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井戸と治療院
翌日、俺は村の浄化と結界柱の浄化を早々に終えて、空いた時間で、巡礼の予定にはなかった井戸と治療院を回ることにした。
昨夜リンに相談したところ、村の広さに対して人が少ないので、広範囲での高濃度浄化を行うよりは、体調の悪い村人へ俺が直接浄化をかける方が俺の負担も少ないのではと言われたからだ。
今日は結界柱の浄化があったため4班が入っていて、護衛は1、4、6班と見慣れた顔ばかりだな。
先頭を歩く騎士団長のヴィクトルさんの隣を歩いている男性は、井戸まで案内をしてくれている村の人だ。
「聖女様、あれがこの村の中央にある一番使用頻度の高い井戸だそうです」
「わかりました。ありがとうございます」
俺が微笑むと、ヴィクトルさんの隣で村の人がポーッとした表情で頬を染めた。
なんか、ごめんね……、中身はごつめの男子なのに、外見がゆるふわ女子で……。
井戸に辿り着くまでもなく、瘴気の気配が届き始める。
中を覗き込めばわかるかな、なんて思ってたけど、これはもっと深刻そうだな……。
「井戸と周辺を浄化しますね」と俺が宣言すると、騎士達がサッとフォーメーションを変える。
浄化中は俺が普段より無防備になるので、町や村の中で浄化する時には俺の周囲を囲むようにぐるりと騎士達が外向きに並んでくれるんだよね。
この守られてるなぁって感じが嬉しい。
特に、ドルーグやラドムの背中からは気迫を感じる。絶対に指一本触れさせないぞっていう。
まあ、背後のリンからは常にこのくらいの気迫が漏れ出ているわけだけど……。
俺は、頼もしい皆の背中に聖力の回復速度を上げつつ、井戸を浄化した。
そうして村に全部で5箇所あるという井戸を1時間半ほどかけて全部浄化して、次は治療院に行こうかと、最初に浄化した井戸の隣を通った時だった。
「聖女様」
声をかけてきたのはシヴァルだ。
俺は「すみません、ちょっと止まります」と全体に声をかけて立ち止まる。
後方の6班を振り返ると、背の高いシヴァルがすぐ目にとまった。
「また瘴気が湧いてるみたいだね」
俺の言葉にシヴァルが小さく頷きを返す。
「うぇぇ。もう復活してんスか!?」
ヒアッカの悲鳴に俺も内心同意する。
だってまださっきの浄化から2時間も経ってないんだよ?
それなのにもう瘴気の気配が漂ってるんだけど?
うーん、どうしたらいいのかなぁ。
高濃度浄化をしてみる?
けどあの川と一緒で常に瘴気が供給され続けるなら一時的な浄化なんて焼け石に水なんじゃないだろうか……。
俺は悩みながら井戸に近づいて、中を覗き込む。
底は暗くて何も見えないなぁ……。
真っ暗な井戸の奥は、瘴気の纏う深淵の闇のようだ。
なんだか背筋が寒くなって、顔を引っ込めようとした時、俺の肩をリンの手が包んだ。
俺の隣からリンが井戸の中を覗き込むと、リンの首元で俺の贈ったペンダントが揺れる。
普段は服の中に隠してあるのに、屈んだ拍子に飛び出したんだろうか。
ふわりと白い光を纏った3連のミスリル球が、暗い井戸の中をほのかに照らす。
……ああ、これが使えるかもしれないな。
俺は振り返ると、騎士の皆を見回して言う。
「ごめん皆、聖球を2つ持ってる人で、1つ分けてもいいよって人がいたら分けてもらえないかな?」
カイルとフォーン、ヒアッカとクロイスが顔を見合わせる間に、2つとも差し出して来たのはドルーグとラドムだった。
一歩遅れて、シヴァルがあくまでマイペースに聖球を1つ差し出してくれる。
ヒアッカとクロイスも「いーっスよ」「元々聖女様がお作りになった物ですから」と1つずつ差し出して、カイルとフォーンは「おいくつご入用なんですか?」と尋ねてくれた。
そうだね、これで7つか。
ひとまず10個くらい入れれば効果があるかどうかわかると思うんだけど、効果が無かった時、回収に失敗したら10個は……結構キツイよね……俺がね……。
「俺のも使ってくださいっ」
俺がいくつ集めようか迷っているところへ、聖球を2つ差し出してくれたのはアークだ。
カイルとフォーン、モリーとビルドは俺の返事を待ってたんだけどな。
まあいいか。
俺は「ありがとう」とアークに答えて聖球を受け取る。
「ひとまずこれでやってみるね」と皆に言いながら、俺の返事を待っていた4人には微笑んで感謝を伝える。
「これを入れる布か袋があると助かるんだけど……」
俺の言葉に、ヴィクトルさんが案内をしてくれてる村人さんに声をかけてくれる。
しばらくして、村人さんが慌てた様子で麻袋のようなものを持ってきてくれた。
「ありがとうございます、助かります。この袋は水に浸けても大丈夫ですか?」
「はっはははいっ。大丈夫でございますっ」
大丈夫でございますか……。
村人さんは、頬を染めてうっとりと俺を見つめてくれている。
なんだか俺のビジュアルで騙してるみたいで申し訳ないなぁ……。
俺が袋を受け取って広げると、9個の聖球を大切そうに抱えていたリンが聖球を袋に入れてくれた。
リンはずっしりと重くなった袋の口を固く縛って、井戸の木桶が下がるロープに括り付ける。
リンは俺が何も言わなくてもこれをどうしようとしてるのか分かるんだなぁ。
この察しの良さが、どうして恋愛方面でまるでダメなのかが不思議だけど……。
まあ、俺も人のことは言えないか。
リンは最後に俺を振り返って『これでよろしいですか?』と視線で確かめる。
俺が『大丈夫だよ』と視線で答えると、リンは「下ろします」と宣言してからそれを井戸の中へと沈めた。
あれ、リンの首元に飛び出していたはずのペンダントが無い。
もしかして、さっきのはわざと俺に見せたんだろうか……?
