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久しぶりのキリアダン
久しぶりのキリアダンは、やはり頑丈な壁に囲まれていた。
俺は玲菜がいなくなった後のキリアダンがどうなるかちょっと心配していたんだけど、相変わらず強固な城塞都市として、あれ以降もいまだ魔物の侵入を許してないらしい。
ああ、それでも結界柱はそれなりにくすんでるか。
もうこの街には定期的に結界柱を浄化してくれる元聖女がいないからな……。
冬祭りの開催までまだ7日の余裕を持って到着した俺達は、冬祭りの開催
式を兼ねた到着式を行う前に、お忍びで結界柱の様子を見に来ていた。
キリアダンの周囲をぐるりと囲む中サイズの結界柱は、まだ浄化を急ぐ程穢れてはいないようだ。
これなら予定通りのスケジュールでいいか。と結界柱を眺める俺にドルーグが声をかけてくる。
「聖女様は冬祭りには行かれるんですか?」
そう、これは驚きなんだけど、あの頃俺や咲希ちゃんが冬祭りに繰り出していたからか、今では聖女が冬祭りにお忍びで出かける予定が巡礼の年間スケジュールに組み込まれていた。
自由参加ではあるものの、聖女達の息抜きとして好評らしい。
「うーん……俺は今年はいいかな」
エスコートする相手もいないし、何より俺はキリアダンにいるうちに定型魔法の勉強をしたいと思ってるから。
「えぇー? 行かないんスか?」
ヒアッカの声に、カイルも言う。
「てっきりお二人は行かれるものと思っていました」
「ラブラブ冬祭りデートはなさらないんですね」
フォーン、ラブラブ冬祭りデートって何……。
ん……? それって、俺とリンが……?
あ……。そうか、デートか。
俺達って、恋人同士……だもんな。
なんかもう、リンはいつでも俺の後ろにいるのが当たり前すぎて、デートっていう概念がどっかいっちゃってたよ。
そっかー、リンとデートかぁ……。
俺はいつも通り斜め後ろにいるリンを見上げてみる。
リンは兜の奥から、俺をしっかり見つめ返してくれる。
その瞳は、全て俺の好きなようにしたらいいと言ってくれていた。
「俺達は大教会で図書館デートにしておくよ。キリアダンにいるうちに定型魔法をしっかり理解して、応用したいんだ」
俺の答えに、ヒアッカが片手で顔を覆うようにしてため息をつく。
「っはー……、聖女様は頑張り過ぎじゃないスか? 聖球も戻ってきたんだし、たまにはちょっとくらいのんびりしたってバチは当たんねーっスよ?」
「そ、そうですよっ。聖女様も少しはお休みくださいっ」
慌ててクロイスが同意すれば、ドルーグにカイルにフォーンまでが少しは休んでほしいと口を揃えてきた。
俺は「あはは」と苦笑して誤魔化す。
気持ちは有難いんだけど、俺に休んでる暇はないんだよ。
今頃きっと葵もセリクも、北の教会に残してきた父さんも、皆休まず頑張ってるはずだから。
……まあ、父さんは頑張ってると言うより、やりたいことをやりたいようにやってるだけな気はするけどね……。
あの人は常に湧き上がる研究欲に従って生きている人だからなぁ……。
……はぁ、本当に……今頃どうしてるんだろうな。
あんまりマリーやエミー達に迷惑をかけてないといいんだけど……。
俺はどんよりと曇った12月の空を、同じくどんよりとした気持ちで見上げた。
***
「聖女ミノル様、お待ちしておりました」
そう言って美しい所作で頭を下げたのはどう見てもリーアだった。
リンが思わず剣の柄に手をかけるのを、俺は視線で制する。
あの寒い夜の日に、キリアダンの外壁の上で俺の腹を刺したリーアは、現在大教会で侍女長を務めているようだ。
歳は50代中頃というところだろうか。
聖女専用の部屋へと俺達を案内したリーアが設備の案内を始めたところで、リンが兜を脱いで顔を見せた。
リーアがギョッとした顔でリンを見上げる。
うーん、ちょっと性急な気もするけど……。
まあキリアダンには2か月滞在するんだし、ずっと室内で兜をかぶってるのも面倒だよね。
俺もリンに視線を投げて頷きを得てから、変身コンパクトを手に変身を解いた。
「……ケ……ケイト様……」
「久しぶりだねリーア、俺の名前覚えていてくれたんだね」
俺が笑うとリーアは顔色を真っ青にして後退る。
いやいや、そんな怖がらなくていいよ?
