213 / 236

受け取ってもらえなかった感謝

 俺は目を開くとホッと息を吐いて、結界柱から身を離した。 「終わったよ、皆待っててくれてありがとう」  少し離れて待っていた騎士達に声をかけると、皆が歓声を上げた。  おお、思ったより喜ばれてしまった。  前回俺とクロイスが倒れたから、皆心配してくれてたんだなぁ……。 「なんか最初溶けてたから心配したんスけどねぇ、けっこーすんなりだったっスね」  ヒアッカの言葉に答える。 「すごかったよね。爆誕してたよ」 「バクタンって何なんスか」 「えっと、爆発的に誕生すること……かな?」 「そんで爆発してたんスね」  いやまあ、爆発は必ずしもしなくても良かったんだろうけど……、爆発……してたね……。  さすが精神世界、嵐も吹くし波も立つし、爆発もしちゃうなんて、何でもアリな空間だなぁ……。 「あんな登場をなさる聖女さんもいるんですね……びっくりしました……」  よろよろとした足取りで、俺達の後からクロイスが来る。 「おっと、大丈夫か?」  ヒアッカが、隣で足元をフラつかせたクロイスの腕を掴んで支える。  俺はクロイスに駆け寄りながら言う。 「ごめんクロイス、すぐ回復魔法をかけるよ、そこに座って」 「すみません……」  クロイスは謝りながら俺の前に膝をついた。 「クロイスが謝るとこじゃないよ、俺達がお礼を言うところだからね。やっぱりクロイスが居てくれると話した後が随分楽だよ、本当に助かってる。ありがとう。でも人が多いと負担が大きいようなら、俺と2人で入る方がいいかな?」  俺は一気に言って、返事を待つ間に回復魔法をかけようと魔術陣の展開に入った。 「私は……どちらでも大丈夫ですよ」  そう答えるクロイスだけど、やっぱり疲れてるみたいだなぁ。 「えー、俺はケイト様達と一緒に入りたいっス。お留守番は嫌っスよ」  ヒアッカが素直にそう言うと、リンが苦々しく口を開く。 「クロイスに負担をかけていたのは、おそらく私だ。辛い思いをさせてしまってすまない……」 「えっ、いえその、私なら大丈夫ですよ」  クロイスは慌ててぶんぶんと頭を振る。 「どうしたらもっとクロイスに負担をかけずに中で姿を保てるのか、わかることがあれば教えてほしい」 「わかる事、ですか……。私もまだ中では姿を現せずにいるので、なんとも……」 「はい、終わったよ。どう? 動けそうかな? もう一度かける?」 「ケイト様ありがとうございます、もう大丈夫ですっ」  俺の言葉に、クロイスはぴょこんと立ち上がって元気に跳ねてみせる。  カチャカチャと甲冑の弾む音が軽快だ。  クロイスは、パッとヒアッカの方を向くと嬉しそうに言った。 「ヒアッカも、さっきはありがとう」 「……ん? ああー、あれか。あんくらいの事、礼言う程でもねーだろ」  ヒアッカは肩をすくめて苦笑する。 「ううん、助かったし嬉しかったから、お礼は言いたい」  クロイスの碧眼に見上げられて、ヒアッカが赤い瞳で瞬く。 「そっか? ……そっか。ならよかった!」  ニシシっと笑うヒアッカがとても嬉しそうで、俺は良かったなと思う。  ふと一昨日のことを思い出す。  一昨日、野営地のテントで俺はヒアッカとクロイスから相談を受けていた。  ヒアッカは、クロイスを守りたいけどどうしたらいいか分からない。  クロイスは、ヒアッカが悲しんだり悔しがったりしないようにしたいけど、これまたどうしたらいいか分からない。か……。  俺は相談してきた2人を交互に眺めて思う。  ……いや、なんで?  なんで俺ならどうしたらいいか分かるかもって思うの?  そんなの俺だって分からな…………、ん……?  分からないことも……ない、か……?  そもそも2人の願いってほぼ一緒だよね?  それなら……。 「こういうのはどうかな? ヒアッカは、中の人から攻撃を受けると感じたら、すぐに自分とクロイスを結界柱から引き離すこと。これって、中に入り込んでいる人ほど体の方がすぐには動かせないから難しいんだよ」 「そーなんスか? 分かったっス!」 「離脱が間に合えばクロイスは痛い目に遭わずにすむし、俺も自分の脱出を優先できるし、助かるよ」  と、そんな話をしたんだよね。  今日は結局離脱の必要はなかったけど、今後クロイスの心へのダメージが回避できるようになるといいなぁ。  リンには後で自分の姿をしっかり自分の力だけでイメージできるように指導してみよう。  それでクロイスの負担が減らせるといいよね。  俺達はぞろぞろと馬車へ向かう。  俺達の後ろから、カラサディオとダリスも言葉少なについてきていた。 「あの結界柱の中に……人が、今も……入っているというのか……」  小さく呟いたのはダリスガンドだ。  カラサディオも信じられない程の衝撃を受けた様子ではあったけど、口に出したりはしないタイプだよな、と思いながら歩く。 「……どういうことだ……」  もう一度、ダリスガンドの震えるような声が落とされる。  少なくとも、ダリスガンドはこの事実を知らなかったようだ。  カラサディオは知らないフリをするのが上手いのでちょっと判別し辛いけど、知らなかったような反応ではある。  果たして、これは彼だけが知らない事なのか、それとも今の王族にはそれを知る人が誰もいないのか……。  そこ次第で敵が変わってきちゃうんだよなぁ……。 「なーんかテンションたっけーねぇちゃんだったっスねー」  言いながらヒアッカは両手を頭の後ろで組んだ。 