井戸を覗き込む俺の背中に、視線が集中する気配がする。
振り返れば騎士の皆がソワソワやハラハラした顔をしている。
「皆も見に来ていいよ?」
声をかければ、皆が井戸の周りにわらわらと集まってきた。
「これで井戸の水がキレーになるんスか?」
「なるといいなと思ってるとこ」
ヒアッカに返した俺の言葉に、騎士団長のヴィクトルさんが呟きを零す。
「聖球を割らずに使われるとは……」
話を聞けば、巡礼中に穢れた場所で水を確保するしかない時には、仕方なく聖球を割っていたのだそうだ。
聖球を割らないと、その分時間はかかるだろうし、聖球の数もいると思うけどね。
俺は「治療院の帰りにまた寄ってみましょう」とヴィクトルさんに声をかけて、皆でぞろぞろと移動する。
向かった治療院には人が溢れていた。
建物の外にはみ出た行列に並ぶ人達に尋ねると、腹痛や頭痛、抜けない疲労感等で通い続けている人が多いようだ。
治療を受けてから仕事を始める者が多いため、午前中は特に混むのだと言う。
ちなみに聞き取りにはドルーグの他に、ヒアッカとクロイスの2人にもそれぞれに向かってもらった。
思った通り、タイプの違う2人はそれぞれに、肉体労働者っぽいおじさんと、小柄なお婆さんというタイプの違う人に話しかけ情報を持ち帰ってきたので、ドルーグの情報と合わせて大体これで間違いないだろう。
治療院は基本的に、治癒魔法やスタミナ回復魔法、疲労軽減魔法を使える治癒術師と呼ばれる人が1人以上いれば開業できるらしいが、この村で一番大きなこの治療院には5人の治癒術師さんがいるらしい。
それでも毎日こんなに混むのだとしたら大変だな……。
「あの……村の人を浄化したいのですが、直接声をかけてもいいですか?」
ヴィクトルさんに尋ねると、すぐに準備をするのでどうかそのままで今しばらくお待ちくださいと言われてしまった。
頼むから村人に直接声をかけるのはやめてくれ、というヴィクトルさんの気持ちがヒシヒシと伝わる。
団長さんの指示を受けて副団長さんが騎士達のテントの方向へ駆けてゆく。
ああ、その……。
護衛騎士の皆さんにはいつも予定外のことばっかりさせてしまってごめんなさい。
俺が申し訳なさにしょんぼりしていると、ラドムがどこからか椅子を持ってきてくれた。聞けば治療院から借りてきたのだという。
「俺は大丈夫だから外で立って待ってる人達に回してあげて。立ってるのも辛そうな人が……ほら」
俺が視線で指すと、ラドムは「かしこまりました」とそちらへ向かう。
「ひゃはは、おもしれーーっ。ラドムがガックリしてんのとかレアじゃね?」
少し離れたところからアークの楽しそうな声が聞こえる。
え、そんなにラドムって凹んでた?
俺が断ったから?
いつも無表情だからよくわかんないな。
「椅子なんかなくても、聖女様にはいつでも護衛の兄さんの抱っこがあるもんなぁ?」
アークの言葉にモリーとビルドが同意してるけど、俺ってそこの3人にそんな風に思われてるの?
思わず周りの騎士達の顔を見回すと、目を逸らされたり逆ににっこり微笑まれたりと反応は様々だけど、つまりは皆そう思っているようだ……。
「お疲れですか?」
リンが優しい声で尋ねてくる。
いや今の流れでこれって、俺頷いたら即抱き抱えられちゃうのでは……?
「大丈夫デス……」
ぎこちなく断る俺の後ろで、リンが兜の中で小さく笑う気配がした。
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