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ロイスの置き土産(2/2)
ヴィクトルさんはロイスが亡くなる前年度に騎士見習いだったはずだから、その頃既に聖球運び役をしていたシオンとは面識がないはずだけどな。
ヴィクトルさんは記憶の糸をたどるようにして、呟く。
「……そうです。確かに、シオンという名でした」
ロイスが倒れた後、強い魔物をなんとか倒し切って、怪我のなかったヴィクトルさんが必死でロイスにしがみついた時、ロイスは事切れる間際に、ヴィクトルさんの手を掴んで言ったんだそうだ。
「シオンという人が護衛騎士団を訪ねたら、自分の代わりに話を聞いてやってくれと……、そう言われました」
けれどそれから20年が過ぎても、そんな名前の人が護衛騎士団の元を訪ねることはなく、ヴィクトルさん自身も半ば忘れかけていたようだ。
今回、カラサディオ達から騎士団側にシオンの身柄を引き取った時、ヴィクトルさんには承諾をもらうため名も告げたんだけど、その時はロイスの話とは繋がらなかったんだろうな。
「そうだったんですね。……ロイスは死ぬ時まで人の心配ばっかりして、相変わらずだなぁ……」
俺の言葉に、リンが後ろでコクコクと同意している。
ヴィクトルさんは目を大きく見開いて、俺の顔を見つめて言う。
どうやら気付いたみたいだ。
「まさか、シオンというのは……」
「はい、ロイスが気にかけていたのは、俺が今預かってるシオンの事です」
「……そ……、……そのシオンの背を、私は斬ってしまいました、が……」
「戦闘の時ですね。それは仕方ないですよ、それだけシオンが強かったんでしょう」
「あ、ああ、私は、……私は、なんということを……」
「怪我は治癒されたので、大丈夫ですよ」
あの夜、盗賊達はそのまま斬り殺された人の方が多かったのに、俺がシオンを気にかけていたことを知っていたダリスが、私兵の治癒術師にシオンの治癒を指示してくれたらしい。
「しかし……ロイスさんに頼まれた方を……、卑怯にも不意打ちで、後ろからなど……」
なるほど、騎士として恥ずべき戦い方だったと……?
うーん、俺としては盗賊相手なら問題ないと思うけどね。
「ヴィクトルさんは知らなかったんですから、仕方ありませんよ」
慰めてみるものの、ヴィクトルさんはすっかり頭を抱えてしまっている。
「ああ、いかにして償えば……」
ん? ヴィクトルさんには、それを償う気があるんだ?
「ええと、もし良ければ、なのですが……」
俺の言葉にヴィクトルさんが「はい」と顔を上げる。
俺は振り返ってリンを見上げた。
リンは懐から小さな箱型の魔道具を取り出し素早く発動させる。
「遮音しました」
部屋には、これまでずっと沈黙を守っていた副隊長さんともう1人の騎士さんがいる。
俺が彼らに背を向ける姿勢をとると、ヴィクトルさんも俺に倣って体の向きを変えた。
「できれば、シオンを護衛騎士達となるべく一緒に過ごさせてもらえないでしょうか」
「……あの人を、我々と、共に……ですか?」
「はい、ヴィクトルさんの立場上、大罪人を騎士達と一緒になんて難しいとは思うのですが……」
そう伝えつつ、俺は言う。とても、大事な事を。
「シオンはこれまでずっと、護衛騎士の皆を守るために、ひとりきりで苦しい思いをしてきたんです」
「……彼が……、我々の、為に……?」
「詳しい話は、教会に戻って父と話をしてからと思うのですが……」
俺は全部はすぐに話せないことを前置きしつつ、核だけはなんとか伝えねばと言葉を重ねる。
「シオンは元護衛騎士です」
俺の言葉に、ヴィクトルさんは小さく息を呑んだ。
「それで……。構えも、剣の振り方も、我々に似ていると……思いました……」
ヴィクトルさんはどこか呆然としたまま、呟く。
「これまでのシオンの悪事は、彼の本意ではありません。護衛騎士の、元仲間達の、他の誰にもあんな事をさせたくなかったから……。彼がひとり泥を被り続けていたんです」
「……っ」
ぎゅっと拳を握り込んだヴィクトルさんが、俺に一歩詰め寄ると、縋るような眼差しを向けた。
「詳しい事情をお話しいただくことは……、どうしても、叶わないのでしょうか……」
それはそうだろう。
彼が知りたいと思うのは当然のことだ。
……自分達に関わる事なんだから。
「……すみません。今の俺では、力不足で……」
俺は、自分の無力さに下唇を強く噛んだ。
今の俺の力では、この場で彼に真実を伝える事はできても、それから先の護衛騎士達の生活を支えることまではできない。
だってこれらの悪事は、国のお偉いさんと教会と魔研所が、非人道的な行為と分かりながらも、国の為に行っているんだから……。
それを否定するには、それ以上の何か……。
せめて代替手段くらいは提示できるようになってからじゃないと。
「いえ! っ、いいえっ! 出過ぎた事を申しました!!」
途端、ヴィクトルさんが何かにハッと気付いた様子で、俺に勢いよく頭を下げた。
「分かっているのです。ケイト様がそのお口を閉ざされるのは、私達を守る為であると……。それなのに、こんな……っ。ケイト様のお優しいお心を追い詰めてしまうような真似を……っ、ほ、本当に……、申し訳ありませんっ」
ぶるぶると震えるほどに萎縮してしまったヴィクトルさんが、甲冑の小物入れからハンカチを取り出して、なぜかおずおずと俺に差し出してくる。
リンもそれを不審に思ったのか、後ろからひょいと俺の顔を覗き込んで……。
……固まってしまった。
リンの少し見開かれた青い瞳に俺の顔が映っている。
そこには唇から赤い雫をしたたらせた聖女がいた。
ああ、ごめん、強く噛み過ぎて血が出てたんだね……。
俺は自分の口元にシンプルな治癒をかけてから浄化をかける。
これですっかり治ったはずだ。
下を見れば、俺のふわりとしたスカートにもポタポタと赤い物が落ちていた。
これも浄化……っと。
よし。
「驚かせてしまってごめんなさい。もう大丈夫ですよ」
「は、はい……本当に、申し訳ありません……」
ほんのこれだけの俺の血に、彼はよっぽど衝撃を受けてしまったのか、ヴィクトルさんはもうシオンについて聞く事はなかった。
これも、怪我の功名と言えるだろうか……?
「ケイト様……」
後ろからリンの手が俺の肩に触れる。
俺を慰めるように、そっと肩を撫でてくれるリンの手。
「ありがとう、遮音はもういいよ」
リンが「はい」と答えて遮音を解いた。
「無理なお願いをしてしまった自覚はあります。ですが、どうかお考えいただけるとありがたいです」
そう言って、俺はヴィクトルさんににっこりと微笑む
ヴィクトルさんも、さっきよりは少し落ち着いた様子で「わかりました。できる限り前向きに検討します」と答えてくれた。
「ありがとうございます」
俺は心からの感謝を込めて微笑む。
どうか、シオンがもう一度、生きてみたいと思えますように。
護衛騎士団長さんにこんな無茶なお願いをすることができたのは、ロイスが死の間際にヴィクトルさんにシオンの名を残してくれたおかげだ。
ありがとう、ロイス。
俺は本当に、ずっと昔からロイスに助けられっぱなしだね……。
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