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青い涙 (2/2)(*)
「ケイト……っ、ケイト!」
誰かの、焦ったような声。
「目を開けてくれ!」
俺を、呼んでる……?
「ケイト様っ!!」
耳元で叫ばれて、俺は慌てて目を開いた。
……って事は、俺は目を閉じていた……?
いつの間に……?
「ケイト様っ!」
喜びの溢れる声もまた、俺の耳元で聞こえた。
リンが俺の顔を覗き込んで、心底ホッとした顔をしている。
途端、青い瞳からボロボロと涙が零れた。
「リン!? ど、どうし……」
そこまで口にして、俺は自分が男の状態で、全裸で、半裸のリンに抱きつかれていることに気づく。
え、なに、どうしたんだっけ?
自分の腹の上はドロドロで、自身のへにょっとした息子もドロドロで……。
これって、もしかして事後じゃなくて最中……だったのか……?
「え、俺ってもしかして、意識飛んでた……?」
「はい……、こ、この様な行い、申し訳も……ございません……」
リンがベッドの上で深々と頭を下げる。
それはもう、土下座に近いな……。
男の俺にフル敬語って相当テンパってるんだなぁ……。
「大丈夫だよ。あんまり気持ち良すぎて脳が過負荷でショートしたのか、血が下半身に行き過ぎて貧血になったのか、もしくは酸欠になったか……ってとこかなぁ? 俺も現象として最中に失神することもあるって聞いた事があるくらいで、原因までは詳しく知らないから、帰ったらネットで調べてみるよ」
俺はリンと自分に浄化をかけて、念の為自身に治癒をかけてみる。
損傷リストに『肛門……擦過傷:軽微』って文字が出ているのは、苦笑とともに治しておく。
むしろ、こんなに大きなリンのを出し入れして軽微で済んでるのは、毎回リンが念入りに解してくれるからだ。
本当に、俺の事となるとリンはいくらでも労力を惜しまないんだよな。
「これで大丈夫。安心して。リンにも疲労回復をかけておこうね」
俺はリンに疲労軽減とスタミナ回復の複合魔法をかけると、自分にもかけておく。
「ケイト、すまない……。こんなつもりでは……」
反省しきりのリンに、俺は両手を広げる。
リンは俺を大切そうに、そうっと抱きしめた。
「もっとぎゅってしていいよ?」
「ケイトを……壊してしまうのではと、思うと……」
あー……。これは、相当怖かったんだろうな……。
俺はリンの首元に頬を寄せたまま、リンの頭をゆっくり撫でつつ話す。
「リン、俺は大丈夫だよ。まあ何度も繰り返されると体に良くなさそうだけど、リンなら次からは気をつけられるよね?」
「……は、はいっ」
「俺も気をつけるね。それに、もし意識が飛んでも、起こさずにそのまま寝かせててくれたら多分朝には起きるよ。あ、でも呼吸が正常かくらいは確認してほしいかな。稀にある事みたいだし、そんな心配しないで」
「そう、なのですね……」
わざとなんでもない事のように言ってみせると、リンは少し落ち着いたのか、息を緩めた。
「うん、大丈夫だよ」
俺の言葉にリンは青い瞳で小さく微笑む。
途端にポロリと溢れたひとしずくを、俺は指で拭った。
なんだか、リンをこんなに泣かせてしまったという罪悪感がすごい。
こんなに立派で、心も体もしっかりした、25歳の騎士が。
俺のことでこんなに激しく、心を揺らして……。
ああ、リンは俺がもし死んでしまったら、こんなのの比じゃないくらい泣いてしまうんだな……。
俺にはその光景が、ありありと見えてしまった。
絶対に、絶対に絶対に死なないようにしないと……。
「俺って、どのくらいの時間気を失ってた?」
「40秒ほどです」
「そっか、じゃあまだ夜だね」
「はい……、あ。ああ」
俺は、涙に濡れたリンの頬を指でなぞりながら、意識を失う前にリンに言われていた言葉達をもう一度頭の中で組み立てて、リンの想いを理解する。
そうか……。
俺の後悔は、リンをこんなに追い詰めていたのか……。
「リン、ごめん……。本当に、ごめんね……」
「ケイト……?」
「俺は、リーアを殺してしまうしかなかった自分が、不甲斐なくて……。どうしても、許せなくて……」
「ケイトの気持ちは私にも理解できる。だが、それをひとりで抱え込まないでほしい」
ひとりで抱え過ぎないようにって、そう言えば前にも言われたな。
誰だっけ、えーと……。ケーゲルさんか。
それに昨日はドルーグにも言われたし、今日はシヴァルもそんな事言ってた気がする。
ああ、いつの間にか俺は皆に心配をかけてしまってたんだな……。
「その怒りをケイト自身にぶつけるくらいなら、私にぶつけてくれる方が余程良い」
「リン……」
怒りと言われて、ようやくストンと腑に落ちた。
俺はずっと怒ってたんだ。不甲斐ない自分に。
自分では悩んでたり反省を続けてるような気持ちでいたけど、本当は怒ってたんだ。
自分自身が気づかないほどに、激しく。
「シルヴィンが隊を抜けた時、この痛みは護衛騎士の皆で分け合い背負うのだと当時の団長は仰った。人の死は、それが社会的な物であれ、人がひとりで背負える重さではないという事だ」
リンは心が落ち着いてきたのか、俺をひょいと抱き上げるとベッドボード側に移動する。
ベッドボードを背にしてあぐらをかいたリンの脚の間に、俺はそっと下ろされた。
これは、リンの『じっくり俺と話をするときの姿勢』だな。
すっかり肌に馴染んだリンの腕の中で、俺は愛しい気持ちでリンを見上げる。
「リン……」
ああ、リンは今日もとびきり綺麗だな……。
美しく整った顔立ちのリンが、俺をじっと見つめて切れ長の瞳で瞬く。
スッと通ったリンの鼻の先が、俺の鼻の先に優しく触れた。
「どうか私に、ケイトの痛みや怒りを隠さず見せてほしい。私には、ケイトと共に苦しみ、共に後悔する覚悟がある」
うっ……。
相変わらずリンの愛は熱烈だなぁ……。
「ケイトが私に涙を許してくれるようになって、とても嬉しかった。けれど、涙だけで終わりにしてほしくない。私は、ケイトの思いなら怒りだろうと憎しみだろうと、全て受け止められる自信がある」
ど、どんな自信……?
