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不埒な事

 俺がクロイスを見ると、つられるようにリンとドルーグがクロイスを見る。  一歩遅れてアンナもクロイスを見た。 「ん? あ、クロイスがいるじゃないっスか!」  最後にヒアッカがそう言ってクロイスを見ると、クロイスが「ええっ、僕!?」と慌てた。  そんなわけで、俺達はブラウが来るまでにと、俺を挟んでクロイスが相手の考えを読み取る事ができるのか実験をしていた。  とはいえカラサディオの伝言はいつものようにダリスが来るんじゃないかと思っていたので、こんなに早く作戦を実行することになるとは思わなかったんだけどね。  ブラウが来た時の対応なんて、打ち合わせナシのぶっつけ本番だった。  何やらブラウは耳がいいらしいと分かったのも、もう登場ギリギリだったしね。 「あの男の気配は私達の近くに来ることもありますが、会話が聞き取れるとは思えない距離でなおかつ物陰に潜んでいることがほとんどです。ですが、重要な会話をすると必ずその直後に去ります。なのであの男は特別耳が良いのではないでしょうか」  リンの意見に、ドルーグも同意する。 「そうだな、それか風系の魔法で音を遠くまで拾えるか、だろうな」  そんな気配察知に長けた2人が今までの気配の感じから大体どのくらいの距離までなら相手が音を拾えると思うか、というところを擦り合わせていると、リンとドルーグがハッと何かに気づいたような顔をした。  そこから先は、努めていつも通りに部屋で過ごしているふりをしていた俺のところに、ブラウが現れた、という感じだ。 「はー、でもホント、作戦上手くいって良かったっスね」  ヒアッカの言葉に、うんうんと皆が頷く。 「皆が咄嗟に気を利かせて上手にフォローし合ってくれたおかげだよ。皆本当にありがとうね」 「ケイト様の誘導が本当にお上手で……凄かったです」  安堵からか、クロイスがほわんと気の抜けた顔で笑う。  その笑顔をヒアッカが幸せそうな顔でうっとりと見つめている。  うーん……それって恋してる顔じゃないのかなぁ……?  これに関してはクロイスとヒアッカからも相談されたんだよね。  それぞれから話を聞いてみると、ヒアッカは「恋ってしたことないからよく分からない」だし、クロイスは「友達っていたことないから正しい距離がよく分からない」で、どうやら2人揃って相手への感情やら距離感やらを掴めずにいるらしい。  なので、俺やリンが見ていて2人の状態が判断できたら教えてあげるね、という返事をしてはいるんだけど……。  こういうのって、どのくらい自覚が追い付いてから教えてあげるべきなんだろう。  多分今すぐ言ったところでヒアッカは「よく分からない」って言いそうなんだよね。  それに、クロイスの方からはあんまり恋っぽくないというか……。  クロイスも意識はしてるみたいだけど、それはヒアッカの態度がこうだからって感じだしなぁ……。  うん。  まだ巡礼は半分以上あるし、この2人に関してはもう少し様子見かな。  俺がそんな事を考えているうちに、リンが真剣な顔でクロイスに尋ねる。 「クロイス、ブラウがケイト様の事をどう思っていたのか、分かることがあれば教えてほしい」  クロイスは「えーと……」と記憶を辿るようにしてから、突然ぶわっと顔を赤くして頭を抱えてしまった。  ……それってどういう事……? 「……クロイス、ブラウは不埒な事を考えていたのか……?」  尋ねるリンの声が一段階低い。  滲み出る怒りのような圧に、クロイスだけでなくヒアッカまでもが息を呑んだ。 「いっ、いいえそのっ、ケイト様に撫でられるのが本当に嬉しいみたいで、もうずっとケイト様のお傍にいられたらと願っていましたが、特に悪感情はありませんでした……」  言いながら、クロイスは赤い頬を押さえて俯く。  俺はどうにも分からなくて、尋ねる。 「それでどうして、クロイスはそんなに赤くなっちゃうの?」 「それは、その……あの男が余りに嬉しくて幸せだって感情でいっぱいだったので……ちょっと……つられてしまっただけです……」  答えるクロイスは、ついに耳まで赤くしてしまった。  そんなになるくらい幸せな気持ちだったの……?  俺に撫でられて……?  うーん……ブラウは今までどんな風に生きてきた人なんだろう……。  そんな風に考えながら視線を上げると、ヒアッカとリンのどちらもが非常に険しい顔をしていた。  ドルーグも、ちょっと眉間に皺が寄ってるなぁ。  アンナは1人よく分からないという顔をしているけど、それを今口にしないのは偉い。  後で褒めておこう。  俺はひとまず気持ちを切り替えて、パンパンと手を叩く。 「よし、クロイスは他にも分かったことがあれば、全部俺に教えてくれる? 極秘事項を伝える時はリンにいつでも遮音を頼んでいいからね。アンナはお茶の準備をしようか、もうあと30分くらいでカディー達が来るからね。ここは一度解散しよう」 「はい」 「かしこまりました」  リンが遮音を解くと、ドルーグが壁際へと戻る。  クロイスはまださっきの情報を思い返しているようで床を見つめたまま俯いている。  そんなクロイスの手を、ヒアッカがそっと引いて壁際までゆっくり誘導する。  ヒアッカのもう片方の手はクロイスの背に優しく回されていて、その扱いはやっぱり友愛とは違う気がする。  だってヒアッカはアークに対してはもっと乱暴だもんね。  まあでも、相手によって対応が違うっていうのは確かに友達同士でもあるか……。  俺は内心で首を傾げつつも、まずはアンナに向かって、ここまでの良い点をしっかり褒めた。  ***〈ディアリンド視点〉  クロイスの言葉を聞いて、私は頭を抱えたくなった。  ブラウの願った「ずっとケイト様のお傍にいたい」というそれは、まさしく、セリクと同じ願いだった。  セリクも、愛しいこの方を離したくなかったがゆえに監禁したのだ。  これでは、このままケイト様に心酔し続ければ、ブラウも最後はそうなるのだろう。  いや、既にもう、ブラウにはケイト様を手放す気がない可能性だってある。  どうしてケイト様はこうもたやすく人の心を掴んでしまわれるのだろうか。  ……いや、こんな事を、ケイト様にこれ以上ないほど心を掴まれている私が思うのも滑稽なのだろうが……。  それにしたってケイト様を深く慕う者が多すぎる。  既にラドムやカラサディオだけで十分だというのに、今朝はあのダリスガンドも何やらおかしな様子だったし、その上ブラウに至っては危険度が高すぎる。  当初ケイト様に傾倒していた様子のクロイスの危険度は減りつつあるが、騎士団内にもまだまだケイト様へひそかに熱い視線を送っている者がポツポツいる。  さらには、ケイト様が直接村人達を浄化したために、ほんの少し話しただけの村人達の中にも熱を孕んだ視線を送ってくる者が生まれていた。  今日だって騎士団のテントに向かった時には昨日の話を聞いた村人達が長蛇の列を作っていたし、中には昨日浄化を受けた者が花束や菓子を持参していたりして、体調不良でない者にはお引き取りいただいた。  昨日と今日だけで、一体何人ケイト様に手を伸ばそうとした不埒者を視線で射殺しただろうか。その数は両手両足では足りないほどだ。  とにかく、これからもケイト様から一瞬たりとも目を離さないようにしなくては……。  私はここまでの失敗を糧に、もう二度とケイト様に痛い思いも辛い思いも決してさせはしないと強い決意を握り締めた。

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