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俺の望み

「あの戦いで、ロイス様は、聖球を持っていなかったそうです……」  ……どうして?  それって、ロイスだけが……?  それともその年の護衛騎士全員が……?  いや、違うよな。  シオンがわざわざ言ったって事は、持っていなかったのは多分……ロイスだけだ。  ……そんなの……、ロイスが死んだのは、俺のせいじゃないか……。  強く痛む心臓に、スーッと血の気が引くような気がして、足元がふらつきそうになった俺の背中をリンの大きな手が支える。  俺の頭上でギリっと小さく鳴ったのは、リンの奥歯だろうか。  リンも悔しいんだ……。  そうだよな。俺も悔しい。  悔しくてたまらないよ。  俺の言葉で、ロイスをみすみす死なせてしまったなんて……。 「ロイス様は、お子様方が次々にご結婚なさったところで、お孫様の誕生を心待ちになさっていました。こんな事ならば、ロイス様に話すことなく私が死んでいればよかったのです」  シオンの言葉は相変わらず淡々と続けられる。  深い後悔を含んでいるにもかかわらず滲むことなく紡がれてゆくのは、彼にとって過去の事実でしかないからか……。 「せめてあの世でロイス様にお詫びしようと、そう思った私に司祭は言いました。私がこの仕事を辞めれば、騎士の中からまた同じ役目を担う者が出るだけだと」  じゃあ……。  これまで元聖女を襲ってきた人攫いの一部には、少なからず元騎士が関わってたって事……?  俺の脳裏にシルヴィンの姿が過ぎる。  そうだ。  シルヴィンだって、あんなに優しくて真面目な人が、自分から聖女を攫う集団に接触するだろうか?  おそらく向こうから接触してきたんだ。  腕の立つ騎士なら、騎士達とも戦えるから。  シルヴィンは騎士を抜けた時点で、組織に狙われていたんだ。  今までの歴史で、それがこれほどまでに繰り返されてきたなら、きっと真面目で人の為に尽くそうとする騎士の人達の心を揺さぶる言葉も相手は熟知しているんだろう。 「その頃はまだ、私が護衛騎士を辞めてから4年で騎士達は見知った顔ばかりでした。……それから私は今日までずっと、元聖女様を攫う悪行を重ねてまいりました」  シオンはそれだけしか言わなかったけれど、俺は十分解ってしまった。  シオンは共に巡礼で支え合った彼らの誰にも、元聖女を襲撃し攫うなんて辛い思いをさせたくなかったんだ。  だからシオンはひとりきりで、誰にも相談しないまま、死ぬことも辞める事もできずに罪の意識と良心の呵責に苛まれながら生きてきたんだって……。  どうして騎士の皆はそんなに自己犠牲的なんだろうな。  優しい人ばっかりが、ひとりきりで辛い思いを我慢して生きてしまうのは……。  ……俺はやっぱり許せないよ。  俺は腹の底でぐつぐつと煮え滾る怒りにそっと蓋をして、シオンになるべく優しく微笑んだ。 「そうか、分かったよ。シオン、話してくれてありがとう」  俺の言葉に、シオンはホッとしたように肩の力を抜いた。 「申し訳ないんだけど、俺はそろそろ戻らないといけないんだ。今日はここまでにさせてもらうね。シオンから話を聞き終えるまで少しの間、俺達に同行してもらってもいいかな?」 「はい。いかようにも扱ってください」 「俺としてはシオンには丁寧に接してほしいんだけど、そこはカディーの管轄だからなぁ」  言ってカラサディオ達を振り返ると、カラサディオが微笑んで頷く。  穏やかな様子のカラサディオとは対照的に、ダリスガンドは声を荒げた。 「まさかその男の話を鵜呑みになさるのですか!?」 「俺は信じるよ。でもダリスはちゃんと疑っていてね。ダリスはカディーを守るのが仕事なんだから」  ダリスガンドは、ぐっと喉元に言葉を詰まらせてから「当然、心得ております」と答える。 「後は任せてもいいかな?」  尋ねた俺に、カラサディオが「はい、お任せください」と答えてくれたので、俺は部屋へと戻った。  俺とシオンの会話を全て聞いていたカラサディオなら、シオンを乱暴には扱わないだろう。  まだシオンが攫った元聖女についての話は全然聞けていない。  けれど、少なくとも今日の話だけで、シオンが死にたいと願った理由は分かった。  生きる理由がないっていうのもそうなんだろうけど、なによりも、シオンは俺達が死ぬところを見たくないんだ。  今のシオンには、もう俺達の死に耐えられるだけの心が残ってないんだろうな……。  シオンは、シオンの話を聞いた俺達が何かしら動いてしまうだろうと分かっていた。  けれどそれでも、ロイスを知る俺達にはロイスの死の真実を伝えたかったんだろう。  