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【サブ】扉の外の2人(2/2)
***〈ヒアッカ視点〉
俺の言葉にクロイスはびくりと肩を揺らした。
それだけでもう、答えてるようなもんだよな。
「え、ええと……」
クロイスは、なんて言えばいいんだろうみたいな顔で、胸の前で見えないボールでも握ってるみたいに両手の指先だけをくっつけたり離したりしている。
そんな、聞かれて困る事なのか?
しかもなんかちょっと……顔赤くなってきてねーか……?
そんなクロイスを見てると、ちょっとだけ胸が重いっつーか、瘴気の濃いとこにいるみてーな感じがする。
なんでだ? この部屋も教会も、キリアダンはもう浄化し終わってんのによ。
「焦んなくていーから、順を追って話してくれよ」
「うん……、でも、ヒアッカにとっては面白くない話かも知れないよ……?」
いいの? みたいな表情で、クロイスは俯いた顔をじわりと上げて俺を見上げた。
あー、なんだっけこれ、ああ、上目遣いってやつか。
アークが『上目遣いっていいよなぁっ! 跪かせて顎クイってすっと、なんつーかさ、支配感あってゾクゾクするよなッ!?』って同意求めてきてたやつな?
まーたアークはアホな事言ってんなーって思って、そんなん知るかよって流したけどさ。
支配感とやらは知らねーけど、この角度だといつもよりさらにクロイスが可愛く見えるな。
「嫌な話って事か? 別にいーぜ、俺が聞いたんだし」
「い、嫌かどうかは……僕には分からないけど……」
「前置きはいーから、言ってみろよ」
もじもじと恥ずかしそうに、それでも真面目なクロイスはあのコウモリ野郎の言葉を一字一句違えずに伝えた。
名前を聞かれて、答えたこと。
答えるかどうかはケイト様に『好きなようにしていいよ』と言われたけれど、これから同じ方に仕える者同士となるなら、答えるべきだと判断したこと。
そしたら、あのコウモリ野郎が急に『クロイスちゃん。可愛いね、オイラと付き合う?』とのたまったこと……。
――は……?
なんだそれ……?
いや、なんなんだよそれは!?!?
「っ、そんで、あのコウモリ野郎は今、お前の返事待ち……って、なんでだよっ!?」
「ひぇっ」
俺の叫びにクロイスが肩を竦める。
怖がらせてどうするよ。
俺は、すーーーーはーーーーーーーと長く息を吸って吐いた。
それでも、胸のあたりがなんだかモヤモヤチリチリしててスッキリしねぇ。
なんなんだよ、この嫌な感じは……。
「……なんでクロイスはその場で断んなかったんだよ」
「ぇ、だっ……て、そんな事言われるなんて、思わなくて……」
「コウモリ野郎にそんな事言われて……嬉しかったのか?」
俺の言葉に、ぱちぱちと瞬きを繰り返したクロイスは、白い顎に俺より小さな手を添えて、うーーーーんと考え込みながらゆっくり首を傾げてゆく。
「……嬉しかった……? え、と……。ビックリはしたけど、嬉しかった……かと、聞かれたら、うーん……僕、嬉しかった……?」
「まてまて、悪ぃ、ストップ。そこ考えんの止めてくれ、マジで」
「え、うん。…………なんで?」
「改めて考えて『嬉しかったかも』とか言われたらすげーヤダ」
目が点になったクロイスが『なんで?』みたいな顔をしてるけど、俺だって知らねーよ。
これから考えるとこだよ。
「……なんで?」
ほら、結局聞くだろ?
待てよ今俺ン中から答えを探してっからさ。
「なんでって……、あいつは俺達やケイト様達を裏切った嫌な奴だろ? そんな奴に告白されたって、クロイスには喜んでほしくねーんだよ」
「告白……」
告白……?
