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冬空に響いた俺の声

 冬祭りの式典は、キンと冷えた晴れ空の下、厳かに行われた。  キリアダンの衣装部の皆さんも相変わらずの腕だなぁ。  今回は俺が予定よりも早めについたから、普段は冬仕様の式典服をなんとかその聖女の体格に合わせて補正するので精いっぱいという衣装部の皆さんが、さらに腕を振るって俺の雰囲気に合わせて手を加えてくれたらしい。  最初は真っ赤な髪色という事前情報に合わせて大ぶりで派手なアクセサリーが選ばれていたのに、顔を出した俺が衣装部の皆さんの予想よりも間抜けな雰囲気だったからか、仕上がりは全体的に柔らかい印象に変えられていた。  俺は衣装部の職人さん達の心遣いに感謝しつつ、そんな衣装に見合うよう精一杯胸を張って舞台に立った。  俺が会場の皆さんに見える場所まで進むと、わあっと大きな歓声がキリアダンを包んだ。  来場の皆さん、歓声ありがとう。  わざわざ遠くから俺を見に来た人もいるって聞いたよ。  キリアダン中の宿がいっぱいだって。  本当にありがとう。  見に来てくれて嬉しいよ。  式典を見に来てくれた人達が、キリアダンの皆が、幸せでありますように。  ……どうか、フロウリアの悲しみの連鎖が止められますように。  俺は指定位置まで歩くと、祈りを込めて浄化を交えたパフォーマンスをする。  会場中にキラキラと降り注ぐ浄化の光は、まるで粉雪のようだ。  俺の心の光に触れて、観客達が幸せそうに笑った。  ここに来てくれた人達の、きっとほとんどが、自分や誰かの笑顔のために日々を生きてる。  その生活を守りたい気持ちは俺にもわかるよ。  ……それでも、そのために他の誰かを犠牲にしていいとは、俺は思わないんだ。  俺は微笑んで、くるりと回る。  ずっとずっと遠くに、小さく王城が見えた。  ああ、こんな晴れた冬の日は遠くまで見えるっていうよね。  あそこにいるのかな、王様や宰相さんが。  そのさらにずっと向こう。  今は見えないけれど、俺達の教会や魔法研究所もこの先にある。  そう思ったら、なんだか腹の底がぐつりと煮えた音を立ててしまった。  いけないいけない。  今は笑顔で、皆に幸せを届けないと。  表に出さないようにしてはいるけど、俺は正直……結構……怒っていた。  ***  冬祭りの開催式典は、大盛況で終わった。  ちなみに、冬祭りの式典服にはある程度決まった型があるようだけど、出立式の衣装は自由衣装だ。  今日の俺の姿に感動したらしい衣装部の皆さんは、俺を最高に美しく飾って見せると、やたらと気合を入れていた。  まだ出立式は2か月先なのに、既に徹夜で作業しそうな衣装部の勢いに、俺もアンナも苦笑してしまった。  ……リンは物凄く楽しみにしてるみたいだったけど。  そんなリンは、一昨日から兜をかぶらなくなっていた。  定型魔法を理解したおかげで、俺自身が幻術を使えるようになったからだ。  シルヴィンから預かっていた魔術陣……『俺の髪色を知っている人と知らない人に分けて見た目を変える』というそれを応用して、リンの髪と瞳は、リンを知っている人には青に、知らない人には青緑色に見えるようになっている。  どうやら、玲菜も300年の間に定型魔法の仕組みの凄さに気づいたようで、それを独自に解析していたらしい。  ……10年がかりではあったけれど。  これは、キリアダンにいる間に何とかしようと思った俺が甘すぎた。  三日前の夜中にやって来たリーアがこっそり渡してくれた『玲菜の極秘ノート』がなければ絶対無理だったな。  リーアは他にも俺の役に立てばと小物をいくつか届けてくれた。 「今日のリンの式典用甲冑も、凄くかっこよかったよ」  俺は部屋に向かいながら、斜め後ろのリンを見上げた。  するとリンは、なぜか周囲に視線を投げてから、俺の耳元に顔を寄せて言った。 「式典の最中、一瞬ですが、ブラウの気配を感じました」  へえ、ブラウは俺の晴れ姿を見に来てくれたんだ?  ……じゃあ、まだ近くにいないとも限らないよね?  俺は足を止めると、後ろからついて来ていた4班の皆を振り返る。  今日の部屋番が4班だったのは好都合だ。 「外壁の上に出ていいかな?」 「いっスよー」 「もちろんです」  ドルーグに負けない早さでヒアッカも答えてくれてるけど、ここは班長であるドルーグの返事を聞いてるんだよ?  ドルーグにじろりと睨まれてもヒアッカはどこ吹く風で、両手を後頭部で組んでいる。  俺は苦笑を浮かべつつも「ありがとう」と答えて大教会をぐるりと囲む外の大きな壁の上へと向かった。  外壁から見下ろす町は、冬祭りが始まってわいわいと賑わっている。  吟遊詩人のような人や小さな楽団も町のあちこちに見えるし、屋台の客引きも大声を上げているようだ。 「これだけ町が騒がしければ、俺が叫んでも目立たないかな?」 「ここから叫ばれるんですか……? 聖女様が……?」  不思議そうなドルーグに、俺は「うん」と頷く。  4班の皆とアンナが首を傾げている中で、俺の行動を予測していたらしいリンだけが、ちょっと言いにくそうに答えた。 「目立たないとは言い辛いですが、冬祭りの式典では聖女様のお言葉は賜らないので、声から発言者は特定できないかと……」  確かに、出立式では『聖女のお言葉』があるんだよね。  冬祭りの式典は巡礼の進み次第で着いてすぐになることもあるから、そういうのがないんだろうな。  じゃあダメ元で叫んでみよう。  俺がすうと息を吸い込むと、リンもアンナも4班の皆も素早く耳を塞いだ。  皆もそろそろ俺の大声に慣れてきたみたいだな。  俺は皆の様子に、心置きなく腹の底から大声を出した。  もちろん気持ちも込めて。 「ブラウーーーーっ、怒らないから、俺のとこにおいでーーー!!」  聖女の俺の声は、高くどこまでも伸びて、キリアダンの空に響き渡る。  おいでー……、おいでー……、おいでー……と言葉の終わりがしつこくこだましているのは、キリアダンと大教会がそれぞれ高い壁に囲まれているせいだろうか?  残響が残らず冬空に溶けて消える頃には、外壁近くの人達は会話もやめてキョロキョロと声の主を探していた。  驚かせちゃったね、ごめん……。  ん? 人混みで混雑する町の方でもキョロキョロしてる人がいる……?  もしかして、俺の声はキリアダン中に響き渡ってしまったんだろうか……。  俺はちょっと申し訳なくて、声の主を探す沢山の視線から逃れるように、リンの後ろにそっと隠れた。  リンは小さく笑うと、そんな俺をマントに隠してくれる。  うう、恥ずかしい……けど、リンはいつでも優しいな……。  流石に、ここから山を越えた先のロウフォード領地までは届くはずもないだろうけど。  こんな言葉、ダリスに聞こえちゃったら飛んできそうだよね……。 「……来ます」  リンが、背中にいる俺を守るように両手を少し広げて言った。  どこから来るのかな……とマントから顔を出してキョロキョロしている間に、スタンっと軽い音がする。  見れば、俺達から少し距離を空けた向こうにブラウが着地していた。  久しぶりに見たブラウは随分くたびれた様子で服も汚れていたけれど、リンの腕の間から俺の顔を見つけると、ぱあっと破顔した。 「ケイト様っ!」  それでも、ブラウがそれ以上こちらに近づいてくる様子はない。  ピリッと緊迫した空気に、俺は周りを見回してからリンの前に出た。  4班の皆は全員が剣の柄に手をかけている。 「全員落ち着いて、こんな空気じゃ話もできないよ。4班の皆はブラウを囲まないで、もっと離れて、こっちこっち」  俺の言葉に、騎士達は戸惑いながらも下がってくれる。  しかし、ある程度下がると、そこで全員が足を止めた。  きっとその辺りがブラウまで一気に近づけるギリギリの距離なんだろう。 「まだまだ。もっと下がって」  俺の言葉に、4班の皆が顔を見合わせる。 「しかし聖女様……」  フォーンが戸惑いの言葉を漏らすと、ドルーグも心底困ったという顔で言った。 