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シオンのこれまで
しんと静かな夜。
村長の邸宅は、酒盛りが行われていた昨夜とは打って変わって、静まり返っていた。
俺の寝室ではリンが隅に置かれた侍従用のベッドで静かな寝息を立てている。
美しく整ったリンの横顔が目に入れば、それだけでホッとした。
俺は、部屋のベッドの端に腰かけたまま、シオンとのやり取りを反芻していた。
人に、殺してくれと乞われたのは初めてだった。
シオンは何でも話すかわりに、俺の手で殺してほしいと願った。
俺はしばらく悩んでから、シオンに尋ねた。
「それが、今のシオンにとって一番の願い……?」
「はい」
彼は迷うことなく答えた。
「そうか……。じゃあ俺はシオンから聞きたい情報を全部聞けたら、その時、シオンの願いを叶えるね」
今の俺がシオンにしてあげるべきは、まず時間を作る事だ。
シオンが落ち着いて過ごせる場所と時間を。
その間に、シオンの一番の願いが、死ではなくなることを祈って……。
俺の言葉に、シオンは心から救われたような顔をした。
「ケイト様……。ありがとう……ございます……」
今にも泣き出してしまいそうなシオンの肩を撫でようとした俺は、リンの逞しい腕に止められる。
「そのお姿では、許容できません」
ああそうか、今俺は自分の身体なんだっけ。
「シオン、俺は今聖女として巡礼中で、すぐにはまとまった時間が取れないから、何回かに分けて話を聞かせてもらってもいいかな?」
「……聖女として……ですか……?」
シオンが怪訝そうに銀色の眉を寄せる。
「うん、ピンクとか赤の髪した今年の聖女わかる?」
「ミノル様ですか」
「あれ、実は俺なんだ」
「……」
シオンが絶句してしまった。
変身シーンを見せれば一発で納得してくれるんだろうけど……。
正直見せたくないんだよなぁ……。
俺はまだ現時点で、リンとアンナ以外に変身シーンを見せてはいない。
変身解除はともかく変身するところは……、ほら、やたらとキラキラしい演出とか変身ポーズとか表情まで入るからさ……。
いつも変身は自分の寝室でこっそり行っていた。
けれど、シオンは俺の目の前でじわじわと疑念の色を濃くしてゆく。
ああ、こんなことを躊躇ってる場合じゃないな。
シオンは俺になら話したいって思ってくれたんだ。
俺は、ちゃんと聖女姿も俺なんだってシオンに証明してやらないと……。
俺は覚悟を決めると、口を開いた。
「じゃあ今から変身してみせるね」
「ケイト様っ」
リンの声に焦りが滲んでいるのは、リンにとってもこの姿は人に見せてほしくないからだろうな。
ごめんねリン。
一度だけ、許してほしい。
リンは俺の視線を受け止めると、両手を握り締めて口を閉じた。
カラサディオとダリスガンドにだけ後ろを向いていてくれるように頼む。
それでもやっぱり、見られなくてもいい人には見せたくないんだよっ。
俺は2人が後ろを向いてくれたのを確認すると、変身コンパクトを手に取って深呼吸をした。
役者ともあろう者がこんな事を恥ずかしがってどうする!
俺は……、俺は、今から魔法少女役に入る!
魔法少女が変身を恥ずかしがるなんてことないだろ!?
ノリノリでやってやるっ!!
俺は微笑みを浮かべて少女らしく解除キーを入力して魔道具を起動する。
「変身!」
濃い紫色の光がブワッとコンパクトの鏡部分から溢れ出して俺を包む。
俺の身体が七色に輝きながら、細く愛らしい少女へとその輪郭を変えてゆく。
髪を撫でるような仕草に合わせて、腰まである長い桃色の髪が緩やかなウェーブで伸びてたなびく。
ここでちょっと小悪魔風にウインク。紫色のハートが飛び散る。
胸元に両手を翳すと、弾けるようなエフェクトと共にいつもの大きなリボンのついたドレスが現れてふわりと揺れる。
そのまま足元や腕を撫でるような仕草に合わせてブーツとロンググローブが姿を見せると、可愛いイヤリングやブレスレットといったアクセサリーが次々に花開いた。
最後にポーチにコンパクトが収納されて、キラッと輝くエフェクトと一緒に決めポーズ。
どこか妖艶に微笑む俺の周囲で、エフェクトがふわりと光の粒になって余韻を残したまま消えてゆく。
ふう。
ここまで何度か変身していたおかげで、ポーズや表情もほぼ覚えてたな。
いつもは変身の終わりをただ心を無にして待ち続けていたけど、今日は違った。
今の俺は魔法少女だったから。
気持ちを込めて変身すると、なんだかいつもよりも聖力と魔力が隅々まで行き渡っているような感触がある。
俺はひとまず役を抜けて、改めてシオンを見た。
突然こんなの見せられて、シオンは呆気にとられていないだろうか。
しかし、シオンはなぜか褐色の頬を紅潮させて、紫の瞳を煌めかせて俺を見つめていた。
