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前夜式
***
リーアの葬儀は、予定通り18時から始まった。
いつもなら夜番と日中の騎士達の交代時間は18時だけど、今日は式の終わりまでは1班の皆さんが付いてくれる事になっている。
俺とリンとアンナはヴィクトルさんに教えてもらった通り、15分前には会場に着いていた。
俺は衣装部の皆さんが間に合わせてくださった装飾なしの大人しい式典服で、リンとアンナは大教会の葬儀参列者用の貸衣装を着ていた。
リンは相変わらず、何を着てもサマになるなぁ……。
こちらでは喪服は黒というよりも若干グレーに近い感じの色みたいだ。
リンが言うには真っ黒に染めるのはとても難しく、真っ黒の服はとても値段が高いらしい。
……ん?
リンは以前俺とのお揃いコーデみたいな真っ黒い服着てたよね?
ああ、あれはとても高かったって事か……。
リーアの前夜式への参列者は俺が思ったより何倍も多かった。
確か玲奈はリーアの事を、沢山の子孫の1人だって言ってたもんな。
それに、この大きな大教会で侍女長を務め上げていたんだから、後輩だってたくさんいたんだろう。
その証拠に、参列者の半分以上は黒っぽい侍女服を着ていた。
式がしめやかに進む中、あちこちから啜り泣きのような声が聞こえる。
俺は自然と、昨夜の事を思い浮かべていた。
あれは、もう随分と遅い時間だった。
アンナも下がらせていたし、俺もそろそろ寝ようかと布団に入るところだった。
不意にリンが窓際に駆け寄ったと思ったら、リンが素早く開けた窓から格子枠越しにブラウが顔を出した。
「ケイト様っ」
「ブラウ!?」
「こちらをご覧ください」
ブラウの手鏡に映されたのは、この部屋からでは死角となる位置の外壁だった。
外壁の上には、ひとりの女性とふたりの男性らしき姿がある。
じりじりと迫る男達に、侍女服のようなシルエットの女性が追い詰められているようだ。
「侍女長のリーアが黒服の男達に何かを要求され、抵抗しているようです」
「ブラウ、リーアを助けて!」
「はいっ」
声と同時にブラウが消える。
俺とリンもすぐに部屋を出て現場に向かった。
「聖女様!?」
夜番の人達が、慌てて俺達の後を追ってくる。
1月の夜の野外はキンと冷えていた。
刺すような夜風が容赦なく寝巻き姿の俺の体温を奪ってゆく。
見上げた人影はまだ人影という程度の小ささだ。
壁の下まで、まだもう少しというあたりで、その影がひらりと舞った。
リンが一瞬で『疾走』を発動させて俺を追い越してゆく。
俺もリンほど手早くはないけど『疾走』を発動させて後に続く。
けれど、真冬の空を真っ直ぐに切り裂いて降ってきた小柄な体は、俺達のもっと先にある。
ああ、ダメだ。
これでは、リンは間に合わない……。
そう感じて、俺は『疾走』を解いた。
「聖女様」
不意に呼ばれて、俺はハッと昨夜の回想から戻った。
目の前には一輪の花が差し出されている。
俺は白い花を手に取って、ヴィクトルさんに教えてもらった通りの作法で献花台へと捧げた。
滲んでしまいそうな視界に、俺はギュッと眉間に力を込める。
玲菜……ごめん……。
本当に、ごめんね……。
帰ったら『リーアは侍女長さんになってたよ』って、メッセージしようと思ってたんだ……。
そしたら、玲菜もきっと喜んでくれるだろうって……、思ってた……のに……。
俺は、一歩下がると、精一杯の気持ちでリーアのご家族の皆さんへと頭を下げる。
……ごめんなさい。
本当にごめんなさい……。
玲菜を俺が連れ出した時も、親族の皆さんには寂しい思いをさせてしまったのに……。
玲菜だけでなく、リーアまで皆さんの元から連れ去ってしまうなんて……。
それなのに、リーアのご家族の皆さんは、こんな俺に小さく微笑みを返してくれた。
「……聖女様、戻りましょう」
遠慮がちにかけられたリンの声に、顔をあげる。
いつの間にか、俺はまた俯いていたみたいだ。
見れば、会場からは既にほとんどの人が退出していた。
リンの大きな掌が、俺の前に差し伸べられている。
「あ、ありがとう……」
俺はリンのその手を取って、立ち上がった。
ごめんねリーア……。
今の俺には、こんなことしかできなくて……。
俺は棺で眠るリーアの姿をもう一度だけ見つめてから、会場を後にした。
***
19時半をずいぶん越えた頃、俺達を部屋まで送り届けてくれた1班……騎士団長さん達の班は、夜番の騎士さん達と交代のための引き継ぎ報告を始める。
「ケイト様、明日以降のリーアさんのお部屋は本当にこちらで構わないのですか?」
ヴィクトルさんの問いに、俺は頷く。
「はい。部屋番の皆さんには手狭になって申し訳ないんですが、キリアダンではここが一番厳重で、誰からも手が出しにくい場所のはずなので……」
俺の言葉に「いえいえ、ケイト様さえ良いのでしたら……」と恐縮するヴィクトルさんの隣で、ヴィクトルさんより3つ年上で護衛騎士団で最年長のケーゲルさんが紺色の瞳で俺をジトっと見た。
「ケイト様、これでもう3人目ですよ? そんなにホイホイ人を増やされちゃ食事番が困ります」
「う、ごめんなさい……」
「ケーゲル、ケイト様は……」
「分かってるさ、ただお前が注意すらしない様子なんでな。お前の肩には団員全部の命がかかってんだぞ。あまり盲目になりすぎるなよ」
コンと胸当てを叩かれて、ヴィクトルさんが渋い顔をする。
「俺としても最後の巡礼が賑やかになる分には歓迎したいとこなんだが、それ以上にケイト様が持ち込むトラブルが多すぎるだろ?」
言葉自体はヴィクトルさんに向けられていたけれど、チラとこちらに視線をもらって、俺はぎくりと肩を揺らす。
それは……その通りだよね……。
彼は多分、今までの巡礼にないイレギュラーの数々を警戒してるんだろうな。
そう思ううちに、ケーゲルさんは俺の前へと一歩近づく。
闇に溶けそうな紺色の髪と瞳が俺をじっと見下ろした。
「ケイト様、私は今年の巡礼を無事終えて元気に引退したいんですよ」
「そうですよね、巻き込んでしまってすみません……」
「とはいえ、あのロイス兄さんの敬愛する伝説の聖女、ケイト様相手では、私もこれ以上は言えないんでね。どうか、おひとりで抱え過ぎないでくださいよ?」
「え、あ。はいっ」
「それと……、シオンさんにまた合わせてくれて、本当に……ありがとうございます」
深々と頭を下げられて、一瞬驚く。
「ぁ……」
そうか、ケーゲルさんはシオンが最後の巡礼に行った年の、見習い騎士だったのか。
「いいえ……。その、良ければシオンともたくさん話してあげてください」
「はい、もちろんです。お任せください」
ケーゲルさんが顔をあげて、俺にニッコリ微笑む。
髪と同じ紺色の瞳には、心からの感謝が浮かんでいる。
意志の強そうな太い眉に、笑い皺がくっきりと刻まれた目元からは、真摯で優し気な人柄がうかがえた。
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