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監督不行き届き

 〈引き続きディアリンド視点〉  私の見守る中で、ケイト様とアンナがお茶やお菓子を選んでいる。 「お花もお菓子も頂いていて良かったですね」  アンナがそう言って貢物の中から良さそうなものを探している。 「そうだね、生活も苦しいだろうに、本当にありがたいね」  ケイト様はそうおっしゃって、慈しむように微笑んだ。  それらは全て私が鑑定をかけて危険物でない事を確かめている物だが、そのほとんどが手作り品だ。  誰が作ったのか分からないようなものを王子の口に入れるのは、問題があるだろう。 「じゃあこれと、これ、それに町で買ってきたお菓子を出そうか」  ケイト様は貢物の中から迷いなく市販品のみを選んで指示する。 「身分のある人に食べ物を出す時は、なるべく誰がどこで作ったのかわかる物じゃないとダメだからね」  アンナにしっかりと理由を説明した上で、ケイト様は微笑まれる。 「俺の為に作ってくれた物は俺が食べるから、避けておいてね」  その思慮深さと優しさに思わず胸が震える。  彼ならきっと、どんなに拙い物を贈られたとしても、その気持ちを大切に受け取ってくださるのだろう。  ああ……。  こんなに心の美しい方に、惚れるなという方が無理なのだ……。  諦めに近い感情が心を満たす。  けれどもそれは決して虚しい物ではなかった。  おそらくこの感情は、私だけに許されているのだろう。  彼に心奪われた数多くの者達の中で唯一、彼に選んでいただけた私だけに……。  そのうち、約束の時間からぴったり5分後にカラサディオが部屋を訪れた。  これに関しては貴族の訪問マナーなので、ケイト様も把握している。  待ち合わせの場合は5分前に、相手の家や部屋に呼ばれた際には5分後に着くのがマナーだ。  2人がテーブルに着いてお茶とお菓子が出され、会話が始まる。  私は遮音の魔道具を使った後、いつものように、カラサディオの後ろに立つダリスガンドの様子に目を光らせる。  当初は素知らぬ顔で主人達の会話を聞き流していたこの男だが、なぜか近頃はケイト様に恨みがましい目を向けることがある。  ケイト様は「気にしなくていいと思うよ」と寛容な事をおっしゃっていたが、私はどのような理由があろうとも、ケイト様のお心を傷付けるような視線を看過することはできなかった。 「ケイト様のお立場を考えると非常に申し訳ないのですが、この教会の悪事は、公にするべきだと思います」 「うん、それでいいと俺も思うよ」 「それと同時になぜ聖球が必要とされるのか、この結界が何でできているのかも、すぐにではありませんが、順を追って民達にも広めていけたらと思うんです……」 「そうだね、ありがとうカディー。俺達の事も皆の事もたくさん考えてくれて」 「ケイト様……」  カラサディオは私と酷似しているという顔で、感極まった様子でケイト様を見つめている。  胸を詰まらせながらも幸せそうに微笑んだカラサディオに、ケイト様が小さく肩を揺らす。  これは私のことを思っているのだ。  そう思うようにしてからは、カラサディオに対するケイト様の反応に胸が騒ぐことも随分と減った。  しかしダリスガンドは心中穏やかでいられないのか、ケイト様を見る目に暗い影が差す。  そのまま睨むようなら私が先に睨みつけようと内心構えるも、ダリスガンドは絶望にも似た色を滲ませて、そっと視線を落とした。  守るべき主人の背中だけをじっと見つめるダリスガンドは、まるで親とはぐれて項垂れる迷子のようにも見えた。 「私は、国土を広げるのは良いことだと思っていました……」 「それはどうして?」  尋ねるケイト様の声は柔らかく、カラサディオの不安を包むように聞こえる。  励まされ、カラサディオは素直に言葉を続ける。 「結界周辺はどうしても瘴気が漂いがちです。結界を広げ国を広くする事で民が脅かされずに暮らせる範囲も広がり、民が暮らしやすく生活も豊かになるものと思っていました……」  ケイト様は「そうだね」と微笑んで、優しく尋ねる。 「今は、どう思っているの?」 「今は……、正直、分からなくなっています……。結界柱の建立のために割かれた税金が、実際はどのように使われて結界柱となっていたのかを、まずは知りたいと思っています……」 「それは俺も一番知りたいところだな。元聖女はずっと昔からたくさん攫われていたんだって……聞いてはいたんだけど。もしそれが、悪い事を考えている人達が攫ってるだけじゃなくて、国を良くしようと思う人までがやってるんだとしたら、もっと……違うやり方があると思うから」  私はケイト様のお言葉に胸を叩かれた。  確かに、以前ケイト様を攫った人攫いの中にシルヴィンがいたように、元聖女を狙う者がそれを皆の幸せのためにと思ってやっているのなら、それはいつまで続けたところで負の連鎖から逃れられない行いだろう。  