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兄と弟とダリスガンド

 ***〈ダリスガンド視点〉  ローブに身を包んでフードを目深にかぶった私は、馬を繋いで酒場に入った。  リヴァルド殿下に指定された酒場は、城やキリアダンに近いこの町で何度か利用した事のある店だった。  マスターに顎で示されて、私は覚えのある奥の小部屋へ通される。  部屋に入った途端に、耳当たりの良いゆったりとした声がかかった。 「ダリス、久しいな。お前にしては遅かったではないか」  ああ、カラサディオに良く似た温かい声だ。  私はそれだけでホッとしてしまう。 「お待たせして申し訳ありません」  頭を下げた私に、殿下は「良い、ご苦労だった。座れ」と着席を促した。 「ダリス、聖女の様子はどうだ」 「……カラサディオ様にはお尋ねにならないのですか?」  私の問いに、殿下は苦笑を浮かべる。 「お前は相変わらずだな。あれが私に会いたいとでも言ったか?」 「いえ……」 「そうだろう? ほら、無駄な話はこの辺にして、聖女の様子を話せ。ダリスの率直な意見が聞きたい」  言われて私は聖女の様子を細かに報告する。  カラサディオの様子については極力触れずに。  それにしても殿下は、たった1人の弟の事を『無駄な話』とは……。 「ふむ。火事までをも消すことができるとは、聖女の力というのは底知れぬ物だな……」 「それに関しましては、聖女なら誰でもというわけではないようで、長年聖女と行動を共にしている騎士団の面々も今年の聖女には驚きを隠せない様子です」 「なるほど……。噂通り。いや、噂以上の能力というところか」 「聖女のみが扱える聖力だけでなく魔術陣にも精通しており、これまでに見たこともない治癒や回復の魔法を扱い、火事で黒焦げとなった者ですら完治させてしまう技術と魔力を備えております」 「なんと……それだけ一国の宝となる力だな……。それでダリスよ、聖女は弟に惚れているのか?」  痛いところを突かれて、私は顰めそうな眉を堪えて答える。 「いいえ、今のところは残念ながら……。ですが良好な関係は築けており、親しく話せる間柄ではあります」 「そうか、それならまずまずと言ったところか。あの顔に釣られてくれるならそれが一番楽ではあるが、あれは心根の優しい奴だからな。あれに迫られて嫌うような者はまずおるまい」  実際は心を掴まれているのは主人の方だし、私自身もあの聖女には敵わないと痛感している。  だがそこさえ伏せるのならば、報告は全て、嘘ではない。 「しかし、まさかダリスがここまで褒めちぎるとはな。そんなに聖女というのは魅力的なのか?」  褒めちぎったつもりはない。  ただあの聖女が規格外に優秀なだけだ。 「少なくとも民からは絶大な支持を得ております」 「ふむ……つまり、私の傍に置くべきだと?」  リヴァルド殿下の元に在るべきか……?  もし殿下がそれを望んだとして、それは叶うのだろうか。 「……可能であるならば……」 「なんだ、まるで不可能かのような言い方だな」  リヴァルド殿下はぴくりと片眉を上げて、真っ赤な瞳でじとりと私を眺めた。 「いえ、そういうわけではございません」  すぐさま否定の言葉を口にする私に、殿下は苦笑して「まあいい」と告げた。 「弟は今頃どうしているだろうな」  グラスを傾けながら、殿下は窓のない部屋で視線を遠く投げる。  そんな取って付けたような態度と言葉が、私はどうにも許せない。 「今頃は、ベッドで本でも読んでいるのでしょう」 「本を……? あれは読書家ではなかったはずだが」 「聖女が、勉強はできる時にできるだけしておく方が良いと言うので、主人も倣っているようです」 「ふむ……。正論ではあるが、それであれが勉強をしていると……?」 「はい」 「……なるほどな……。面白い」  リヴァルド殿下の呟きはグラスの中へと落とされ、そのまま飲み干される。  そっと細められたその赤い瞳は、一体何を企んでらっしゃるのだろうか。  ……カラサディオに害がなければ良いのだが……。 「報告ご苦労。ダリスも一杯飲んでゆくがいい」  ニヤリとリヴァルド殿下が悪魔めいた笑みを浮かべる。  この人は分かっていて言っているのだ。  私が酒に、すこぶる弱いと。  ……全く、意地の悪い方だ。 「大変申し訳ございません、宿で主人が待っておりますので、私はこれにて失礼致します」  私は速やかに殿下の誘いを断ると、ブラウの件でまだ煮えたぎる怒りを隠しながら、急ぎ帰路についた。  馬が駆けると12月の夜風が冷たく肌に刺さる。  だが、腹の底で煮えたぎる怒りは少しも冷めてはくれない。  どいつもこいつも、カラサディオをなんだと思っている。  カラサディオの優しさに甘えて、いいように扱って。  ……あいつがどれだけ、1人で苦しい夜を過ごしてるのか……。  ブラウなら、知っていただろうに……。  そう思うとまた怒りが増す。  重なる怒りは頭痛を増し、じわじわとした吐き気を誘う。  カラサディオはお前達の玩具じゃない。  ……カラサディオは、今までもこれからも、俺が絶対に守る。  ***  町に到着した途端ガッツリと歓待を受けた俺は、遅くまで食事の席でかわるがわる挨拶にくる町のお偉いさん方と会話を続け、ようやく宿に戻ってヘロヘロと部屋に向かっているところだった。  久々の町だったからねぇ。  小さな村とは人の数も規模も違うよなぁ……。  そんな風に思いながら廊下を歩いていると、部屋に向かう途中のラウンジにカラサディオがいた。  いきなり謝ってきたカラサディオから話を聞いてみれば、どうやらダリスガンドがブラウの裏切りを知って、ブラウも裏切りを知られたことに気づいたらしい。  まあ、いつまでも隠しておけることではなかったけど、それにしても意外と早く気づかれてしまったなぁ。  こんな事ならもっと早くブラウから色々聞き出しておけばよかった。  彼はここのところ毎日のように俺のところに顔を出していたのに。  こうなってしまうと、俺のところにもしばらくブラウは顔を出さないだろうなぁ……。 「それで、ダリスは今何してるの? まさかブラウを追いかけてるとかじゃないんだよね?」  思わずそう尋ねてしまった俺に、カラサディオは小さく笑って答える。 「ダリスなら兄に呼ばれたのだと思います。この町には兄もよくお忍びで来ていましたので……」 「お兄さん……って第一王子殿下……?」 「はい」 「この町に来てるの? なんでダリスだけ……?」  カラサディオの顔を見に来たとかじゃないんだ?  第一王子殿下もダリスガンドとは幼馴染で仲良しなのかな? 「私と兄はどちらも目立つ髪色をしておりますので、私と揃って姿を見られてしまうと言い逃れができませんから……。公式な活動でない場合、私たちは外で顔を合わせないようにしております」  そう言って微笑むカラサディオの表情に暗いところはない。  それもそうか。  お兄さんとずっと仲良くしていたいからってこれだけ無理をしてきた人なんだもんな。 「カディーはお兄さんが好き?」  俺の質問にカラサディオは青紫色の瞳を細めた。 「はい、私は兄が好きです。ダリスは兄を警戒しているようですが、兄に私を害する気はないと思います」  カラサディオはそこまで言ってから軽く俯く。 「……まあ、兄にその気がなくても周りが勝手に動く事はありますが……」  ああ、第一王子派の人に何かされたことがあるんだろうな。  おそらく一度や二度ではないんだろう……。 「それに、兄の方がダリスよりも私を買ってくれているんですよ」  そう言って面白そうに笑うカラサディオは、やっぱり強い人だと思う。  わざととはいえダリスガンドに低評価を受けているのに、そこは仕方ないと割り切れるんだ……? 「俺もカラサディオの事は高く買ってるよ?」  俺の言葉に、カラサディオは「ケイト様は私を買い被り過ぎではないでしょうか……?」と優しく微笑んでくれた。

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