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ちょっとだけ、無茶をしてもいい?

 いつの間に!?  あ、もしかして彼がカラサディオの言ってた諜報員さんなのか……。  カラサディオがダリスガンドから耳打ちを受けて、鷹揚に頷く。  ダリスガンドがリンに視線を向けると、リンはさっきよりも広い範囲を魔道具で囲って「遮音いたしました」と告げた。  あれ、この魔道具ってこんなに広い範囲でも使えたの……?  ……って事は、今までもダリスガンドを範囲に入れることはできたんだ?  じゃあ、リンはわざとダリスガンドを範囲から外してたの……?  それは……睨まれても仕方ないかもしれない……。  後ろで範囲に入ったアンナがちょっと慌てる気配がしたので、視線で宥めておく。  向こうの侍女さんは澄ました顔のままだ。 「報告いたします。フレインは教会にてエスペルトと密会、教会から商隊風の男達が木箱を3箱荷馬車に積んで北へ向かいました」  フレインというのは村長さんの名前だ。  エスペルトは司祭のお爺さんの名前だったね。  3箱って事は最大で300個、ここから真北にあるのは東側で一番大きな町か。  あの放火で宿を焼かれた町の方へ向かってるって……。  あれ? あのとき失ったのが250個で、あの教会に50個……。 「っ!」  俺は思わず椅子から立ち上がった。  すぐに追わなきゃ! 逃げられてしまう!  カラサディオが座ったまま素早く指示を出す。 「ダリス、行け」 「はっ」 「ブラウご苦労、続けてですまないがダリスを案内してくれ」 「はい」  指示を受けた2人が駆け出す。  部屋の扉を守っていた私兵が2人、ダリスに肩を叩かれてカラサディオの後ろへと回った。 「俺も……」と言いかけた俺に、カラサディオが着席を促す。 「彼らに任せておけば大丈夫ですよ」 「……そう、ですか……」  確かに、俺には護衛騎士を動かす権限はない。  それに、運ばれている荷物が確実に聖球であればいいが、もしダミーだった場合は護衛騎士の名誉にも関わってしまう……。  カラサディオにお茶のおかわりを勧められて、俺は部屋に戻る気にもなれず頷く。  アンナは俺にお茶を淹れて「無事戻るといいですね」と俺を励ましてくれた。  俺はアンナの入れてくれたお茶を一口飲んでから、リンを振り返る。  リンは魔道具を既に仕舞って、まっすぐ俺を見つめていた。  深い青の瞳は、まるで俺が振り返るって知ってたみたいだ。 「ちょっとだけ、無茶をしてもいい?」  俺の言葉に、リンは悲しそうに一つ瞬いてから「はい」と答える。 「聖女様!?」  いくつかの声が聞こえる中で、俺は椅子を少し引いて目を閉じ両手を組んだ。  薄く薄く……聖力を広げて、村の南端の教会まで……。  ああ、やっぱり……。  教会には、井戸の中にある聖球が13個と他に10個ほど残してあるのみか。  じゃあ、今度はここから北……村を出て、その先まで範囲を広げて……。  俺は極めて薄く透明なヴェールのように、聖力を伸ばして探索範囲を広げてゆく。  範囲を広げれば広げるほどに、俺の中から聖力がぐんぐんと失われ続ける。  まずい、指先が震えてきた……。  額に汗が滲んで、息が上がってくる。  村からは随分と離れてきたけど、まだ聖球の反応はない。  もう少し……もう少しだけ先まで……。  聖球が本当にそこにあるのか、知りたいんだ……。  皆が安心して動けるように……。  不意に、ふわりと温かい気配に触れる。  ああ、あった。  聖球が、たくさん……。  追われていることに気付かない荷馬車はまだのんびり走っていて、後ろから馬を飛ばして追うダリスガンドは率いる私兵達を置いてゆく勢いで速度を出している。  これならもうほんのしばらくで、きっと、追いつく……。  聖力の放出を止めた俺は、手を離して目を開けよう……と思ったのだけど、その時には既に指一本動かすことができなくなっていた。  椅子に座っていたのですぐに倒れるということもなさそうだけど、困ったな……。  俺は、せっかく調べた結果を伝える事もできないままで、どうしたものかと考える。  いやちょっと、かなり、俺これ今、間抜けな事になってない!?  そんな間抜けな自分に内心焦る俺に、そっと触れる手がある。  ああ、これはリンの手だ。  リンは慣れた手つきで、俺を腕の中に抱え上げたようだ。  ありがとう、リン。  でも俺、今日はまだ意識は残ってるんだけど……、どうやって伝えたらいいのかな。  すぐ近くにいるはずのリンの声が、どこか遠くで聞こえる。  リンはカラサディオに退室を伝えているようだ。  