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何かのスイッチ
***
「あ、あの……、ミノル様……」
大教会の中庭に面した渡り廊下で、おずおずとかけられた声に振り返ると、そこにはお供をずらりと連れたドゥクシオとバリシアスの兄妹が立っていた。
邪魔にならないようにと中庭側に並んでいる近衛兵や侍女さん達……。
この人達はまさか、俺がここを通るまでずっとここで待っていたのか……?
俺は心の声を隠して、聖女ミノルの役に入るとふんわりと微笑んだ。
「まあ、ドゥクシオ様もバリシアス様もお揃いで、いかがなさいましたか?」
俺の微笑みに、2人もその従者達もホッとした雰囲気を見せる。
兄のドゥクシオが一歩俺に近付いて口を開いた。
「あの……ミノル様、先日は大変失礼を致しました」
「先日とおっしゃいますと?」
「茶会の席で、母が何かミノル様に無礼な事を言ったのではないかと、妹と話して……。それで謝ろうと思い、参りました」
申し訳なさそうにもじもじとする様子は兄妹共通だ。
前にも思ったけど、これが小さな子ならば微笑ましいところだな。
ひとまず、子ども達は2人とも大切に大切に育てられたようで、心根はまっすぐであるようだ。
あの母親の元ではこの先どうなるかわからないけど、せめて俺の気持ちだけでも伝えておこうか。
「ドゥクシオ様、バリシアス様、謝罪は結構ですわ。私は貴方達に何か言われたわけではありませんので」
「そんな……」
ドゥクシオがヨロリと足元をふらつかせる。
いや、メンタル弱すぎない!?
こんなことで大丈夫なの!?
「ですが、ここまでおふたりが足を運んでくださった事は、とても嬉しいですわ」
なるべく優しく微笑むと、うっとりと見惚れたような視線が……って、王子様も王女様も見惚れてくれてるの??
ちょっとチョロ過ぎない!?
こんなことで大丈夫なの!?
「この国の未来は、おふたりのような若い方にかかっています。どうか、おふたりは希望を捨てる事なく、誰の犠牲も伴わない最善の未来を選んでくださいね」
俺の言葉は、誰よりも自分の胸に深々と刺さった。
俺はリーアを犠牲にしたくせに。
どの口が言うんだ、と。
胸の痛みを奥歯で噛み殺して、俺は心を込めてふたりへ微笑む。
どうか君達は、こんな痛みを背負うことなく、そのまままっすぐ幸せに生きてほしい。
俺は俺にできる事を頑張るから。
誰かを犠牲にしなくても暮らせる国になるように。
君達の未来が、幸せでありますように。
俺は心から願っているよ。
俺の精一杯の微笑みに、兄妹は揃って答えてくれた。
「は、はいっ!」
「分かりました!」
ん?
ふたりの目に宿る光が、なんだか今までとは違う気が……?
何かのスイッチが入ってしまったような。
僅かだけど確かに何かの流れが変わったような、そんな手応えだけがじわりと手元に残る。
ふたりを丁寧に見送って、そのまま俺は廊下に立ち尽くしていた。
「聖女様? どうかしたんですか?」
声をかけてくれたのはアークだ。
今日の部屋番はシヴァル率いる6班だった。
「ああ、ごめん……。帰ろうか」
俺が歩き出すと、後ろの方でアークがラドムに「聖女様がお考えに耽っているのを邪魔するんじゃない」と小声で叱られているのが微かに聞こえる。
いやいいよ?
そこまで気を遣ってくれなくて大丈夫だからね?
俺が慌てて後ろを振り返ると、一番後ろでシヴァルが小さく笑った。
うん、まあ、シヴァルが見ててくれるなら大丈夫かな。
ラドムがあんまり度を越すようなら止めてくれるだろう。
俺はそう思い直すと、苦笑を浮かべつつ前へと向き直った。
***
明かりの落とされた暗い部屋で、俺はベッドに転がったまま窓の外を眺めていた。
キリアダンの聖女部屋の窓には、安全対策に鉄格子が嵌められている。
いくつもの四角に区切られた夜空を眺めていると、知らずため息が零れていた。
「ケイトさっ、……ケイト、眠れないのか……?」
リンが敬称を無理矢理外して、気遣うように尋ねる。
ああ、そっか……。
今……俺、ため息吐いたんだっけ……?
そんなつもりじゃなかったのに、リンに心配させてしまった。
「ごめん、なんでもないよ。気にしないで……」
俺が答える間に、リンはベッドから抜け出して俺のところへ来てしまう。
暗い部屋の中で、リンの影がさらに暗く俺に落ちる。
「リン……」
俺はいつもリンに心配ばかりかけているね、ごめんね……。
どうにもならない謝罪を口にしきれず俯いた俺に、リンが静かに話しかける。
「ケイトが悔やんでいるのは知っている。だが、私はケイトの判断が最良だったと思っている」
リンの言葉は相変わらずまっすぐだ。
それなのに、俺はそれをまっすぐ受け取ることができない。
いや、そうなんだよな……。
皆はそう言ってくれる。
これが最善策だったと。
なのに、俺だけが、自分の選択に納得できないままで。
本当にこれが最善だっただろうか……、もっと良いやり方があったのでは……? と、ずっと疑い続けている。
「……ありがとう」
苦い気持ちで礼を告げると、リンはその場に跪いた。
「そうじゃない。私は……、ケイトにそんな顔を……させたいわけではないんだ……」
跪いたリンを覗き込むと、青い瞳がなんだか泣きそうな色で俺を見つめ返した。
リンが俺の前に手を差し伸べてくる。
俺は半ば条件反射的に、その手に自分の手を重ねた。
リンは俺の手を優しく引き寄せて、俺の指先に唇を捧げてくれる。
「貴方の傷ついた心を少しでも癒したい。私にできることはないだろうか」
ああ、これはリンなりのお誘いなんだ。
リンは俺を抱きたいと言わない。
でも、俺さえ望めば、いくらでも応えようと思ってくれている。
そんなリンでは、俺が手を伸ばさない限り、俺を体で慰めることはできないのか。
戦闘中の聖力枯渇でもなく、今回は俺が凹んでるだけだもんな。
外に出かける用事もないし、教会の中を多少うろうろするだけのこんな状況では、抱きしめるタイミングも掴めなかったんだろうか……。
もしかしたら、リンは今日も一日ずっと俺を慰めるタイミングを探していたのかもしれない。
そう思うと、目の前の人の不器用な優しさに、思わず苦笑が浮かんでしまう。
「ケイト……?」
「ううん、ありがとう。じゃあ、リンに慰めてもらってもいい……?」
途端に、リンが嬉しそうに微笑んだ。
「喜んで」
ああ、幸せそうな顔してるなぁ。
リンは、俺がリンに抱かれれば必ず元気になるって思ってない?
なんでだろう。
俺が悩んでる事って、抱かれればそれでなんとかなるような内容じゃないと思うんだけどなぁ。
……でも、まあ。いいか。
今はリンが嬉しそうだから。
そんなリンの嬉しそうな顔を見てると、俺も嬉しくなっちゃうから。
俺が変身を解く間に、リンはいくつかの道具をサイドテーブルに並べている。
リンが魔道具に触れれば、ほんの一瞬でベッドを包むように遮音がかけられた。
顔を上げたリンと目が合って、俺はベッドに座ったままリンへと両手を広げる。
リンはいつもよりも少し鮮やかな色をした青い瞳を嬉しそうに細めると、俺にゆっくり覆い被さってくれた。
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