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シオンの望み
「こちらです」
俺を案内してきたダリスガンドが開けた扉の先には、黒光りする大きな檻があり、その中に褐色肌の男が拘束された状態で転がされていた。
「シオン……久しぶりだね、怪我はない?」
俺の声に顔を向けたシオンが目を見開く。
俺は今、久しぶりに男の姿に戻っていた。
「ケ……ケイト様……? そんな……あの頃と同じお姿で……」
あれ、シオンは俺の名前に『様』をつけてくれるんだ?
「あの時は、気づいてあげられなくて……、シオンを助けられなくて、ごめんね」
俺が頭を下げると、シオンは檻の中で器用に跳ねるようにして俺の方に座り直した。
縛られたままなのに、すごい……。
「いっ、いいえっ。ケイト様はあの頃も私に優しいお言葉をくださいました! それなのに、私は……。勇気のない私が、弱かったのです……」
あれ……?
なんかもっと、今更何を、とか、俺のことなんて覚えてないとか、そういう反応を想像してたんだけど。
……思ってたのと違うな……。
「もしシオンが辛くなければだけど、シオンがあれからどう過ごしていたのか聞かせてもらってもいいかな?」
シオンは俺の言葉に瞳を揺らして、それから「お聞き苦しい話となりますが……」と前置きをしてくれる。
どうやら本当に、俺に話してくれるつもりらしい。
いったいどうしてなんだろうか。
しかし足首も両手首も後ろで縛られているのに、こんな風に無理に姿勢を正そうとしてるのは辛そうだなぁ。
「ダリス、シオンの縄を解かせてもらってもいいかな?」
俺が振り返って尋ねると、ダリスガンドは嫌そうに眉を寄せた。
「その男は魔法も使うようです。両手を斬り落としても良いなら構いませんが」
「それは困るなぁ……」
視線をシオンに戻す俺の耳に、もう何度目になるか分からない小さな声が届く。
「ああ……、ああ……、本当に、ケイト様はお美しい……」
その呟きに、リンが俺の隣でコクコクと静かに同意していて、俺は内心で頭を抱える。
カラサディオはちょっと黙っててほしい。だってなんか、カラサディオが口を開く度、隣のダリスガンドが沈んでいってるような気がするんだよね……。
俺達がこの部屋に来る前。
約束の時間に俺を部屋まで迎えにきたダリスガンドの前には、何故かカラサディオがいた。
聞くところによると、俺がシオンに会うにあたって聖女姿では信じてもらえないだろうからこっそり男の姿で会いに行こうと計画していた事を知り、見にきてしまったらしい。
「それってブラウから聞いたの?」と尋ねると、カラサディオは困ったような顔で「はい」と答えた。
ブラウの事は、ひとまずこのまま泳がせてもらう方向でカラサディオと話をつけていた。
シオン達の他にも俺達を狙っている組織の情報をブラウがまだ知っている可能性もあるわけだし、ダリスガンドに知られて即死のパターンは流石に避けたいからだ。
チラとリンの顔を見るとリンが小さく頷いたので、今もブラウは俺達の会話を聞いている可能性がありそうだと踏んだ俺はカラサディオに言う。
「それは困ったね。勝手に俺達の情報をカラサディオに流されてしまうようなら、もうブラウの事は褒められないなぁ」
びくりと遠くで気配が揺れて、俺にもブラウがいる方向だけはなんとなく掴めた。
カラサディオの後ろではダリスガンドが額を片手で覆ってやれやれといった様子で頭を振っていた。
そんなわけで、この村長宅の地下倉庫には今、俺とリンとシオンと警備の私兵さんの他に、ダリスガンドとカラサディオが居た。
ああなるほど、昨夜の宴会はここのスペースを開けるためでもあったのか。
俺は目の前のシオンにもう一度集中し直して、話の続きを聞く。
回復魔法だけは許してもらえたので、シオンには心ばかりの回復魔法だけをかけさせてもらう。
「ごめんね、こんなことしかできなくて……、手も足も縛られて痛いよね……」
「いいえ。私は今まで4人の元聖女様を同様に縛り、閉じ込めました。これは当然の報いです」
そうか……シオンは既に4人もの元聖女を攫ってしまったのか……。
「詳しく聞いてもいい?」
「はい……」と頷いたシオンが顔を上げながら「ただし……一つだけお願いがあります」と続ける。
瞬間、リンが剣の柄に手をかけた。
シオンの纏う空気がヒヤリと冷たくなったのは俺にも分かった。
いつでも障壁が張れるように身構えつつ、俺は言葉の続きを待つ。
「ケイト様に私の知る全てをお話ししたら、その後は、どうかケイト様の手で私を殺してください……」
「……ぇ……」