「これ以上離れるわけには……」  そうだよね、護衛が危険人物に聖女だけを近づけるわけにはいかないよね。 「気持ちはわかるんだけど、……ごめんね。もう少し下がってくれる?」  ドルーグがリンに『任せたぞ』みたいな視線を投げてくる。  でもごめん。  リンが残ってたらブラウが近くに来そうにないからさ……。 「リンも離れてもらっていいかな」  ブラウから目を離せないので振り返らないままの俺の言葉に、リンは「お気をつけて」とだけ答えて静かに離れた。  ここで嫌だって言わないのがリンの凄いところだよね。  俺の事を本当に信じてくれてるんだなって、実感する。  俺はリンのくれる信頼を勇気に変えて、ブラウへと足を進めた。  背後から皆が悲鳴を飲み込むような気配がする。 「ブラウ、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」  ブラウの瞳が大きく揺れる。  俺をじっと見つめるその瞳には、俺に話したら、褒めてもらえるかなという期待が見て取れて、俺は頷いた。 「まずは、俺のところに来てくれてありがとう」  俺がにっこり微笑んでもう一歩歩み寄ると、ブラウはその場に膝をつく。  どう見ても撫でてほしそうだ。  ブラウにもし犬みたいに尻尾があれば、きっとぶんぶん振られているんだろうな。  右手をブラウに翳せば、ブラウは嬉しそうに自身の頭を俺の掌にこすりつける。  その瞬間、俺は魔法を使った。  ブラウが一瞬だけ驚きに目を見開いて、そのままふっと目を閉じると、なすすべもなく崩れる。  リンが素早く駆け込んできて、ブラウを後ろ手に拘束した。 「え? え??」  混乱しているのはクロイスだ。 「は!? なんスか今の!?」  ヒアッカも驚いている。  ドルーグは驚くのを後回しにして、まずは駆けつけてブラウに縄をかけようとしてるのが流石だな。  カイルとフォーンも、驚きながらも捕縛に加わってくれたので、リンはブラウを4班に任せて定位置である俺の後ろに戻ってきた。 「ケイト様すげーーーっっっ!!!」 「ど、どうなってるんですか……?」  ヒアッカとクロイスも沈黙したブラウの様子を見に駆け寄ってくる。 「寝てるだけだよ、睡眠魔法をかけたからね」 「睡眠魔法……」  そんなものがあるのか……という顔でフォーンが呟いた。 「片手で……あんな一瞬でかけたんですか?」  カイルの声にもまだ驚愕が滲んでいる。  睡眠魔法を覚えたのは攫われた先の牢で、まだ名前のないセリクの手を左手で握って右手だけでかけるっていうやり方だったからね。  牢から抜け出すために素早く発動できるよう、あの時は必死で練習したし。  おかげで今でも片手で瞬時に使う事ができた。 「うん、皆には心配かけちゃってごめんね、ああでもしないとブラウが近づいてくれそうになかったから」  俺が謝ると、皆がいやいやいやと首を振る。 「なんかもう、ケイト様強すぎて怖えっスね!?」  ヒアッカに怖がられてしまった。 「しかし、こういう手札をお持ちだと、先に我々にもお伝えくだされば……」  ドルーグが、捕縛し終えたブラウをひょいと肩に担ぎつつ、渋い顔で言う。  それはそうなんだけどさ、ブラウの耳に入ってしまうと隠し球にならないからなぁ。 「ごめんね」  苦笑して答えると、ドルーグも分かってはいるようで「いえ……、致し方ありませんね……」と不満を呑み込んだ。  ドルーグはそれほどに、俺の事を心配してくれたんだな……。 「ありがとう、ドルーグ」  感謝を込めて微笑むと、ドルーグは困った顔で笑ってくれた。  リンがスッと俺の手を取る。 「ここは冷えます、お部屋に戻りましょう」  あ。これは今ブラウの頭に触れた右手か。  俺はさりげなくエスコート風に取られたその手をそのままに、ちょっとポカポカする気持ちで、リンに寄り添って部屋まで戻った。

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