俺は今さらリーアをどうこうするつもりはないから。
「侍女長さんなんて凄いね、あれからずっと、リーアは頑張っていたんだね」
「そ、そんな……もったいない、お言葉……です……」
「突然で驚かせちゃったよね、ごめん。他意はないんだ。リンが顔を見せたから、俺も見せとこうかと思っただけで」
笑顔を見せる俺とは反対に、リンはリーアをギッと睨み付けて言った。
「私には他意があります、これは警告です」
それから俺に視線を送って続ける。
「この者はケイト様をあのような目に遭わせたのですから。どれほど月日が経とうと、私はこの者を許しはしません」
リンの鋭い言葉に、室内にいた4班からもチリッとした敵意が漂う。
こらこら、あんまり威圧しないであげようよ。
「俺はとっくに許してるのに?」
「……ケイト様がお許しにならない者など、ないではないですか……」
どこか不服そうに言うリンに、俺は苦笑した。
「そんな事ないよ。俺だってさすがに、愉快犯みたいなのは許さないよ?」
戸惑いを隠せないリーアに、俺はなるべく優しく微笑んで言う。
「こちらではずっと聖女の姿で活動するつもりだから、名前もミノルって呼んでくれたらいいよ」
「……ど、どうして……、名を偽っていらっしゃるのですか……?」
「ミノルは俺の父の名なんだけど、巡礼は俺が代役を務めてるんだ。害意はないから、気にしないで……って言っても難しいかな?」
「いえっ、いいえっ! ケイト様のお言葉でしたら、私は全て信じます!」
うん?
なんでそんなに全肯定?
俺を刺した負い目があるから?
内心で首を傾げる俺を、リーアはおずおずと見上げる。
「あの……レイナ様はお元気でお過ごしでしょうか……」
「うん、ご両親にも無事会えて、元気にしてるみたいだよ」
あれからまだ直接会ってはいないけど、きっと今も元気にしている事だろう。
「そう、ですか……。それは……本当に、ようございました……」
リーアの言葉の終わりが揺れて滲む。
背を丸めてしまった彼女の震える肩を、リンの視線に咎められつつも俺は撫でた。
「ケイト様……」
「玲菜はもう何も心配いらないよ。長い事気を揉ませてしまったね。もう大丈夫だよ」
リーアが俺の手に手を重ねる。
俺の後ろでリンが肩を揺らした気配がする。
「……ケイト様は……どうしてそんなに……お優しいのですか……?」
リーアに濡れた瞳で見上げられて、俺は苦笑を返した。
俺だけ優しいわけじゃないよ。
聖女は皆、優しいんだよ……。
だって、優しい人だけがゲートに選ばれているんだから……。
そんな思いは、じわりと苦く、俺の心の底で澱んだ。
***
キリアダンに到着して5日。
今日も俺は、借りてきた資料を机に山積みにして、蒼のシャーペンをレポート用紙へと走らせていた。
リーアに大教会の図書館の使用許可をお願いしたところ、思いがけず玲菜の専用書庫にも通してもらえちゃったんだよね。
そこには、玲菜がキリアダンに並ぶ結界柱をどうやって作ったかまでが詳細にまとめられていた。
元々玲菜がキリアダンを旅立つ前に、後の聖女達の助けになればと資料を整理していたらしく、聖女や元聖女であれば誰でも自由に閲覧できるよう手配されていたらしい。
俺はひとまず定型魔法の解析から取り掛かってるんだけど、これが中々……一筋縄ではいかなくて、苦戦している。
定型魔法を作った人は本当に凄いなぁ。
ハディルドさん……だったっけ? クロイスが尊敬するだけあるよ。
凝り固まった肩を解しつつ顔を上げれば、時計の針は21時を回っていた。
「あー……。アンナ、明日の予定はどうだっけ?」