「告白……されたかなぁ? 僕」
「ちげーの?」
「されてないと思う。むしろ僕『が』ブラウさんの事が好きなんだってブラウさんが思い込んでるだけで、向こうとしてはそんなに好きなら付き合ってあげてもいいよっていう、そんな提案だった気がする……」
「だから、なんでだよ」
「本当に、なんでだろうね」
そう言って、クロイスはくすくす笑った。
明るい金髪を揺らして笑うクロイスは、相変わらずキラキラしててすげー可愛い。
あ。今って俺がクロイスの笑顔を一人占めしてんのか。
そう思うと、まるでケイト様に浄化してもらったときみてーな、いい気分になった。
「僕がすぐに返事できなかったのはね、ブラウさんが勘違いした元である僕の体質について、ブラウさんに話していいって許可がケイト様から出なかったから、何て言って誤魔化したらいいのか咄嗟に分かんなかったからだよ」
クロイスは、その青い瞳で俺の事をじっと見つめて言った。
「まあ、突然の事でびっくりしたってのは、本当に……びっくりしたんだけどね」
「まーそりゃ……びっくりするよな」
俺だって、急にあんなこと言われたらぜってー驚く。
俺がうんうんと頷くと、大分伸びてしまった赤い髪が肩口で跳ねた。
この髪マジで邪魔なんだよなぁ……。
早いとこ切りに行かねーと。
「それに最後は『クロイスちゃん』なんて呼ばれるからさ……なんで急に『ちゃん』なのかなって、僕って女の子に見えるのかな? 騎士の甲冑着てるのに? 確かに女顔ではあるけどさぁ……」
クロイスが今度は不満げに青い瞳を半分にして、口をとがらせて言った。
そんな顔も可愛い。
「護衛騎士には女騎士っていねーもんな。それさえ知ってりゃ、女だと思われることはねーだろ」
「だとしてもさ、僕がブラウさんに女の子扱いされたって事なら、それは正直嫌だなぁ……」
「嫌なのか?」
「うん。だって僕は聖女様をお守りする盾で、魔物を屠る剣である護衛騎士なんだよ? それは、まだ……今は見習いだけどさ、それでも、来年からはヒアッカと同じ正規の護衛騎士団員になるのに」
まだ話したそうな様子のクロイスに、俺は「うんうん」と相槌を打って先を促す。
俺このクロイスが一生懸命話してる感じがすげー好きなんだよな。
いくらでも話聞いてやりたくなるっつーかさ。
「僕は、もっともっと大きくて強くて立派な騎士になりたいんだよ」
……それってさ。
「じゃあ、俺がクロイスのことを可愛いなって思うのも、嫌か?」
「え?」
俺の問いに、クロイスがきょとんと瞬く。
あー、その顔すげー可愛い。
……でも、クロイスが俺にこんな風に思ってほしくねーんだったら、思わないようにしなきゃだよな……。
「えーと……」
しばらく黙ったクロイスが、俺をじっと見上げて言う。
「ヒアッカの手、握っていい?」
「おう」
答えながら手を差し出す。
俺の手を、クロイスの小さな手がギュッと握った。
可愛い。
いや違う。可愛くない。
いやいやそれも違うって。可愛くなくはない。むしろ可愛い。
だから可愛いはダメだろ?
ん? いやまだダメとは言われてねーのか。
可愛いのがダメならどーすりゃいーんだ?
なんか専用の言葉でも作るか。
クロイスがすげー可愛い。を略すとえーと…………クロい?
「ふふっ、なにそれ」
なんかすげー可愛い声したな?
じっと見つめてた俺の手に繋がれたクロイスの手から、俺は視線を上げる。
そこには楽しそうにクスクス笑うめちゃくちゃ可愛いクロイス……。じゃなくて、めちゃくちゃクロいのがいた。
「もういいよ、僕、ヒアッカに可愛いって思われるのは嫌じゃないから」
「……嫌じゃないのか?」
「うん。ヒアッカの『可愛い』は僕を女の子扱いしてるわけじゃないって分かってるから」
「……そっか。良かった」
ほっと息を吐くと、クロイスがまたクスクス笑った。
あー、可愛いな……。
「それに僕も、言わないだけで、時々ヒアッカの事可愛いなって思ってるから」
「へ? そーなのか?」
クロイスが? 俺を? 可愛いって?
……俺に可愛いとこなんてあるか?
「あるよ、いっぱい」
そう言って目を細めたクロイスは、なんだか男らしい顔をしていた。
お。ちょっとかっこいいな。
「えー、ちょっとだけ?」
「あー……多分、周りにいる連中がカッコ良すぎっからだろ」
俺は、兄さんやらドルーグさんや騎士団長達の凛々しい姿を思い浮かべる。
「それは確かにそうかも」
「な?」
今度は2人で一緒に笑う。
てか喋ってねーで、そろそろクロイスの事寝かしてやった方がいーんじゃねーか?
「そうだね、ちょっと休ませてもらうね」
俺はクロイスの手を離して、ベッドから降りた。
「ああ、ゆっくり休んでな。部屋のカーテン閉めるか?」
「暗いとヒアッカが反省文書けなくない?」
「あー……、そーだった……俺反省文書かなきゃだったわ……」
俺のため息に、クロイスは小さく笑いながら布団の中に潜り込む。
「お疲れさん、クロイス。しっかり休めよ」
「うん、ありがとう」
クロイスの柔らかな感謝の声に、胸がむずむずしてあったかくなる。
「ヒアッカも反省文頑張ってね」
クスッと笑うようにして伝えられた応援の言葉に「おう」と返すと、クロイスの瞼はそれきり閉じられた。
クロイスの碧眼は、兄さんの瞳より淡くて優しい空みたいな色をしてんだよな。
優しい空色が姿を隠すと、なんだか急に部屋が冷えた気がした。
俺は、もう少しだけクロイスと話していたかったような、そんな名残惜しい気持ちになって、目を閉じたクロイスの顔を眺めながら『なんでだ?』と首を傾げた。
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