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村の様子と瘴気の川

 村に着いて、村人達から精一杯の歓待を受けつつ、俺は思う。  食事の内容、量、そして村の人々の表情……。  やっぱりキリアダン側に来るほど生活が苦しそうなんだよな……。  特にこことキリアダン手前の村、キリアダンの向こう側の村とその向こうの合計4つの村は特に生活が厳しそうな印象がある。  どうしてなんだろう……。  地形や気候もそれほど変わらないし、むしろ冬に雪に閉ざされてしまう教会側よりは雪の少ないこちら側の方が暮らしやすい気もするのに……。 「聖女様?」  小さな声でカラサディオに尋ねられて、俺は顔を上げた。  いけないいけない、接待を受けている最中に考え事なんかしてちゃ失礼だよな。 「カディー様……、ありがとうございます」  微笑んで礼を告げると、カラサディオは心配そうに言う。 「ご気分が優れないようでしたら、ご退席なさいますか?」  確かに、一通りの挨拶も終わって今は束の間の食事タイムだ。  食事が下げられれば今度は村長さんが話をしに来るだろうし、抜けるなら今なんだろうな。 「いいえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけで……」 「……それなら良いのですが……」  なおも心配そうなカラサディオを、俺は安心させるように微笑む。  今日のカラサディオはロウフォード家に連なる血筋の貴族として俺の隣に席を設けられていた。  そういえばロウフォード伯爵はキリアダンの向こう側が領地で、その中には村が一つあるきりなんだっけ。  確かに領地の場所やサイズからしたら末端貴族なんだろう。  ただ……、あの辺りって俺や蒼が攫われた辺りなんだよなぁ……。  もうちょっと治安対策を頑張ってほしい、ロウフォード伯爵さん……。  後ろから視線を感じてリンを見る。  今日のリンはやっぱり兜を被っていたけれど、俺が『大丈夫だよ』という気持ちを込めて見つめると、リンからホッとした気配が伝わった。  今夜は俺とカラサディオは村長さんの邸宅にお邪魔する。  この村には宿がないので、騎士団の人達は相変わらずのテント生活だ。  広間から部屋へと向かう道で、カラサディオと一緒になった俺は小さな声で尋ねてみる。 「カディー、この村はどうしてこんなに小さいのかな」  カラサディオは俺の言葉に一つ瞬いてから、少しだけ考えて口を開く。 「おそらく、この村より奥に行く必要がないからでしょうね」  そうだっけ……? この先には確か大きな川があったと思ったけどなぁ。  俺の疑問に気づいたのか、カラサディオが補足する。 「向こうの川は水が結界の外から入り込んでいるので、瘴気にやられているんです」  言われて、そういえばそうだったなと思い出す。  確か浄化をかけてもどんどん瘴気の溶け込んだ水が入ってくるから無駄だって言われて、毎回スルーしてたから忘れてたな……。 「あの川向こうに結界柱を立てたのは悪手だったと言われていて、川の内側に立て直す為の計画が進んでいます」 「……誰が、そうやって、結界柱を管理してるの?」  カラサディオがびくりと肩を揺らしてしまった。  あ、俺ちょっと怒りが漏れちゃってたかな? 「ぎ、議会で……、宰相と、教会の代表者と、貴族と、各町の代表達で話し合った結果を宰相が持ち帰り、王が最終決定を下すという形です」  議会……。  そういえば父さんがそんな話をリンから聞き取っていたなぁ。  俺は部屋の前まで案内してくれた侍女さんに笑顔でお礼を告げて下がってもらうと、カラサディオを部屋に引き込んでリンに遮音の魔道具を発動させてもらう。 「じゃあ、結界柱を準備しているのは誰だかわかる?」 「いえ……、それは国の極秘事項となっておりますが、結界を管理しているのはフロウリア聖教会と魔法研究所ですので、そちらの管轄かと……思っておりました」  ふーむ、何も知らないならそう思うのは当然か。  教会と魔研所かぁ……。  俺やセリクがお世話になっていた場所ではあるけど、だからって、白だとは言い切れないんだよなぁ。  それに、川の瘴気かぁ……。 「川の向こうに結界柱が立ったのはいつ頃だかわかる?」 「300年ほど前だったかと……」  300年……?  じゃあ玲菜がキリアダンにいた頃か? 「2本とも、300年前に立てられたの?」 「はい、あそこの2本の柱はほぼ同じ時期だったと……記憶しております……」 「そうか……」  そこの2本に入ってるのは、攫われた元聖女か。  300年前頃から最近までの人達は割と大勢元聖女コミュニティにいるが、結界柱の中の人の話題は目にしたことがない。  とすれば、彩華ちゃんと同じように魔法で寝かされている可能性があるな……。  治癒の際に反撃を喰らう可能性のある結界柱が、続けて2本っていうのは結構辛いなぁ……。 「他に新しく立った結界柱がどこなのか、カディーは分かる?」 「あと5本分でしたら……」 「教えてもらってもいいかな?」 「はい」  俺はスマホを取り出すと、巡礼用の地図を撮った写真にカディーからの情報を書き込んでおく。  カディーは彩華ちゃんの入っていた結界柱の事も把握していた。  