シオンの静かな声からは、何の感情も読み取れなかった。
ただ淡々と伝えられた願いは、俺の心を揺さぶるには十分な威力があった。
***〈ダリスガンド視点〉
私は、寝室の窓から夜空を見上げるカラサディオの横顔を見つめていた。
明るく情熱的な赤髪に、チラチラと混ざる悲しみを宿したような青い髪。
それはまるでカラサディオの心のようだと、私はずっと昔から思っていた。
耳の後ろ側から三つ編みに結われている髪は彼の肩で緩くたわんで前へと流れている。
肩下ほどの長さに見えるその髪が、解くと緩やかなウェーブを描いて美しく彼の左胸を彩る事は、私と、彼の髪を毎朝結うリサだけしか知らない。
青紫色の瞳が夜空を映して静かに瞬く様に、私は吸い寄せられるように彼へ手を伸ばしていた。
「……ダリス……」
許しなく頬に触れてしまった私を諌める事なく、カラサディオは眉尻を下げた。
その小さく掠れた声に、私は思わず彼を腕の中に包んでいた。
「どうした、私に許可なく触れるなんてお前らしくない。職務放棄か?」
そんなことを言うくせに、彼の手は私の背を優しく撫でる。
その手が小さく震えている事に、私は触れられてようやく気づいた。
思わず彼の細い肩を両手で掴んでその顔を覗き込む。
「お前こそ何があった。カラサディオ、あの聖女に何を言われたんだ」
私が……いや、俺が口調を崩すと、カラサディオはようやくホッとした顔を見せた。
「ダリス……、お前は……」
そこまでで口を噤んだカラサディオは、ゆっくりと視線で部屋の出入り口を見てから探し人を見つけて優しく告げた。
「リサ、もう休んでいい。部屋に魔法をかけて行ってくれるか、厳重に頼む」
「かしこまりました」
リサは主人の指示通り、遮音の他に探知避けと認識阻害までをかける。
「リサにも、また話をする」
少しだけ苦しげに伝えるカラサディオに、リサはクスッと笑って「お2人だけの秘密というのもよろしいのでは?」と答えた。
「すまないな、ゆっくり休んでくれ」
「明後日の出立に響かない程度になさってくださいね? それでは、失礼致します」
遮音をかけたからか、馬車の中や城での態度に近いリサの言葉に、カラサディオは「ああ」と微笑みを返した。
扉が閉まると、外のざわめきから完全に遮断された部屋は耳が痛くなるほどの静けさに包まれた。
「ダリス……」
ぎゅっと俺の胸に顔を押し付けてくるカラサディオは、まるで何かに怯えているようで、俺はその体を強く抱き締める。
馴染んだカラサディオの香りは、しかしどれほど嗅いでも飽きる事がなく、胸いっぱいに吸い込めばいつだってたまらない気持ちになった。
カラサディオがまだ自分を求めてくれている。
喜びに緩んでしまいそうな頬を全力で抑え込んでいると、カラサディオは不安げな声色を隠す事なく俺に縋りついた。
「ダリスだけは、ずっと私の味方でいてくれ。私のそばを離れないでくれ……」
カラサディオの言葉尻が震える。
途端、俺の全身がカッと熱くなった。
それは俺こそが、何より願っている事だというのに。
「そんなの当たり前だ! 約束しただろう、絶対に離れないと! まさか忘れたとでも言う気か!?」
思わず怒鳴ってしまう俺に、カラサディオは首を横に振って静かに答える。
「そんなはずないだろう。覚えているとも。忘れるはずがあるものか……」
それなのに、なぜカラサディオは不安がっているのか。
お前が俺の元を離れるというのならまだわかるが、俺がお前の元を離れる理由など、何一つないだろうに……。
「あの聖女になんて言われたんだ」
俺は今日、カラサディオと聖女の会話中に後ろを向かされていた。
その場は何事もなく解散したように見えたが、それ以降、カラサディオの様子がどこかおかしい。
「ダリス……、私を……」
腕の中から、カラサディオは青紫色の瞳を潤ませて俺を見上げた。
美しいその瞳が俺を求めている。
吸い寄せられるようにして、俺はカラサディオの形の良い唇に口づける。
ピクリと小さく揺れた肩が愛しくて、俺はカラサディオの頭を引き寄せて深く唇を重ねた。
腕の中でカラサディオの体温が上がる。
俺はカラサディオの口内をたっぷりと味わってから、ようやく顔を離した。
僅かに上気した頬に鮮やかな赤い髪が柔らかくかかっている様は、絵画のように美しい。
青紫色の瞳がとろりと蕩けた様子で俺を見上げていて、俺は誘われるままに尋ねる。
「俺に、慰めてほしいのか?」
カラサディオは劣情を滲ませた濃艶な表情で頷いた。
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