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早朝の惨状

 ……なんだ、……この、匂いは……。  朝日と共に目覚めた俺が目にしたのは、惨状だった。  そう広くない村長の屋敷のあちらこちらで、凄惨な姿で横たわる騎士達の姿に、俺は思わず叫んだ。 「なんでこんなに死屍累々なの!?」  屋敷中に酒の匂いが充満している。  そもそも騎士達はテントで生活してたはずだよね?  それがどうして村長の家で酒盛りして、さらには酔い潰れちゃってるの!?  一体どれだけ飲んだの!? 「ケイト様、おはようございます」  よかった。リンは飲んでな…………、いや、飲みはしたのか。  酔わない程度に。  リンもちょっとだけお酒臭いな。  俺が一歩引いたことに気づいたのか、リンが「申し訳ありません」と謝った。  話を聞けば、あれから俺が寝ている間に、俺の話を聞いて騎士団からも15人がカラサディオの私兵達を追いかけたらしい。  騎士団が追い付いた時、商隊に偽装していた連中は強盗団の本隊と合流し、私兵達は数の増えた敵に苦戦していたらしい。  そこで騎士達が大暴れして、強盗団を大量に捕縛、荷馬車いっぱいに積んで帰ってきたらしい。  肝心の聖球については、なんと追っていた分と強盗団の確保していた分で驚きの1263個……って待って!? 桁がおかしくない!?  普通1人の聖女が残していく聖球なんて、5月の終わりに巡礼を終えてから聖球の作り方を習って、7月の頭に帰るまで約1ヶ月で100個も作ればいい方だよ!?  確かにこれまでも今の司祭さんが元聖女さんに聖球作りのノルマを課してたとは聞いたけど、それにしたって多すぎない!?  そんなわけで、予想以上に戻ってきた聖球と対人戦での勝利に興奮した騎士と私兵達は、深夜からカラサディオの奢りで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしていたらしい。 「なるほど……」  説明してくれた夜番の騎士さんは「もう少しで交代時間となるので、自分達も酒にありつきたいところですね」と言ってくれたんだけど……。  交代……できるのかな、この泥酔してる騎士さん達と……。 「酔い潰れているのは1、3、5班だけです。2、4、6班は夜の間寝ていたはずなので大丈夫ですよ」  ということはドルーグの班とシヴァルの班は留守番だったんだね。 「それなら安心だね。飲むのはいいけど、あんまり飲み過ぎないようにね」  つい心配から言ってしまうと、騎士さんはシャキッと背筋を伸ばして凛々しく答えてくれた。 「私は今夜もケイト様をお守りしますので、決して飲み過ぎないと誓います」  おおお、夜番の騎士さん頼もしい……。 「ありがとう、頼りにしてるよ」  感謝を込めて伝えた俺の視線の先に、昨日一度だけ見た黒ずくめの男が音もなく現れた。  俺の背後で、リンが俺を守ろうとする気配が強まる。  黒ずくめの男はリンの威圧を気にすることもなく、淡々と報告を始めた。  騎士と私兵達が戦っていた間に、カラサディオは村長の悪事の証拠をしっかり掴んで、屋敷中の酒と料理を勝ち取ったらしい。  教会の不正の証拠も掴んだらしいけど、それをどうするのかは俺と相談してから決めたい、とのことだ。 「主人は現在休んでおりますが、言付けがございましたら承ります」  そう言って、床に膝をついていた黒ずくめの男が俺を見上げる。  細身の男は全身黒っぽい服を着ていて、後ろで一つに括られた紺色の髪は長く床についているようだ。  なんだか諜報員……エージェントやスパイというよりも、忍者みたいな雰囲気だなと俺は思う。  口元は布に覆われていて見えないけれど、俺を見上げる紺色の瞳には、何かを渇望するような色が見えた。  ……なんか、この視線……。  俺はこの眼差しに見覚えがあった。  これは、あれだ。  セリクがよく俺に向けていた目だ。  あの、褒められ待ちをしている時のセリクの眼差しに似ている。  セリク程期待でいっぱいではないけれど、感情を押し殺したその下で、確かに俺に期待している。  そんな気がして、俺は思わず心を込めて褒めた。 「ありがとう、連絡に来てくれてとっても助かったよ。相談の場所や時間はカディーに合わせるから、カディーが起きたら連絡もらえるように伝えてもらってもいいかな?」  