  そっか、テントだと明かりをつけとくと影が映っちゃうのか。  今のうちに俺は服でも脱いでおこうかな、と首元のボタンに手をかけたところで、リンの手が俺の手をそっと包む。 「ケイト、それは私にさせてくれないか……?」  うっ……!!  俺が男の姿に戻った時だけ、リンが敬語じゃなくなるのが、すごく、その……っ。  俺は囁かれただけで真っ赤になってしまった耳を押さえて、コクコクと頷いた。  ***〈ディアリンド視点〉 「ケイト……」  私は、愛しい人の名を呼んで、愛を込めて唇を重ねる。  繰り返すほどに愛しさは募るばかりで、離れ難くてたまらなくなる。 「リン……、好きだよ……」  優しい声も、その言葉も、全てが私のためだけに紡がれていて、それがどうしようもなく嬉しい。  私の手で彼の服のボタンを外す。  彼の肌を暴くために。  すると彼は私の首に手を伸ばして「外すね」と優しく囁いてペンダントを外してくださる。  これをまた私の首に、彼の手で優しくつけていただけるのだと、私だけが知っている。  それは私にとってひとつの儀式で、約束で、彼からいただける褒美のようでもあった。  私の手であらわになった彼の素肌に指を這わせて、彼の胸に唇を寄せる。 「んっ……」  小さく揺れた肩がたまらなく愛しい。  私が触れるほどに、彼から小さくくぐもった声が溢れて、それが少しずつ色付いてゆく。 「ぁ……、ん……、ぁあ……っ」  彼の衣服を乱して、彼の呼吸も乱して、そして彼自身をも乱す事を……、私だけが、彼に唯一許されている……。 「ん……っ、リン……っ」  彼の敏感な部分を撫で擦る度に、彼から甘い声が零れる。 「ケイト……」  私の与える刺激を、彼がひとつずつ丁寧に拾ってくださっている……。  たまらなく甘美なひと時に、全てを忘れて溺れてしまいそうだ。  夢中で彼の服を取り去り、素肌を重ね合わせる。  温かく柔らかな彼の肌に触れると、ぞくぞくとした熱が背を駆け上る。  彼の首元に残った傷痕へ舌を這わせると、ビクリと大きくケイトの腰が跳ねた。 「ぅあっ」  ほんの少し引き攣れて薄くなった皮膚が、怪我の境目を教えるように痕を残している。  これは、彼が私を守ろうとしてくれた証だった。  あの日ケイトは私を庇って、黒い雷をその身に受けた。  全身を雷に裂かれて赤く染まった彼の姿が、私にはどれほど恐ろしかったか……。 「この傷はもう痛みませんか……?」  思わず敬語になってしまった私を、彼は小さく微笑んで許してくださる。 「……っ、うん、ちっとも痛くないよ、リンが触りたいなら、いくらでも触っていいからね……?」  さらには遠慮せず触れていいと許されて、私は彼の傷痕をなぞるように丹念に舌で撫でた。 「ぁ、ぁ……っ、んっ、んんっっ」  薄くなった彼の肌は、他の部分よりも感覚が鋭敏になっているのか、彼はより一層の快感を拾っては身を震わせる。  彼の赤く染まった頬が、滲んだ黒い瞳が、荒くなってゆく呼吸が、全て私を優しく慰めてくれているのだと分かる。  もう2度と彼から赤い雫を零させまいと、私は彼の居ない3年の間、血の滲むほどの鍛錬に励んだのに……。  それなのに、私は彼を守ることができなかったばかりか……。  彼の手首に薄く残った治癒痕を、私は指でなぞる。  これは彼が、拘束具から逃れようともがき、苦しんだ痕だ……。  繰り返し傷つき過ぎて、痕が残るほどに……。  そこへも贖罪を込めて口づけると、ケイトは「リン、俺はもう、大丈夫だよ……」と上気した頬で淡く微笑んで、私の髪を慰めるように撫でてくださる。  貴方が忘れてしまったとしても、貴方が苦しんだ事実は、なかった事にはならない。  私を信じて、どれほどの苦しみに耐えていたのか……。  どれほど私に落胆し、裏切られたと感じさせてしまったのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。  それなのに、セリクの元から助け出したケイトは私を見て『ずっと会いたかった』とおっしゃった。  彼はもう忘れてしまった言葉だが、私はその一言にどれほど救われたのか分からない……。  こんなにも大切な方なのに、私はその後も彼を賊に奪われ見失ったり、キリアダンではあんなに小さな少女にすら不意を許してしまった……。  私はあの日刺されたケイトの脇腹を撫でる。  この傷はセリクが綺麗に治癒しており痕も残ってはいないが、毒の塗られた短剣は彼の内臓まで到達していた。  ほんの一瞬の気の緩みで、私はケイトの温もりの全てを失ってしまうところだった。  深い反省を込めて脇腹へも唇を寄せる。 「んんっ」  痕のないそこでも、ケイトは肩を揺らして声を漏らしてくださる。  なんて愛らしい方なのだろうか。  わざと音を立てて口づけを繰り返すと、彼は音に煽られるように甘い声をいくつも零す。 「っ、……んっ、リン……、もう……、そろそろ……っ」  上擦った声を上げる愛しい人の脚を抱える。  彼は一瞬ホッとした表情を見せたが、私が彼の右足に唇を寄せると切なげに眉を寄せた。 「……っ、そこじゃ、なくて……っっ」  今日彼が裂かれた足は確かに右足で、赤い雫を零していたのは間違いなくこの場所だった。  この姿をした彼が、私の見ている前で身を裂かれてしまった衝撃は、計り知れなかった。  なぜ防げなかったのか。  そんな強い自責の念は後悔を経て、自身への強い怒りとなった。  怒りがこんなにも理性を失わせる物だと知ったのも、彼を知ってからだ。  それまで、感情というものは自分である程度コントロールができるものだった。  貴族たるものそうでなければならなかったし、そうあるべく教育を受けた。  私は元から負けず嫌いの悔しがりではあったが、師には悔しい感情は正しく使えば自身を鍛える原動力になると教わっていたし、実際そうやって自分を磨き続けてきたつもりだった。  けれどダメなのだ。  どうしても、彼に対してだけは、感情が心からはみ出してしまう。 「申し訳……ありません……」  こんなに重苦しい後悔の感情も、嫉妬のような醜い感情も。  本当は彼には欠片も見せたくないのに、抑えても抑えても、これ以上はどうしようもできなくて、私は奥歯を噛み締める。 「リン……」  彼の温かい手が私の頬を優しく包んだ。  そっと拭われて、私は自分が涙を浮かべていたことに気づく。 「ありがとう……」  彼に心のこもった感謝を告げられて、私は彼の顔をまじまじと見る。  頬を染めて息を乱した彼は、それでも私のために優しく美しく微笑んだ。 「俺はリンに大事にされてて、世界一の幸せ者だね」  ぎゅっと胸が絞られるような感覚と共に、彼への愛が溢れてしまう。 「ケイト……愛しています……」  唇を深く重ねると、彼の柔らかい舌が入り込んで、私の口内を優しく撫でて慰めてくださる。  もう2度と、結界柱の中だとしても、貴方を傷つけさせたりなど致しません。  私は強く誓いながら、彼の舌を自身の舌で包み込んだ。

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