しばらくの間、移動の振動とリンの足音と少しだけ風が頬にあたる感触がした。  そのうち扉の音がいくつかして、リンが俺を抱えたままどこかに腰をかけたような柔らかい振動が伝わる。  それから、リンが俺を一度足の間に下ろした後に、また抱き直したような気配がした。  不意に、俺の耳に柔らかいものが触れる。  優しく俺に触れる感触。  これは……リンの唇かな。  多分部屋に戻ってリンが兜を取って……俺は今リンに抱えられてベッドの上にいるのかな。  続いて、リンの囁き声が耳元で聞こえた。 「愛しています。貴方を、心から……」  じわりと熱が滲むような声音に、俺の耳から熱いものが体の中へと流れ込む。  まさか……。  俺が倒れた後、リンはいつもこうして反応のない俺に愛を捧げてくれてたの……?  どうしよう、すごい、嬉しい……。  でも、それって……、リンは辛くならないのかな……。  俺はリンに何も返せないのに、一方的に捧げる愛は、リンを悲しくさせてない……? 「どうかその美しい瞳を開けて、私を見てください……」  リンの懇願が籠った声は、俺の心臓を強く叩く。  ああ、リンが俺にかけてくれる言葉はいつもなんて優しいんだろう。  リンだって「無理をしないで」とか「心配をかけないで」とか、そんな思いを抱えてるはずなのに。  それでも、俺にはそれを向けないでくれる。  それはこんな風に、俺が意識の無い時でもそうだったんだ……。  初めて会った時は年下だったのにな。  俺が守ってあげなきゃって、あの時は思ってたのに。  リンはどんどん成長して、今では俺よりもずっと年上の男の人なんだね。  俺はいつの間にかリンに支えられて、守られてばっかりだよ。 「私の全てで、貴方を生涯愛し続けます」  そんなリンに、こんなに愛を注がれて……。  一度は底をつきかけた俺の聖力が、リンからの愛によって満たされてゆく。  本当にこんな無茶して迷惑かけてばっかりの俺でいいのかなって、その度に思ってしまうけど。  それでも、リンが俺がいいって何度でも言ってくれるから、俺も、リンの相手は俺でいいんだなって大分素直に思えるようになってきた。 「ケイト……、私の愛しい人……」  熱いくらいに込められた愛は、俺の胸を温めて、身体中に熱を広げてゆく。  リンの想いに応えたい……。  俺はなんとか瞼を震わせて、目を開く。  そこにはやっぱり、俺を大切そうに見つめる青い瞳があった。 「リン……」  名前を呼べば、リンは瞬きをして、それから幸せそうに微笑んだ。 「ケイト様……」  そこは様付けに戻っちゃうのか……。  俺は苦笑をそのまま微笑みに変えて、なんとか手を伸ばしてリンの頬に触れようとする。  リンは俺の動きがぎこちないことにすぐ気づいて、慌てて俺の手を握った。 「まだそのままで、ご無理をなさらないでください」  心配でたまらないという顔のリンに、俺はぎこちない苦笑で答える。 「うん、ありがとう……。心配、かけて……ごめんね……」  うう、まだちょっと舌が動かなくて、喋るのも難しいな……。  俺がなんとか、さっきの広範囲浄化型の探知で調べた事を伝えると、リンはアンナに部屋番の騎士を呼んでもらって、カラサディオの方にも伝えるように頼んでいた。  俺の周囲の騎士達は、夕食前から夜番の人達に代わっている。  4班とか6班だと聖球があると分かった時点で追いかけに行きそうな人がいるしね。  落ち着いた夜番の騎士さん達でよかった。  じゃあ、待ってる間に俺は……。  俺が視線で水晶球を探し始めた途端、リンが俺の頭を撫でて、宥めるように俺の額に口づけた。 「ケイト様、お気持ちは分かりますが、今日のところはお休みください」 「う……、はぁい……」  リンに促されて、俺は寝支度を整えると渋々布団に入る。  まだ井戸に入れる聖球も追加で必要だし、今夜は寝ないで聖球作りといきたいとこではあったんだけど、回復魔法を結構な回数使ったから魔力が減ってるし、……ここは寝て回復した方がいいか……。  俺の掛け布団を、リンが丁寧に俺の肩口を全部包むように整える。  ぎゅっぎゅっと肩にかかる圧がなんだか気持ちいい。  リンは過保護だなぁなんて思いつつ、嬉しい気持ちで目を閉じると、急激に睡魔が襲ってきた。  どうやら、自分が思っていた以上に疲れていたようだ。  ダリスガンド達は今頃、あの荷馬車に追いついただろうか。  やっぱり……戦闘になるのかな……。  相手が大人しく退いてくれるといいんだけど……。  ……聖球が……、少しでも……、戻ってくると、いいなぁ……。

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