シオン……。  君はやっぱり、優しい人だよ。  そして、あの頃と同じで、今も人に助けを求めるのが苦手みたいだね。  あの頃、蒼の馬車に乗っていた、まだ15歳だったシオン。  シオンが俺の言葉に「大丈夫です」って答えた時、「そっか、何か困ったことがあったらいつでも声かけてね」って伸ばしかけた手を引っ込めたことを、俺は今でも悔やんでる。  そんな俺のところに、シオンが来てくれた。  たまたま、運よく、もう一度、俺の手の届くところに来てくれたんだ。  俺は今度は無理矢理にでもシオンの手を取るつもりでいるし、絶対に、もう二度とシオンの手を離さない。  俺はシオンには生きていてほしいんだ。  生きて、今度こそ、生きていて良かったって思えるような環境を得てほしい。  でも、死にたいと思ってる人にそんな事を言ったって響かないだろうし、余計苦しいだけだろうから。  まだ今は、俺の望みは言わないでおくね。  今はただ、俺達と一緒にいてほしい。  もう少しだけ、俺達と生きてみて。  少しだけでも、あの頃の気持ちを思い出してくれたらいいな。  だって、シオンがずっと一人で無理をしてたのは、騎士団の皆のためだったんだから。  それだけシオンにとって騎士団の皆は大事な存在だったんだよ。  騎士団の皆と一緒に巡礼を続けていた時間が、シオンにとってかけがえのないものでなかったなら、シオンはここまで無理を続けられなかったはずだ。  シオンはもう54歳で今更騎士には戻れないけど、せめて、この残り半分の巡礼で、シオンにも生きる気力が取り戻せますように……。  ……それが、俺の願いだよ。 「ケイト様……?」  不意に耳に入ったのは、リンの少し掠れた声だった。  ハッと顔を上げると、寝室はぼんやりとした薄明に包まれている。 「一晩中……そうしていたのですか……?」  リンが俺を心配している。  俺は、リンに心配ばかりかけているのが申し訳なくて、誤魔化すように笑った。 「あはは……」  笑った拍子に、鼻の奥がツンとした。  どうしよう、なんだか泣きそうだ……。  リンはベッドから出てくると、俺の座るベッドの前に膝をついて俺の顔を覗き込む。  青い瞳が俺を甘やかすように見つめてくると、俺はどうしようもなくリンに甘えてしまいたくなった。  思わず変身を解こうとコンパクトを取り出した俺の手を、リンの手が止める。 「もうすぐ日が昇る。その姿のままがいいだろう」  リンは俺の気持ちを察してくれたのか、俺が男に戻るリスクを減らすために言葉遣いを変えてくれた。  聖女の姿のままで、俺がリンに甘えられるように。  俺をひょいと抱き上げたリンが、ベッドに上がって毛布でリンと俺を包み込む。  俺はいつものようにリンの足の中に下ろされて、リンの腕の中に包まれた。 「ひとりにさせてしまって、すまない……」  リンは俺の頭まですっぽり腕の中に包んでそう言った。 「ううん。リンが同じ部屋にいてくれたから、俺はひとりじゃなかったよ」 「……シオンの事を考えていたのか? それともブラウか? それとも……」  リンは、ロイスの名を言葉にしないまま、口を閉じた。  リンもやっぱり、考えちゃうよね。  ……アンナやクロイスが知ったら、どう思うだろうか……。 「リン……」  囁くようにリンの名を口にすると、リンはゆっくり俺の頭を胸元から離して俺と目を合わせてくれる。 「ありがとう、いつもそばにいてくれて」 「ケイトの向かう先ならば、どこであろうと私は共に行く」  ああ、そっか。  ここから先は、俺の選択次第で国家に対する反逆者とみなされる可能性だって十分あるのか。  リンは……それでもいいよって、言ってくれちゃうんだ?  俺は、嬉しいようなくすぐったいような、でも責任重大なような……そんな気持ちになって小さく笑った。 「ふふ、ありがとう。ずっと一緒にいてね」 「喜んで」  ふわりと微笑んだリンはとても幸せそうだ。  差し込み始めた朝陽の中で、最高に整った顔のリンが、鮮やかな青い髪をキラキラさせている。  そんなリンの顔を至近距離で見ていると、さっきまで胸の中に溜まっていた怒りと不安がじわじわと溶けてゆくようだ。 「リンがいてくれたら、俺、何でもできそうな気がするよ」  リンは、俺の言葉に青い瞳を丸くした。  あれ? 驚くところ?  丸くなった青い瞳が、朝の光の中でゆっくりと細められる。 「ああ……とても光栄だ……」  淡く頬を染めたリンにうっとりと囁かれると、なんだか俺の顔まで赤くなってしまった。

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