ケイト様は、まさか……ご自分を狙う者達までもを救おうとおっしゃっているのか……。  見ればカラサディオも私と同じような表情を浮かべていたが、青紫色の瞳をゆっくり細めて答えた。 「……そうですね。私も、そう思います……」  ケイト様はカラサディオの同意に安堵したお顔をなさる。 「ありがとう、カディー」  それから、ケイト様の表情がじわりと強張る。  ああ、あの話をなさるのか、と私は気づいた。 「リン、ちょっと範囲を狭めてくれる?」  ケイト様のご指示に「はい」と答えて私はダリスガンドが遮音範囲に入らないように遮音の魔道具をかけ直す。  唇を読まれないようにか、ケイト様はカップで口元を覆うようになさった。 「ええと、話は変わるんだけど、例えばカディーは味方に裏切り者がいたとしたらどうする……?」  ***  俺の質問に、カラサディオは和やかな雰囲気だけはそのままに、瞳に真剣な色を宿して答えた。 「私は状況と裏切りの内容にもよりますが……、ダリスならその場で首を刎ねるでしょう」  あああ……。やっぱりかぁ……。  俺もそんな気がしてたんだよね……。 「俺は、できれば殺したくないんだよね……」 「裏切り者でも、ですか?」 「そう、だよね……いや、うーん……」  そう言われてしまうと、そうなんだよね。  だって彼の情報があったから動いた人達がいて、あの日騎士団に斬り殺された強盗団の人もいたし、宿の火事では死者こそ出なかったけど、怪我をした人はたくさんいた。  カラサディオは俺が話しにくそうにしているのはダリスガンドのせいだろうかと気を遣ってくれたのか、サッと後ろを振り返ると指先をクルリと回してみせる。  それだけで、ダリスガンドはこちらに背を向けた。 「ええと、俺のいた国では、人が殺されるところなんて一生目にする事なく生きてる人がほとんどなんだ。そもそも武器を所持している人もいないからね。だから俺の考えはきっと、この世界で生きるには甘過ぎるんだろうなと思って……」  俺がゆっくり首を振ると、カラサディオは驚いたように瞬いてから言った。 「それは……、素晴らしく安全な国なのですね……」  呆然とした表情のカラサディオがハッと何かに気づく。 「その……例えば私が、ケイト様の世界に行くことは可能なのでしょうか……?」  俺は一瞬迷うものの、正直に答える。 「方法はあるよ。でもカディーだけでは無理だと答えておくね」 「そうなのですね……」  何事かを考えるようにカラサディオが小さく俯く。  考えているところ悪いけど、俺の話を進めさせてもらうね。 「カディーはブラウとはいつから一緒にいるの? どこでどんな風に出会ったのかとか、ブラウの事をなるべく詳しく聞きたいんだけど、いいかな?」 「ブラウですか? ケイト様に何か粗相を――……っ」  そこまでで、さっきの『裏切り者』と繋がったらしいカラサディオが言葉を途切れさせる。  と、みるみるうちにカラサディオの顔から血の気が引いてゆく。  どうやら、カラサディオはすぐに理解してしまったようだ。  あの襲撃も、火事も、俺達の行動が筒抜けだったのはブラウのせいだったのだと。  俺は席を立って背伸びをして、なんとかカラサディオの頬に手を伸ばした。 「カディー、落ち着いて?」  体格的に指先しか届かなかったので、仕方なく指だけで頬を撫でると、ハッとカラサディオが瞳を揺らした。  俺はカラサディオがそれ以上考えないよう、もう一度尋ねる。 「まずは俺にブラウの話を聞かせてもらえるかな?」 「あ……、は、はい……」  カラサディオは一つ深く呼吸をすると震えを堪えるようにして話し始めた。  ブラウは元々ダリスガンドの父が統治するロウフォード領の孤児院にいた子らしい。  耳の良い人が多いロウフォード領の中でもずば抜けて耳の良い子で、ダリスガンドの父であるガレスロンド卿によって見出され、諜報員として育てられた後、カラサディオが14歳になる年……つまり今から10年前にカラサディオの部下として配されたらしい。  3つ年上のブラウとはカラサディオが7歳の頃から時折顔を合わせる相手で、部下ではあるものの、カラサディオにとっては幼馴染でもあり気心の知れた相手だったようだ。  それだけに、裏切りなど疑った事がなかったと、カラサディオは自身の監督不行き届きを俺に詫びた。 「思えば、ブラウの欲しがるものは誰でもが与え得る物だったというのに……、どうして私達以外にも求めるだろうと思わなかったのでしょうか……」  そう悔やむカラサディオが肩を震わせる。 「それはきっと、カディーにブラウを裏切る気がカケラもなかったからだよ」  俺の慰めの言葉に、カラサディオは青紫色の瞳を寂しげに瞬かせた。

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