220 / 237
敵わない相手
***〈ダリスガンド視点〉
昨夜の戦闘では、思った以上の苦戦を強いられた。
荷車を引いていた連中だけなら十分に制圧できる数だったのだが、まだ制圧が終わらないうちに、運悪く強盗団の本隊が合流した。
強盗団には魔法を使える者が3人おり、私の率いる私兵達は強烈な風と時折降ってくる雷を前に、1人、また1人と負傷し倒れてゆく。
このままでは死者が出る。
そう判断した私が退却の指示を出そうとしたその時、甲冑と蹄の音が近づいてきた。
「騎士だ!」「荷馬車を出せ!」「ズラかれ!」
慌てて御者台に上がろうとする男に、私は素早く短剣を抜いて投げる。
短剣は男の首に後ろから刺さった。
ぐらりと男の体が傾ぐ。
ドドドドと地を揺るがす勢いで駆け込んできた騎士達は、速度を落とす事なく我々の左右を駆け抜けた。
敵からいくつもの悲鳴が上がる。
「魔法技師がやられた!」「くそっ」「散れ!」
見れば確かに、敵陣の両端にいた魔法技師が2人斬り倒されている。
これなら……。
「援軍だ! 我々の勝利は決まった!」
私は叫び、私兵達を鼓舞する。
騎士達は敵のずっと向こう側で10人ほどが下馬したようだ。
なるほど、挟み撃ちか。
騎士達は強盗団を逃すつもりがないようだ。
残り5人はもう一度こちらへと馬で駆け抜けて、通り抜けざまに逃げ出そうと飛び出した強盗達を斬り倒している。
ゴウっと風が吹いて、散り散りに逃げ出し始めていた強盗達を戦いの中央へと無理矢理押し戻す。
敵陣後方中央にいた魔法技師の最後の1人も、風に煽られて吹き飛んだ。
その風魔法は見覚えがあるな、騎馬隊は騎士団長達か。
私は剣を掴む手に力を込めて叫ぶ。
「この機を逃すな! 一気に畳みかけろ!」
強盗の頭と思しき男は、ブラウの報告通りに銀髪をした褐色肌の男だった。
この男が聖女と因縁があるというシオンか。
布を纏ったような強盗らしい外見の男は、けれど騎士達とよく似た太刀筋で剣を振るう。
飛びかかった私兵が3人まとめて弾かれて、私はシオンの前に出た。
2度、3度と斬り結ぶ。
シオンの表情に焦りはなかったが、その瞳には怒りとも諦めともつかない薄暗い影だけが宿っていた。
くっ、こんな……っ、気迫不足の相手すら倒せないなんて……!
私は鍛錬不足の己の肉体を呪う。
せめて城にいた頃と同じだけのメニューを毎日こなせていれば、こんな相手に後れを取ることなど……っ!
ギィンッ! と全力でシオンの重い剣を弾くと、シオンの後ろで白刃が閃いた。
「後ろからすまないな!」
声にシオンが振り返る。その時には騎士団長の剣が彼の背を大きく裂いていた。
そうして、我々は騎士達と共に強盗達を残らず取り押さえた。
荷馬車には予想よりもずっと多くの聖球が積まれていて、騎士達は大いに沸いた。
その喜びようから、聖女をよく知る彼らはその1つ1つの重みを理解しているのだと肌で感じた。
聞けば、騎士達が応援に駆けつけられたのは、ここに聖球があるとハッキリしたからだと言う。
そんなことがどうして分かったのかと問えば、聖女が倒れるまで力を振り絞り、それを確かめたからだと言われた。
私は頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
もし聖女のその行動がもう少しでも遅れていれば、私はみすみす奴らに逃げられていたか、部下の命を失っていただろう。
分かっている。
……分かってはいるが、こうも聖女にばかり助けられるのは癪で仕方がなかった。
本当は私が取り戻したかったのだ。
カラサディオが自分のせいで無くしてしまったと嘆いていた聖球を。
私が取り返してやったと報告したかった。
そんなもの、カラサディオにしてみれば戻ってくるなら誰が持ち帰ろうと構わないのだろうが。
それでも、私が取り戻したかった。
カラサディオに、笑顔を。
ここのところカラサディオに幸せそうな顔をさせているのは、いつもあの聖女だ。
その上、長年そばにいる私やリサにしか見せないはずのカラサディオの素顔までもを、カラサディオはあの聖女に見せるようになった。