諜報員の紺色の瞳が見開かれて、瞳に光が射す。  小さく息を呑むような音の後で「かしこまりましたっ」と力強く返事が返ってきた。 「そうだ、貴方の名前を聞いてもいいかな? 本名じゃなくていいんだけど……」  名前を呼ぶ方がより親愛を込めやすい気がして聞いてみたけど、こういう仕事だし、コードネームとかなんだろうか? 「どうぞ、ブラウとお呼びください」 「ブラウ……かっこいい呼び名だね。よろしくブラウ、教えてくれてありがとう、嬉しいよ」  俺の言葉に紺色の瞳が揺れるように輝く。  喜んでもらえたのかな、良かった。  ああそうか、俺がこの諜報員……ブラウに心を注いであげなきゃいけない気持ちになるのは、きっとあれだ。  ブラウが、愛を求めて止まなかった、寂しくてたまらなかった頃のセリクと同じような気配を纏っているからだ……。  そしてこの気配は、あの頃蒼の馬車に乗っていたシオンにも、同じようにわずかに感じていた。  蒼とセリクがいちゃいちゃしてて、ララも無口だからちょっと寂しいのかな、なんて。  ……そんな簡単な物ではなかったのに。  俺は、期待に満ちた瞳で懸命に俺を見つめるブラウへ思わず手を伸ばす。  もっと褒めてほしいと、もっと愛がほしいと乞われているような気がして……。  あー……でも、流石に人の諜報員を撫でるのは問題かな。  それにブラウはどう見てもリンより年上っぽいし……。  俺が躊躇う間に、ブラウが俺の手のひらに頭をぐっと突っ込んできた。  俺は思わず目を丸くしてしまったけど、そんなに撫でられたいならたっぷり撫でてあげようと、紺色の頭を優しく撫でる。  髪の流れに沿って心を込めて撫でながら、俺はゆっくり優しく言い聞かせるようにブラウへ伝える。 「遅くなっちゃったけど、俺の名前は圭斗だよ」 「……ケイト様……」  教えた俺の名を、噛み締めるようにしてブラウが繰り返した。 「うん、上手だね。ブラウ、連絡ありがとう。伝言よろしくお願いね」  俺が手を離して微笑むと、ブラウは「はいッ!」とめちゃくちゃいい返事で答えて、一瞬で消えた。  ……どこから出て行ったの?  思わずリンを振り返ると、リンは険しい表情で窓を睨んでいた。  あ。窓から出たんだ?  リンはそのまま何とも言えない険しい表情で、俺に視線を戻す。  え、えーと……。  なんだろう。ジェラシー……?  ブラウを撫でたから……かな?  俺は今までの経験上、リンにブラウを撫でていた右手を差し出してみる。  リンはどこか痛そうな顔をして、俺の右手を両手でそっと包んだ。  何だろう、何か言いたいことがありそうなんだけど、俺に言うのを躊躇ってるようなその感じは……。  ここでは言えない事なら、聞かない方がいいんだろうか。  後から……夜にでも2人の時間を取るべきなのかな。  リンは、俺の手を包んだまま自分の手ごとリンの額に押し当てる。  何かを祈るようなその仕草に俺が思わず口を開きかけたその時、力強いノックの音がした。  寝起きのアンナが取り次ぎに向かおうとする間に、扉の外から低く鋭いダリスガンドの声がする。 「早朝に申し訳ありません。ダリスです、聖女様はいらっしゃいますか?」 「入ってもらって」俺はアンナにそう言って、話を聞く支度をする。  俺の後ろではリンも、すっかり使い慣れてきた遮音の魔道具をサッと取り出していた。  ダリスガンドの話はこうだった。  シオンを捕えている。  盗賊団員は拘束した状態で私兵達の見張りの元、村長の屋敷の一室に詰め込んでいるが、シオンだけは別室に確保しているので、俺が面会を望むなら叶えよう、と。 「そうか……、シオンも捕まったんだね」  俺の言葉にダリスガンドが灰色の眼光を鋭くする。 「……逃げられた方がよかったのですか?」  俺に直接そんな棘のある事を言うなんて珍しいな。  ダリスガンドは昨夜からずっと寝ないで動き続けていて、もうヘトヘトなんだろうな。  そういえばダリスガンドからは酒の臭いがしない。  飲んでいる暇もなかったんだろう。 「そういうわけではないよ、ダリスに回復魔法をかけてもいい?」  ダリスガンドは苦し気に眉間の皺を深めてから「……はい」と答えた。

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