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オレには分からない会話

 ***〈蒼視点〉  ダイニングテーブルで、ぬるくなった麦茶を飲み干したオレは、空になったグラスを眺めて立ち上がる。  あれだけたくさん話したハディルドのグラスにも、もうお茶は残っていないようだ。 「ハディルドさん、麦茶のお代わりいるか?」 「ありがたくいただこう」  オレたちの会話に、向こう側から実玖の高い声がする。 「あー、みくも、むいちゃのむー」 「あら、実玖ちゃんも飲みたい? 持ってきてあげるわね」 「ありあとごじゃます!」 「まぁ、お礼が上手に言えるのね、えらいわぁ」  オレはハディルドのグラスに麦茶を注いで、自分のグラスにも注ぐ。  セリクは……こいつまた全然口つけてねーな。  ハディルドが話してる間中、ずっと休まず書いてたもんな。  ったく。戻ってきたらまずトイレと水分補給からだな。  「今のうちトイレ行ってくるな」とハディルドに声をかけると、ハディルドがハッとした顔をして「実玖、一度トイレに行っておこう」と実玖に声をかける。 「そうそう、実玖ちゃんオムツじゃないものね」 「みく、ぱんつ、すごーいでしょー」 「まあすごいわぁ。どんなパンツなの? 私にも見せてくれる?」 「みせたげぅー」  いや、どんな会話だよ。 「じゃあトイレに案内するわねぇ。こっちよー」 「こっちー?」 「すみません、助かります」  実玖が母さんの誘導に従ってトイレに向かうのを眺めながら、チラとハディルドの視線を受けて「オレは後ででいーから」と返事する。  結局ハディルドもトイレについて行ったので、リビングダイニングには俺一人になる。  そこへ書類を両腕にわんさか抱えたセリクが戻ってきた。 「あれ、皆居ない……?」 「トイレだよ」 「3人で?」 「オレにはよくわかんねー会話してた」 「何それ」  オレの言葉にセリクがクスッと笑う。  んだよ、かわいーな。  そう思ってしまってから、今度はその上機嫌の理由に胸がチリリと焦げ付く。 「お前、機嫌いいな」 「えっ、そう?」 「めちゃくちゃ機嫌いい」 「……うん、そうかも。これからハディルド様にこれを一緒に見ていただけるのかと思ったら、どうしてもワクワクしちゃって……」  机の上に書類を並べたセリクは、緩む頬を誤魔化すように両手でむにむにと頬を揉んだ。 「……ふぅん」  オレの不機嫌に気づく余裕もないんだろう。  セリクは書類を聞きたい順に並べつつ、質問を頭の中でシミュレーションしているようだ。  限られた時間でなるべく効率的に答えに辿り着こうとするセリクの足を引っ張るわけにはいかねーし、オレは自分で自分をなだめる。  あー……。  マジで、自分の精神がガキ過ぎて嫌んなるな……。 「セリク、麦茶少しは飲んどけよ」  オレの言葉にセリクは「うん」と答えたがコップに手を伸ばす様子はない。  リビング側から部屋に戻ってきたハディルドが、母さんに「ありがとうございます」とか「よろしくお願いします」とか頭を下げ下げダイニングテーブルに戻ってくる。  こうやって見てると普通の日本人にも見え……んー……ちょい見えねーか……。  髪と目は確かに黒っぽいんだが、顔立ちがちょっと、なぁ……。  ハディルドが席に着くと、相談はすぐに始まった。  セリクが資料を見せて説明しつつ、次々に質問を投げかける。  ハディルドの話によると、ゲートはハディルドが通った時には既に、出た者が二度と戻ってこれないようにと再入場を防ぐ仕様になっていた。  聖女は必ず一人に絞る必要があった。  でないと、必要な一人のみを残して残りの者が柱にされてしまう可能性があったからだ。  しかし再入場を制限していたはずの魔術陣はいつの間にか書き換えられて、ゲートへ入るための条件が『今までゲートの向こうへ行ったことのない、心優しく清らかな者』から『今まで性交を行ったことのない、10代の、心優しく清らかな者』へ書き替わっていた。  まあ、これも今日セリクが『今まで刑務所に入ったことのない、心優しく清らかな者』に書き替えちまったんで、父さんが入れたんだよな……。  つーか父さんは『心優しく清らか』か……?  まあオレ程度でも『心優しく清らか』判定なんだし、そこがガバいのは最初からか?  年齢条件を外したのは、セリクとディアが20代だったからなぁ……。  せめて10~20代にして残しときゃ、父さんは入れなかったのにな。 「10代に絞られたのも後からだったんだな」 「そうだ。私の頃にも年代を絞ろうかという話は出ていたが、その時は20代~40代あたりを考えていたはずだ。