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カディーは、ダリスが可愛い?

 村長さんのお宅に戻った俺は、カディーに今日の様子を尋ねられて、夕食の席で報告していた。  本来なら村長さんも一緒に食べる予定だったのだが、急な呼び出しがあり出て行ってしまったらしい。  ん? それってもしかして、俺のせいって事……?  いや……いやいや、それは考えすぎだよね?  まさか、教会の聖球の件に村長さんが関わってるなんて……。  ……そんなの、村ぐるみになっちゃうじゃないか。  もしそうなら、村長さんにとって排除するべきは俺の方だよね……?  ……待って? 俺ってこの料理こんな安心して食べてていいんだっけ?  思わずカトラリーを持ち上げたまま動きを止めた俺に、向かいからクスクスとカラサディオの笑い声が届いた。 「カディー……?」 「ご安心くださって良いかと。ケイト様のお可愛らしいお口に入る物には、全て大叔父様が鑑定をかけているようですよ?」  ……いつの間に?  俺はリンを振り返る。  リンは眼差しで優しく頷いた。  確かに俺が最初に聖女になった時も、咲希ちゃんの頃も、リンはそうやってマメに鑑定をかけてくれてたけど……。  咲希ちゃんの頃は両手を翳してから術式を展開して発動するまでに20秒くらいはかかってた気がするのに、最近随分と早くなったよね。  今までもこれからも、俺が気づかなくても、俺の食事には全部リンが鑑定をかけてくれるのか……。  リンに守られている実感が、俺の心をじんと温める。  ありがとう、リン……。  リンは遮音の魔道具を手に、俺の後ろにいつも通り控えていた。  巡礼に出てからは中々一緒に食事もできなくて、ちょっともどかしい。  俺は本当は、リンと一緒にご飯が食べたいんだ。  でも、リンは俺と一緒に食事ができない事を俺ほど気にしていないようなので、俺もなるべく気にしないようにしようと心がけてはいる。 「そんなわけで不審な所はいっぱいあったんだけど、結局それ以上踏み込めなくてさ……、というか事前に訪問の話をしてあるんだから当然なんだけどね。かといっていきなり訪問するわけにもいかないし……」  今日の出来事をカラサディオに話し終えると、カラサディオは綺麗な切長の青紫色の瞳を悪戯っぽく細めて言った。 「今日のうちに教会の視察を済ませておかれたのは流石ですね。踏み込みすぎなかった事も、多少の釘を刺しておいた事も、非常に良いバランスだったかと思われます」 「そうなの? 俺は中途半端でモヤモヤしながら帰ってきたけど」  俺の正直な言葉に、カラサディオはクスッと笑う。  俺に素を見せてくれるようになったカラサディオの笑い方は、貴族らしい上品さの中にもなんだか心が温まるような空気が漂っていて、素敵だなと思ってしまう。  テーブルを挟んで向かいに座るカラサディオは、俺の後ろでリンが持つ遮音の魔道具の遮音範囲内に入っている。  だけど、その後ろに立つダリスガンドは丁度範囲外の様で、さっきからちょっとだけ苛立ちの籠った瞳で俺たちの事をじっと見てるというか睨んでるというか……、この人真顔が怖い人なのでよく分からないんだけど。 「教会の者達はおそらく危機を無事乗り越えたとホッとしています。今頃、一度は隠した証拠をまた取り出しているのではないでしょうか? 尻尾を掴むのでしたら今が好機かと」  なるほど。  勉強の息抜きにってゲームしてたら親が来て、足音に慌てて隠したゲームを、親が去った後でまた出して遊んじゃうあの心理か。  うちの母さんはよく1階に下りたと見せかけて扉の外に潜んでおいて、いきなりバーンって入ってきて抜き打ちチェックとかする人なんだよね。  で、蒼がそれにしょっちゅうひっかかってて。  俺はまあ、叱られたら素直にやめる性質だったんだけど、蒼がそうじゃないタイプだったからね……。 「実は、もう一度教会の近くまで行って聖球があそこにいくつあるのか確認したかったんだよね。でもこの格好で移動すると目立っちゃうし……」  うーん……。  俺は悩んだ挙句に、リンを振り返る。 『リン、いいかな?』と視線で尋ねると、兜の中からリンが頼もしい笑みで小さく頷いてくれた。 『ケイトの望むままに』というリンの意志がはっきりと伝わって、ちょっとくすぐったくなる。  ありがとう。  いつも俺を信じていてくれて。  視線を戻すと、カラサディオは青紫色の瞳に期待を浮かべている。 「それはまさか……、ケイト様の本来のお姿を目にする事ができるのですか?」  そういえば見たいって言ってたっけ。  でも、期待を浮かべていたカラサディオは何かに気づいたようにハッとしてから、残念そうに片手で顔を覆った。 「ああ……せっかくの機会なのですが、元のお姿では魔力を失いお身体も脆くなってしまうのだと聞きました。ここは私の私兵をお使いくだされば……」 「……待って、カディーはその話をどこから聞いた?」  確かに護衛騎士なら知ってる人はいるだろう。  