んん……? なんでだろう……。
俺は後ろを向いてもらっていたカラサディオ達に「もういいよ、ありがとう」と声をかける。
カラサディオは私兵さん達にも後ろを向くように言ってくれていたので、シオンとリン以外に見られなくて済んだのは助かった。
そうして、俺はシオンから話を聞いた。
蒼が聖女をやっていた頃、シオンの母は病を患い日々横になる時間が増えつつあったそうだ。
シオンが物心ついたころには、シオンは母と2人きりで暮らしていたらしい。
「あの頃の私は、母のために生きていました……」
母の病を治せるならと、シオンは秘密裏に接触してきた男達に協力してしまった。
教会の牢に入れられたシオンは、許されない事をしてしまったと深く反省し、死を覚悟していた。
けれど、司祭様が……俺の良く知る優しげなお爺さんのモンドベル司祭が、それほど悔いているのならともう一度チャンスをくれたのだと彼は話した。
そうしてシオンはもう一度護衛騎士として教会に仕え始めた。
司祭様はシオンを気遣い、シオンの母の薬代も工面してくださったらしい。
「司祭様には、私の処遇があまりにも寛大なのではないかと尋ねたことがありました。その際にうかがったのです。ケイト様が私の今後を案じていたのだと……」
「俺……?」
確かに心配はしてたけど、それだけで牢から出してしまって、司祭様は何も言われなかったんだろうか。
……ううん、きっと、色々言われてしまったんだろうな。
それでも、司祭様は俺がシオンを案じていた気持ちを信じてくれたのか……。
「はい。司祭様は、感謝は私にではなくケイト様にとおっしゃいました。おかげ様で、母はそれから3年を生きる事ができました……。病を克服することは叶わずとも、母は護衛騎士として働く私の姿に満足し、幸せに逝く事ができました。これは全てケイト様と司祭様のおかげです。心から感謝しております」
「そうか……良かった。シオンのお母さんが安心できたのは、シオンが頑張っていたからだね」
俺の言葉に、シオンの表情が陰る。
……そんなシオンが、どうして4人も元聖女を攫う事になってしまったんだろう。
「私は母の死後も、少しでも司祭様へのご恩返しとなればと護衛騎士として励んでおりました。しかし、4816年に司祭様が代替わりをなさり、翌年、新たな司祭様に言われたのです。私には教会に借金があると……」
話によれば、シオンのお母さんのための薬代はシオンの給料からだけでは足りず司祭様が私費を削っていたらしい。
その証拠書類を突き付けられたシオンは騎士を辞め、司祭直属の部下として、ほぼ無給で聖球を運ぶ仕事をすることになったらしい。
けれど、表向きは魔物被害の多い場所への寄付とされていたそれも、3年も続ける頃には聖球の数や金の流れがおかしいとシオンにも分かった。
シオンが決死の思いで問い詰めると、司祭は開き直ったそうだ。
「私も汚い悪事の片棒を担いでいたのだと、むしろ私こそが実行犯で、これが明るみに出ても死ぬのは私だけだと言われました。前科のある私の言葉など、誰にも届かないと……」
「シオン……」
「そんな私の話を聞いてくださったのは、護衛騎士のロイス様でした」
「ロイス……?」
ああ、ロイスなら顔見知りが困った顔をしていれば、たとえ職場が違っても声くらいかけるだろうな。
「ロイス様もおっしゃったのです。私の事をケイト様が案じていたと、だから、できる事なら何でも手を貸してくださると……」
ロイス……。
「ロイス様の協力のおかげで、少しずつ教会と魔研所と王室の繋がりも明らかになりました。ロイス様には貴族に連なる血もあり、強引な事ができなかったのでしょう。しかし、彼らには世界を良くしようとしているという正義心と圧倒的な立場があり、私達はそれに仇成す小さな虫けらでした。……私達には、それを覆すことなど到底出来るはずもなかったのです」
待って待って、今サラっと出てきたけど、結局全部黒いの!?
教会も魔研所も王室も、全部グルなんだ!?
しかも……やっぱりそうかぁ……。
国のお偉いさん達は、良かれと思ってやってるんだなぁ……。
小さく息を呑んだ音は、カラサディオ達の方から聞こえた。
カラサディオは動揺を表には出さないから、これはダリスガンドかな。
「4820年の巡礼が終われば、ロイス様は定年を迎え退職なさる予定でした……」
あ……、待って。
その話、ここから繋がるの……?
嫌だよ、そんな……。
そうだとしたら……、だって……。
嫌な予感に、ヒヤリと冷たい汗が背を伝う。
バクバクと鳴り始めた心臓は、シオンの次の言葉次第で、今にも握りつぶされそうだった。
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