10代では、幼い子が来てしまう事もあるだろうに……」 「それって、若い方がコントロールしやすいとか、あんまり能力が高すぎても困る……ってことか?」 「そうだろうな」  結局、後からいじられた最入場可能ルールのせいで、ゲートの中に二つのルールができてしまったって事か。  聖女を聖女の姿に変える魔術陣、こっちにも同じルールが設定されていた。  なのにこちらだけは『今までゲートの向こうへ行ったことがない、心優しく清らかな者』というルールがそのままだったために、オレ達は二度目以降『元聖女』としてフロウリアに行くと元の姿のままだったわけだ。  ったく、当時改造した奴も中途半端なことしてくれんな。  ルールを変更できなかったのか、敢えてやらなかったのか……。  元聖女は魔力を持たない。しかし聖力は扱える。  となると……聖女よりも、攫いやすかったのか……。  あー……。  意図的っぽいな……。  元聖女がやたら攫われんのはこれか……。  つーかハディルドは12本っつったけど、俺が巡礼行った時、でかい結界柱は20本あったしな……。  それら全部に聖女が入ってんだとしたら、既に7年の間で新しく柱に埋められた元聖女が8人……真ん中の柱を持ってきたとしても7人はいるって事だよな。  あー…………。  ……マジで胸クソ悪ぃ話だな。  兄ちゃんに聞かせなくて正解だったわ。  オレは2人の話が魔術陣の内容に移るとまるで分かんねーことになったので、息をひとつ吐いて、時計を見上げる。  もう昼か……。  向こうじゃ兄ちゃんか父さんが巡礼行ってんのかな……。  新しい聖女はもう来てたんだろうか。  兄ちゃん達入ったの、そこそこ早い時間だったよな。  もし父さんが聖女認定されたんだとしたら、今頃どんな姿してんのかな。  つーか兄ちゃんと父さんがどっちも聖女の姿してたら、どっちか柱に埋められんじゃねーの?  オレの知ってる司祭のじーさんならそんなことさせねーだろーけど。  今は違う奴だしな……。 「ちょっと、蒼」  リビングから声をかけられて、オレは母さんの方に顔を出す。 「おう、どした?」 「もうお昼だけど、お昼ご飯はどうするの? 実玖ちゃん達が食べていくなら出前頼んでいいわよ?」 「いえ、そこまでお世話になるわけには……」  会話が聞こえたらしくハディルドが慌てて立ち上がる。 「んー、てか七凪さんの昼は大丈夫なのか?」 「あ、ああ。七凪は家にすぐ食べられるものがあるし大丈夫だが……」 「淋しがってたりしねーの?」 「あ? ああいや……。実玖とショッピングモールに行くと言ったんだが、久々に家でゆっくりできて嬉しいと言っていた」 「ふぅん。んじゃ、誰も困んねーんなら、ハディルドさんと実玖もうちで飯食ってけよ。いいだろ?」 「そうよぉ。ママさんもたまにはゆっくりしたいもんねぇ。実玖ちゃん、今日は私と一緒にランチしない?」 「らんちー? すりゅーーっ!」  きゃっきゃと楽しそうに笑う実玖は、朝よりちょっと眠そうだ。  そういやちっちゃい子って昼寝とかするよな?  昼飯食えば即寝るんじゃねーの、これ。 「実玖ちゃんはおうどん好き?」 「おうどんーっ、すちぃーー」 「じゃあおうどんにしようかしら」 「わーいっ。おうどんーっ」  無駄にテンション高ぇな。  寝る前のハイテンションか?  オレはスマホを手に取ると、うどんが頼める出前の店に絞る。 「母さん、八重樫でいい?」 「いいんじゃない、あそこならカツ丼もお寿司もあるし」  母の了承をもらって、スマホでメニューを開いてハディルドとセリクにも見せる。 「こん中から選んでくれ、注文すっから」 「僕見てもわかんないから、アオイが選んでくれると助かる……」  セリクは覗いた画面から早々に撤退する。 「そーだな。あっさりとこってりなら?」 「あっさり」 「早く食えるもんがいーか」 「できれば……」  だろうな。まだ今もお前、あれが聞きたいこれも聞きたいってうずうずした顔してるもんな。 「んじゃお前も実玖と一緒でうどん食っとけ」  うどんならフォークで食えるしな。 「はーい」とセリクが返事をする。 「母さんはカツ丼でー、大盛りね」  メニューを見ないまま決める母さんに「おう」と返す。  迷っていたハディルドは、母さんに「ここのカツ丼美味しいのよ、おすすめ」と言われてカツ丼にしていた。んじゃオレもカツ丼にしとくか。同じもんの方が同時に作りやすいだろーしな。  注文を済ませて、皆に出前の到着予定時間を告げる。  カツ丼を食い終わる頃には、巡礼に行った奴らはキリアダンだな……なんて思いながら、俺はもう一度時計を見上げた。

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