アンナは不意の質問にも慌てることなく、手帳を開いてスラスラと答える。
「明日は10時から教会の衣装部で衣装の最終確認があります。13時からは式典のリハーサルが、15時からはイザベイラ様とのお茶会が、18時からは……」
うーん……、流石に明日から式典が終わるまでは忙しいか……。
個人的にはその『イザベイラ様とのお茶会』ってのが怖いんだよなぁ。
イザベイラ様というのは、フロウリアの現国王、エレグラント=ロル=フロウリア陛下の第二王妃様だったりする。
キリアダンの領主様を実父にもつ彼女にとって、ここキリアダンは勝手知ったる実家だ。
23歳になる長男と18歳の長女を連れて冬祭り見学がてら里帰りするついでに、聖女とぜひお茶の機会をと求められている。
第二王妃の子ども達はエレグラント陛下にとって、三男さんと次女さんになるんだよな。
立場的には第三王子と第二王女か。
カラサディオにとっては腹違いの弟と妹だ。
むしろカラサディオがあともう半年遅く生まれていれば、第二王子はあちらだったという歳の差が良くなかったのだろう。
カラサディオに「イザベイラ様ってどんな方なの?」と尋ねたら「そうですね……。もし私がキリアダンにいると彼女に知れたら、私の食事には毎食毒が混ざるのではないでしょうか」と苦笑して答えられてしまった。
ひえええ、怖いよ。怖すぎるよ。
だって自分の産んだ子じゃないとはいえ、自分の旦那さんの子ではあるわけでしょ?
それをそんな風に……害そうなんて……思える……?
俺にはわかんないなぁ……。
実際カラサディオは川を越えた先の町に入るあたりから外出時にはフードに口元を覆うマスクを組み合わせていて、キリアダンに入ることなくそのまま巡礼後半の最初の村があるロウフォード領地に向かった。
俺の出る冬祭りの式典を見たい様子ではあったんだけど、今回はそんな理由もあって諦めると言っていた。
残念そうに微笑むカラサディオの表情がなんとなく胸に残っている。
うーん……。
俺はガシガシと頭をかいて、視線をレポートへ用紙へと落とす。
この定型魔法が解析できて、俺に幻術が使えるようになったら……。
リンにもカラサディオにもダリスガンドにも、人目を気にせず出歩いてもらえそうなんだけどな……。
未だに延々と定義式が並ぶレポート用紙を眺める限り、解析できた部分はまだまだ定型魔法の入り口にも差し掛かっていないような気すらする。
多分これは、わざとややこしくしてあるんだよな。
誰もが簡単に定型魔法を生み出してしまうことがないように……。
……これを作った人は、魔法の危険性を知っている、慎重な人だったんだな……。
仕方ない。今日のところはここまでにして寝るとするか。
明日は予定もぎっしりだし、そろそろ一晩くらい寝ておいた方がいい気がする。
立ち上がると、アンナが「ケイト様、お休みですか?」と尋ねた。
「うん、アンナも今日はもう下がっていいよ。ああそうだ。そろそろスケジュール管理は全部アンナに任せても良さそうだね。お願いしてもいいかな?」
「はいっ、おまかせくださいっ!」
アンナがドンと自分の胸を叩いて軽くむせる。
「あはは、気を付けてね」
不意に、俺の後ろにいたリンが、サッと俺を背に隠すようにして扉へ向き直った。
それからしばらくして、ノックの音がする。
こんな時間に一体誰だろう。
最近はブラウの姿も全く見なくなっちゃったけど……。
アンナの開けた扉の向こうに居たのは、意外な人物だった。
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