「僕はなんか……、好意的すぎてちょっと、怖かったです……」  クロイスは頭を押さえて呻いている。  俺もなんか彼女の興奮ぶりには背筋に薄ら寒いものを感じたりはしたんだけど、俺達に危害を加えようって気はないみたいだから……。 「あの人の場合は、ああいう人もいるんだなぁって思うしかないかなぁ」  俺が苦笑を浮かべて言うと、クロイスはため息混じりに言った。 「心の声が強烈すぎて思念がほとんどダダ漏れでした……」 「どんな感じだったの?」  クロイスは、尋ねた俺を一度じっと見てから、俯いた。 「……ケイト様は知らないままの方がいいと思います……」  ええっ、俺ってそういう断られ方多くない?  前に蒼にもそんな事を言われたけど……。  皆、俺の事大事にしてくれ過ぎじゃない?  教えてくれなくてちょっと不満なような、でも俺を守ろうとしてくれる気持ちが嬉しいような……そんな複雑な気分だ。  彼女は多分あれだ、いわゆる腐女子と呼ばれるタイプの人だったんじゃないかな。  だって、なぜかいきなり俺達の事応援してくれてたし……。  リンのことが好きなのかなんて、急に聞かれたときはどうしようかと思った。  素直に答えたら、気持ち悪いって引かれてしまうんじゃないかと心配したんだけど、彼女に関しては杞憂だったみたいだ。  まあでも、次からは気をつけないとなぁ。  こんな風に俺達に好意的な人ばっかりじゃないんだし。  ……というか、俺とリンって並んで話してるだけでそんな恋人同士っぽい空気になってる……? 「ケイト様……?」  首を傾げた俺に、リンが心配ですって声で尋ねる。 「ううん」  大丈夫だよ、という気持ちで首を振れば、リンの気配がホッとしたのが伝わる。 「リン……俺達、応援されちゃったね」  少しだけ照れ笑いを浮かべて言えば、リンも眉を緩めて「そうですね」と答えてくれた。  ***  馬車に乗ろうとしたら、カラサディオに「お話ができませんか?」と誘われたので、俺は聖女の馬車にカラサディオとダリスガンドを呼ぶことにした。  クロイスとアンナにはカラサディオの馬車に乗ってもらっている。  カラサディオの4人乗りの馬車にはもう1人乗れるとのことで、結界柱に入って疲れたであろうヒアッカを乗せてもらった。  聖女の馬車は探知避けから魔力遮蔽に遮音までフル装備だしね。  聞いたところ、向こうも王家の馬車仕様で同じような仕様らしく、それは安心でいいねと話した。  広範囲魔法でやられても中にいればセーフだね。と笑うと、そんな目に遭った事があるのかとカラサディオの方が青ざめた。  それから、村に着くまでの長い時間で俺は結界柱の事を知る限り話した。  フロウリアがその昔、マダートゥールと呼ばれていたという話も。  カラサディオは古語を少しは知っていたらしく、トゥール……罪や罪人を指す方の単語だけは分かったようだった。 「マダーは壺とか深い入れ物を指す言葉らしいよ」 「……それは……」  カラサディオが青紫色の瞳を揺らして、それきり黙り込む。  ダリスガンドはよく分からないような顔をしている。気がする。  相変わらず無表情に近いけど。  この沈黙の内容については、またカラサディオが1人の時に考えてもらおう。  俺は思考に耽るカラサディオを引き戻すように話題を変える。 「次の村では教会から寄付された聖球の実態についても調べてみようと思ってるんだ」  次の村は出発前に教会で見せてもらった、聖球の寄付先リストに入ってる教会がある村なんだよね。  教会から直接向かうと馬を飛ばしても10日はかかりそうな距離だからなぁ……。  馬車で行くなら往復で一か月以上はかかるだろう。  視察に行くには、人数次第でお金もかなりかかるよね。  後手後手に回ってしまうのも分からなくはないけど、あの司祭さんの部屋を飾る物でも売り払えば十分な資金になると思うんだけどな。  そんな事を遠回しに話すと、カラサディオは理解したようでクスッと笑った。  うーん……やっぱり顔がいいなぁ。あと実は頭もいいよね。  リンと同じ顔なのに、リンからは見られない繊細な表情が見られるのもまた楽しい。  俺が整った顔をうっとりと見つめていると、カラサディオがちょっと苦い顔をして言う。 「宿から奪われた聖球についてはこちらでも行方を追っているのですが、未だ掴めず……」 「え、カディーも探してくれてたの? ありがとう、嬉しいよ」  微笑んだ俺に、カラサディオは申し訳なさそうに目を伏せる。 「いえ、成果がありません事には……」  そうだ。俺はまだカディーにお礼を言ってない事があった。 「遅くなっちゃったけど、火事の時に資金援助をしてくれたって聞いて、俺、ずっとカディーにお礼が言いたかったんだ」  俺の言葉にカラサディオはハッと顔を上げる。 「あの時は本当にありがとう。すごく助かったよ」  カラサディオは、俺の感謝の言葉を遠慮がちにそっとかわして、少しだけ痛そうな笑みを浮かべた。 「いいえ、あれは……、私の迂闊な行動があの宿を燃やしてしまったんです」  ……なるほど?  うーん……まあ、責任がまるでないとは言えないか。  でもカラサディオからそんな言葉が出るとは意外だったなぁ。  もっと素直に感謝を受け取ってもらえるかと思った。  俺は、殊勝なカラサディオを良い傾向だと思いながらも、受け取ってもらえなかった感謝に少しだけがっかりしている自分に内心苦笑した。

ともだちにシェアしよう!