地図上で、結界の外から入り結界の外へと出てゆく緩やかなカーブを描いた川を指しながら俺は尋ねる。 「川から瘴気がどんどん入ってくるんだとしたら、こことこっちの村の人達は大丈夫なのかな」 「魔物被害が多いというのは確かですね、度重なる城やキリアダンからの派兵で魔物の討伐費用も嵩んでいるとか……。結界柱の移動には結界破損のリスクもある上こちらも相当な費用が必要ですが、それを踏まえた上で移動を決めたほどですから……」  確かに、この村はいつ来ても村を守る中小サイズの結界柱が濁ってるし、周辺の瘴気も他よりは濃いよね……。 「じゃあ、この村が小さいのはそれが理由?」 「そうですね……あとは……この村の者は早死にする者が多いと聞いたことがあります」 「早死に……? 原因に心当たりは?」 「いえ。ただこの200年ほどまではそんな話はなかったとのことですが……」  それって、普通に考えて瘴気の影響なんじゃないの……?  うーん……。明日は村の浄化だけど、これは普通の浄化じゃなくて高濃度浄化を行う方が良さそうだな……。 「ケイト様……?」 「あ、ううん。話を聞かせてくれてありがとう、おかげで心の準備ができそうだよ。カディーは国の事をよく勉強してるんだね」  俺の言葉にカラサディオは嬉しそうな顔で応えた。 「お役に立てたなら光栄です。また新しいことが分かり次第お伝え致します」 「ありがとう」  俺はカラサディオに感謝を伝えて部屋の扉まで送る。 「急に引っ張り込んじゃってごめん、遅い時間になっちゃったね。ゆっくり休んでね」  すると、カラサディオはやたらと優艶に微笑んだ。 「ケイト様のお誘いでしたらいつでも大歓迎です。次はぜひとも朝までお側をお許しください」  ……あー……、そういう事は相変わらず言うんだ?  しかも、そんな、キメ顔にウインクまで添えて……??  うっ、俺の頭よりも上の方で、護衛同士がまたバチバチ睨み合っている気配がする……。  俺は熱くなってしまう頬を俯いて隠しながら「お、おやすみなさい……」と扉の向こうに隠れるので精一杯だった。  ***〈カラサディオ視点〉  私が案内された部屋は、ケイト様のお部屋とそう変わらない見た目の客室だった。  毎年の巡礼に備えて作られたのだろう聖女と元聖女のための部屋は、護衛が詰められる程度の広さのある居間と主寝室と副寝室があり、村の規模を考えれば十分な造りだと言えるだろう。  部屋に入った私が両腕を左右に広げて立つと、リサが手早く着替えさせて就寝のための身支度を整えてくれる。  その間に、部屋を担当する私兵達が部屋の外と中でそれぞれ配置に付いた。 「リサ、ご苦労。下がっていい」  感謝を込めて小さく微笑むと、リサは「おやすみなさいませ」と頭を下げて副寝室へと姿を消した。  そこでようやく、私にじっとりとした視線を注いでいたダリスが口を開いた。 「……カラサディオ様、聖女の事は諦めたのではなかったのですか?」  私は小さく片眉を上げてダリスを振り返る。 「それとこれとは別だ。あんな美しい方にあのように言われては、声をかけない方が難しいだろう?」  まさか応じてもらえるだなんて微塵も思っていないさ。  これは『貴方は魅力的だ』と伝えるだけのものだ。  夜中に部屋に招かれた紳士として最低限の礼儀というものだろう。  私の答えに、ダリスは太めの眉をぐっと寄せて、元より鋭い目をさらに鋭くさせた。 「それは……夜のお相手が御入用だと言うことでしょうか?」  おや、ダリスはそのつもりなのかい?  ダリスはいつもの無表情ではあったが、よく見ればその灰色の瞳にはギラギラとした欲を滲ませていた。 「よろしければ、私がお相手致しますが?」  恭しく片手を取られて、私は内心で苦笑する。  どうやらダリスは随分と妬いているようだ。  これまで、私が数多の女性と付き合っても、ダリスがここまで露骨に嫉妬した事はなかったと思うのだが。  私では手が届きそうもないようなお方に対して、なぜそうも警戒する必要があるというのか。  ダリスにはまだ、彼が人と同じように見えているのだろうか。  ……彼……?  ああ、そうか……。  これまで私に群がる女性達に対抗意識を燃やしたことのないダリスが、彼にだけ敵意を向けてしまうのは、彼が男性であると認識したからか。  そこではじめて、ダリスは彼に自分の代わりとなりえる可能性を感じたのだろう。  もしかして、私を取られるとでも思ってしまったのかい?  ……それでそんなに彼に対してピリピリしているのか……?  まったく……、ダリスはいくつになっても可愛いな。  胸に湧く愛しさにたまらず苦笑を浮かべると、ダリスは答えのない私を急かすように私の指先へと唇を押し付けてきた。 「ふむ、では任せよう」  ダリスの望む通りに答えれば、ダリスは口端が上がるのを堪えきれなかったのか、歪んだ表情で「かしこまりました」と頭を下げた。  やけにゆっくりと顔を上げたダリスの灰色の瞳が私を貫く。  『お前は、俺のものなんだからな』と強く主張しているその瞳に、私は優艶に微笑みかけてやる。  分かっているよ、ダリス。  私はお前のものだとも。  お前がこうして、私のものである限り。

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