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コウモリ野郎

「ケイト様」  ブラウの声が聞こえたのと、リンが俺を背に隠したのは同時だった。  リンの視線を辿ると、窓の外を睨んでいる。 「主人より言付けを預かっております」  窓越しに見えたブラウは、やはりリンの威圧に怯む事なくそう言った。  ……ここ2階だけどね。  それってどこに立ってるの?  そこに人が立てるようなスペースあったっけ? 「アンナ、窓を開けてくれる?」  俺の言葉に、アンナがサッと窓を開ける。  内心おっかなびっくりだったかもしれないけど、それでも表向き平静を装えてるのは偉い。  後で褒めておこう。  ブラウはそこからするりと音もなく部屋に入ると、俺の前に跪いた。 「ブラウ、また来てくれたんだね、ありがとう」  俯いたままのブラウが俺の言葉に小さく身を震わせる。  それって……喜んだのかな……? 「主人の都合は今以降いつでも構わないとの事でした。場所もケイト様の仰るとおりに向かわせていただきます」  ああ、これって俺が何か彼に指示を出すか、顔を上げていいって言うまで俯いてるルールなのか。 「ブラウ、顔をあげてくれる?」  俺の言葉に「はいっ」と答える声がやたらと元気だ。  隠密みたいな見た目だけど、この人はあんまり忍んでるっぽい雰囲気じゃないんだよね。  それなのに、音もなく現れるし音もなく動くからなんだか不思議だ。 「伝言を伝えてくれてありがとう」  感謝を込めて微笑むと、それだけでブラウの紺色の瞳はキラキラと輝いた。  あー……、なんだろう、えーと……可愛い……?  うん、ブラウは可愛いんだ。  顔とかじゃないけど、俺に向けてくる気配が可愛い。  外見は20代後半のラドムやフォーンより年上っぽいし、細身でどこかやつれた雰囲気だし、背もそんなに低くない、多分男の俺と同じくらいだろう。  それでも、俺に褒められたいってオーラが滲んでて、俺の言葉にめちゃくちゃ嬉しそうな顔をするところが可愛い。  俺はカラサディオへの返事を考える傍で、そんなことを考える。  場所はこの家の応接室を借りようかなとも思ったけど、村長さんは私兵達の監視下で一応今日も村の経営業務を行ってるらしいので、もう俺の部屋にするか。  宿ほど他人の目を気にすることもないだろうし。 「カディーには15時にこの部屋に来てもらえるように伝えてもらえるかな?」  俺は言いながらブラウの頭上に手を差し出す。  ブラウはやはり「かしこまりましたっ!」と答えて俺の手のひらに頭を擦り付けてきた。  よーしよしよしよーーし。  俺はなんだか大型犬でも撫で回すような気持ちで両手でたっぷりブラウの頭を撫でる。 「よしよし……ブラウは可愛いね」  思わず口にした言葉に、ブラウは「へへへ」と目を細めて嬉しそうに笑った。 「カディーに付いてる諜報員さんって、ブラウの他にもいるの?」  尋ねると、ブラウは嬉しそうな顔のままで「私だけです」と答える。  ……じゃあ、シオンの情報を持ってきたのもブラウなんだね?  俺は視線でチラリとリンを振り返る。  リンが俺の後ろにいたクロイスに合図を送ると、俺の背中にクロイスの小さな手のひらを感じた。  ブラウはまだ俺に撫でられて気持ちよさそうにうっとりと目を細めている。 「そういえば、盗賊の荷馬車に魔物が乗ってたらしいんだけど、今どうなったのかブラウは知ってる? あ、俺に話す時は堅苦しい喋り方じゃなくていいからね。楽に喋ってね」  俺の言葉にブラウが『いいのかな?』って顔で瞬く。  俺が『いいんだよ』という気持ちでにっこり笑顔を見せると、ブラウも嬉しそうにニコッと笑った。 「ええと、魔物達は瘴気を纏ってて危ないからって、騎士さん方が全頭処分したって聞きました」 「そうなんだね、気になってたからそれを聞いて安心したよ。教えてくれてありがとう」  ちょっと砕けた口調になったブラウに、俺はたっぷり感謝を込めて礼を伝える。  ブラウが一層蕩けるような表情になる。  やっぱり素直で可愛いなぁ。 「カディーに伝言、よろしくお願いね」  俺が手を離して微笑むと、ブラウは「はいっ!」とめちゃくちゃいい返事で答えて、一瞬で消えた。  やっぱり窓から出たのかな?  今度は俺も集中して見てたからか、残像らしき物なら見えた。  ……それでも残像だけなんだけどね……。 