どうして……、まだ知り合って2ヶ月ほどの聖女に、そんな顔を向けるのか。
今まで、どんなに親しくなった女性にだって、カラサディオは素顔を見せたことなどなかったのに。
まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった。
……こんなはずではなかった。
こんなはずでは、なかったのに……。
カラサディオに骨抜きにされた女性など、もう飽きるほど見てきた。
たとえカラサディオがあの聖女を落としたところで、自分は何とも思わないはずだったのに……。
彼は第二王子だ。
いずれ国にとって有益な相手を伴侶に娶る。
そんなことは分かりきっていたし、それを止めるつもりなんて毛頭ない。
カラサディオはきっと伴侶を大事にするだろう。
それでも、私の事を手離しはしないはずだ。
カラサディオの心さえ、私のものならそれで十分だ。
カラサディオが、いつまでも私の事だけを頼りにしているならばそれでいい。
そう思って、この想いを飲み込んだまま彼に仕え続けてきたのに。
どうして今になって急に、カラサディオの心を奪う者が現れるのだ。
私より立場が低い者なら強制的に排除するところだが、相手は国にただ1人の聖女で、私には手の出しようがない。
それでも、一年で元の世界に帰るのならそれまでの辛抱だと思っていたのに、話を聞けばこの聖女はもう何度もこちらに来ているそうじゃないか。
そんな事が許されてしまうのなら、私はどうすればいいのか……。
……どうすれば、カラサディオの心を繋ぎ止めておく事ができるのか……。
「ダリス?」
不意に声をかけられて、私は肩を揺らしていた。
目の前の聖女は、私に両手を翳していた手を引っ込めたところだった。
水魔法に聖力が混ざるとこんなにも美しい水色になるのかと、前にも感じたその淡く優しい色が私の中へと染み込んで消えてゆく。
すると昨夜からの疲れも、わずかに重い頭や吐き気も、胸の中の葛藤やドロドロとした感情までもが、洗い流されるかのように心地よく消え去った。
清々しさだけを残した胸は、どこか空虚にも思えた。
彼女……いや、彼と呼ぶべきなのか……。
とにかく、聖女は私の話を聞くと回復魔法をかけてもいいかと尋ねた。
私の発言が不躾だったのだと、自分でも気づいた。
……既に、口から出た後ではあったが。
聖女はそれを諌めるかわりに、私の疲れを癒した。
ああ、無理だ……。
こんな……。
これほど器の大きく、正しい人に、私はどうすれば勝てるというのか……。
まるで私の器の小ささや醜ささえも笑って許してしまうような、その柔らかな気配。
その堂々たる貫禄に、私は言いしれぬ畏れすら感じる。
「疲れは取れた?」
「あ、ああ……。いえ、ありがとうございます」
私の声は、震えてはいなかっただろうか。
そう思ってしまってから、ようやく気づく。
私は目の前のこの存在をおそろしく思っているのだと。
この存在には敵わないと、自分は既に認めてしまったのだと……。
「ダリス……、なにかあったの?」
聖女が小首を傾げると、優しいピンクの髪がふわりと揺れる。
愛らしく私を見上げたラズベリー色の瞳に、私のつまらない意地や葛藤が全て見透かされてしまうようで、私は思わず一歩後退った。
「い……いえ、では決まりましたらご連絡ください」
一刻も早くこの場を離れたい。
これ以上の醜態を晒す前に。
そんな思いがどうしようもなく湧き上がる。
「ええと、じゃあ今日の夜……19時頃でどうかな」
「かしこまりました。その時間にお迎えに上がります」
「ありがとう。私兵の皆さんにもお礼を伝えてくれる? 皆ゆっくり休んでね」
「承りました。それでは失礼します」
私は礼もそこそこに踵を返す。
けれど、この聖女なら、私が不躾に帰ったところで許すのだろう。
それが分かってしまうと、私は自身の矮小さをなおさら痛感するしかなかった。
私は、軽くなった体で、酷く惨めな思いを抱えながら聖女の部屋を出た。
ともだちにシェアしよう!