それでも全員は知らないはずだ。  だってそれは、元聖女の致命的な弱点なんだから。 「この情報は、私の諜報員が仕入れてきました」  うーーーん、諜報員さんかぁ……。  だとしたら、出所は騎士さん達の可能性もあるかぁ……。  俺の耳にあの時俺を攫った男の言葉が蘇る。 『ちゃーんと調べたんだぜ? 元聖女サマは、聖力は使えても魔力が無いんだってな?』  そうなんだよな。  元聖女を狙ってくる人攫いの中にはそれを分かってる奴らがいる。  そっちからの情報じゃなきゃいいんだけど……。 「気掛かりがあるようでしたら、何なりとおっしゃってください」  カディーに促されて俺が正直に話すと、カディーは「分かりました。情報源を確認しておきます」と言ってくれた。 「一度遮音を解きます」と告げたリンがサッと遮音の魔法を解いたので、俺とカラサディオは部屋の入り口を見る。  どうやら食後のお茶を持ってきてくれたようだ。  どうして気がつくんだろう。不思議だなぁ……。  音が全然聞こえなくても遠くの気配ってわかるものなんだろうか。  俺は自分の近くの人の気配しかわからないので、リンのその感覚は素直にすごいなぁと思うしかないんだよね……。  お茶と焼き菓子が出されて村長さんのところの料理人が下がると、確かにリンがサッとお茶と焼き菓子に手を翳してから戻ってくる。  あれは鑑定をかけていたのか。  互いの侍女がお茶をカップに注いでそれぞれの主人の前に出す。  侍女が後ろに控え直すと、リンがまた遮音の魔道具を起動させた。 「遮音いたしました」 「ありがとう、リン」  エミーが持たせてくれた魔道具のおかげで、互いの部屋を行き来しなくても内緒話ができるのは本当にありがたい。  リンも遮音を即起動即解除できるようになってて本当にすごいなぁ。  いっぱい魔力制御の練習をしたんだね。  ……俺を守れるように。  ああダメだ、リンの気持ちを意識すると、どうしても口元が緩んじゃうよ。  口元を隠すようにしてカップを傾けると、カラサディオが言った。 「ケイト様と大叔父様は強い信頼で結ばれているのですね」  俺はお茶を噴かないようにグッと堪えてから飲み込んだ。 「う、うん……。それはまあ、そう、なんだけど……」  改めてそんな風に言われると、照れると言いますか……。 「カディーとダリスも、仲良しだよね?」  思わずそう返した俺の言葉に、カラサディオは少しだけ困ったような顔をして、小さく苦笑を浮かべる。 「……そうですね、少し……間違えてしまった気もするのですが……」  間違えた……? 「どうやら、甘やかしすぎてしまったようです」  そう答えるカラサディオは困った顔を見せながらも、どこか幸せそうだった。  へぇ。  甘やかしすぎてしまった、か……。  俺は、カラサディオの後ろに立つダリス……ダリスガンドをちらりと眺める。  ダリスガンドは相変わらず眉間に皺を寄せていて不機嫌そうな顔だ。  俺を見る灰色の瞳に暗い色が差しかけた途端、ハッとダリスガンドの視線が俺の後ろに向かった。  どうやら、ダリスガンドが俺を睨む前にリンがダリスガンドを睨んでくれたようだ。  いや、別に俺は少しくらい睨まれたっていいんだけどね。怪我するわけでもないし。  でも、そんなささやかな悪意からも俺を守ろうとしてくれるリンの心は、すごく嬉しい……。  俺はお茶を飲むようにして口元をカップで隠して尋ねる。  なんとなく、ダリスガンドなら人の唇くらい読めそうな気がしたので。 「カディーは、ダリスが可愛い?」  俺の問いにカラサディオは青紫色の瞳を瞬かせた。  それから、赤い髪にところどころ青色が入った三つ編みを左肩で揺らして、柔らかく微笑む。 「……はい、とても……。彼の存在に、救われています」 「そっか。……よかったね」 「はい」 「それなら、2人はそのままでもいいんじゃないかな」 「……そうでしょうか……」 「うん。人と人との関係は、それこそ人の数だけあるからね。どれが正しくてどれが間違ってるなんて事は他の人には分からないと思うんだ」  カラサディオは王子様だから、そのうち別の人と結婚したりするのかもしれないけど、護衛としてならダリスガンドはずっとカラサディオのそばにいる事ができるのかもしれない。  だから2人はそういう立ち位置なのかな。 「どちらかが一方的に辛い思いをするなら改めた方がいいかもだけど、互いに心地良く過ごせてるなら、二人の関係はそれでいいんだと思うよ」  俺は、そう言って微笑む。  するとカラサディオは許された事にホッとしたような顔をして、安堵を滲ませて微笑み返した。  きっと俺が許したところで、カラサディオを許してくれない人は沢山いるんだろうけど。  俺の言葉がこの先少しでも、カラサディオの心を支えられますように……。 「遮音を解きます」  リンの声に顔を上げると、ダリスガンドの後ろに見た事のない黒ずくめの男が膝をついていた。

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