「さぁて、15時にって言ったから、今のうちに準備しておかないとね」  俺が口元に指を立てたポーズで言った言葉に、リンが「そうですね」と答える。 「うーん、カディーにはどんなお菓子を用意するのがいいかなぁ……良い物だとかは食べ慣れてるだろうしなぁ。なんかちょっと珍しいものが出せないかなぁ……例えば……俺の世界にしかない食べ物とか……?」  リンは、窓を見ながらしばらく耳を澄ましている時のような顔でじっとしていたけど、小さく息をついて、ようやく手を離した。  クロイスの口を覆っていた手を。  部屋を見回せば、ドルーグもヒアッカの口を押さえている。  アンナはつられてか自分で自分の口を押さえていた。  いや、アンナはどちらかと言えば俺の会話にいつも通り参加してくれた方が自然だったけどね。  まあ、うっかり余計なことを言ってしまうよりはずっといいか。  リンが俺の近くに部屋の全員を手招くと、遮音の魔道具で小さく囲む。 「遮音しました」  リンが告げると、アンナが安堵の息を吐いた。 「はぁぁ……すっごくドキドキしました……」 「うまくいったんスか?」  ヒアッカが俺とクロイスを交互に見る。  今回クロイスには、ブラウを撫でる俺の背中からブラウの心をのぞいてもらっていた。 「ええと……」  クロイスは何やら難しい顔で頭の中を整理している様子だったが、一呼吸おいてから口を開いた。  クロイスが感じ取れたのはブラウが思い返した映像と感情らしい。  魔物が瘴気の漂う森に入れられて、瘴気を纏わされていた事。  それを実行していた男にブラウが撫でられて、幸せな気持ちになっていた事。  クロイスが口にしたその男の外見から、それはシオンだったのだろう。  どうやら、敵の情報を教えてくれていたのもブラウなら、俺達の情報を敵に教えていたのもまたブラウのようだ。 「はぁぁ~? なんつーコウモリ野郎なんスか」  ヒアッカの呆れ声にドルーグが同意する。 「忠誠心がなさすぎる」 「罪悪感もほとんどなさそうでした。金銭目的でもなかったようです。ただ……、認められたいとか褒められたいという強い思いだけが伝わってきました……」  そう答えるクロイスも、2人と同じく納得できない顔をしている。  騎士達には到底理解できない考え方のようだ。 「これは……きっとカディー達は知らないんだろうね」  俺が呟くと、リンが「おそらくは」と答える。  この作戦を立てたきっかけは、リンだった。  朝からブラウとダリスが去った後で、リンはオレに訴えた。 「ブラウにはなるべく近寄らないでいただけませんか」と。  ちなみに今日の部屋番は3班の予定だったけど、奇数班は昨夜出撃があったため、急なチェンジで来てくれたのがちょうどいつもの4班だった。  そんなわけでたまたま部屋にいたヒアッカが、リンの言葉にゲラゲラ笑い出した。 「兄さん今日のヤキモチ激しくないスか!?」  笑い転げるヒアッカに、リンは真面目な顔でブラウの何がどう怪しいのかを説明する。  以前俺に危害を加えた人物と、雰囲気や視線がまるで同じなのだと。 「うっわ……、そんでケイト様は一体どんな目に遭ったんスか」  ヒアッカの言葉にリンは息を詰まらせると、鎮鬱な表情で瞳を伏せて答えた。 「私には……とても口にできない凄惨な……」  それを聞いて顔色を変えたのは部屋にいた全員だった。  ちなみにカイルとフォーンは部屋の外で番をしているので、室内にはいない。  いやあの、俺はブラウの視線がセリクと一緒だなって気づいてるんだけど?  そしたらセリクがオレに危害を加えた人物って事になるけど、大丈夫?  俺の視線に気づいたのか、リンが俺を見る。  その視線には謝罪の気持ちが溢れていた。  俺を守りきれなくて、本当に申し訳なかった……と、リンの瞳が言っている。  なるほど、リンも俺があらかた気づいていることには気づいているのか。  ただその内容には一生触れないつもりなんだろう。  俺も、そこを詳しく知りたいとは思わないしな。 「私は、あの男がケイト様に何かよからぬことを企てるのではないかと、気が気ではないのだ……」  リンは俺達に思いを打ち明けた。 「うーん……。でも、思ってるだけじゃわかんないもんなぁ。実際に行動に起こさないことには……」  俺はそこまで言って、気づく。  ……ん?  思ってるだけ……でも、わかる子がいるよね?  そこに。

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