すごく真面目な顔をしていたリンが、俺を見つめたまま、ふっと眉間の力を緩めた。
甘く優しい艶やかな微笑みが、俺の前に現れる。
「もっと私に甘えてくれないか……?」
「っ、リン……っ!」
俺の顔が、耳まで真っ赤になっていくのがわかる。
甘えてる、甘えてるよっっ!
俺はもう十分に、十二分に、リンに甘えまくってるよ!?
これ以上俺を甘やかしてどうするんだよっ!?
どうすればいいのか分からなくなって狼狽える俺の頭を、リンは優しく抱き寄せる。
「ぅぅ……」
俺は、小さく呻きながらリンの逞しい大胸筋に顔を突っ込んだ。
リンの胸からは規則正しい心音が聞こえてくる。
俺はこの音が大好きだ。
リンの、生きている音だから。
俺の隣で、リンが今日も生きていてくれて、俺はすごく嬉しい。
リンの心音を聞いていると、俺の心はだんだん静かに穏やかになっていく。
「俺……、本当は、リーアの事が起きる前から、怒ってたんだ」
ポツリと零した俺の言葉に、リンは小さく笑って答えた。
「ああ。冬祭りの式典でも漏れ出ていたな」
そっか。リンにはバレてたか。
「自分さえよければいいやって思ってる人には、ちょっと痛い目に遭ってもらおうかと思ってさ」
俺の物騒な発言にも、リンは楽しそうに「それがいい」と同意してくれる。
「私にも、許せない事が沢山ある」
リンがいつもよりも低い声で唸るように言うので、俺は顔を上げてリンを見上げた。
一瞬暗い瞳で部屋の隅を見ていたリンは、俺と視線を合わせると優しく微笑んだ。
怒っているのは俺だけじゃないよって伝えてもらって、俺はなんだかすごくホッとしてしまった。
そっか。
そうだよな。
リンはまっすぐな性格だから。
こんなの仕方ないなんて、思えるわけがないよな。
「しかし、今はケイトを守る事が、私の望む未来に繋がると確信している」
わぁ。
相変わらずリンの信頼はめちゃくちゃ重いな。
それなのに、こんなずっしりした想いを心地良く感じてしまうんだから、俺も大概だと思う。
「ありがとう、リン。やれるだけ、頑張ってみるよ」
俺の言葉に、リンは幸せそうに微笑む。
まるで勝利が見えているかのように、誇らしげに。
こんなに期待されてしまっては、見せないわけにいかないよな。
リンの望む未来ってやつを。
そうだよ。
俺はこんなところで立ち止まってる場合じゃないんだ。
まだまだキリアダンでやらなきゃいけないことが、いっぱいある。
振り返るより、今は前に進まないと。
「私も、持てる全てでケイトの求めに応じよう」
俺の手を取ったリンは、リンの唇を俺の指先に当てたまま甘く囁く。
「ケイトが疲れた時には、いつでも私にもたれてほしい……」
チュッと音を立てて離れたリンの唇に、俺のお腹の奥がキュンとしてしまう。
……もう一回してって、お願いしてみようかな……?
でももう遅い時間だろうから、また今度がいいかなぁ……?
リンは俺が望めば絶対断らないから、決めるのは俺なんだよな。
「リン……」
思わず口からリンの名前が溢れると、リンはクスッと笑って俺を膝の上に抱き上げてくれた。
こうすると、リンと顔の高さが同じくらいになってキスしやすくなる。
リンにはもう、俺がどうしたいのか伝わってしまってるんだろうか。
どちらともなく唇を重ねて、徐々に深く口づける。
音を閉ざされた空間に水音が響く度、心臓がドキドキと早くなる。
きっともう潤んでしまっているだろう瞳で、俺はリンを見つめて言った。
「ん……、俺は、リンを、誰よりも頼りにしてるよ」
リンのいつもより鮮やかな青い瞳が、僅かに瞠目してから、幸せそうに煌めく。
リンは俺にもう一度口づけると「光栄だ」と俺の内へ囁いた。
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