247 / 263

ありがとうキリアダンの皆

 ***  それから約2か月。  玲菜の極秘ノートのおかげで定型魔法の基本形が応用できるようになった俺は、キリアダンでの時間をひたすら魔術陣の練習に費やしていた。  もちろん、こっそりと。  だって、普通はこんな何種類もの魔法が使える人なんているわけがないからね。  定型魔法の仕組み自体は禁忌魔法ではないけれど、それに加えて俺は自分の作った禁忌魔法も、玲菜の作った禁忌魔法も扱えてしまう。  ヒアッカに言わせれば「ケイト様はもうなんか歩く禁忌魔法って感じっスね! フロウリア最強の超上級魔法技師っスよ!」とのことなので、このことはなるべく隠していようと思う。  キリアダンの出立式の衣装は、可愛くて可憐でなんだか春の妖精みたいだった。  蒼も纏っていた透ける布が、俺の場合は妖精の羽のように俺の背中にひらひらと縫い付けられていて、パステルカラーで軽やかなデザインの衣装はまさに来る春の祝福を一足早く届けているようだった。  キリアダンの大教会前には、冬祭りの開催式で集まった以上の人が詰めかけていた。  今年は特に差し入れの量が例年の比じゃないとかで、よく話を聞いてみれば、どうやら俺がここまで助けた近隣の村の人達がこぞって大教会へと差し入れを持ってきてくれていたようだ。  あんな寂れた村々から……。  そんなに蓄えもなかっただろうに……。  こんな真冬の寒い中に、無理をして持ってきてくれたんだろうか……。  そう思うだけで、俺は胸が詰まってしまった。  騎士団長さんが、もう倉庫がわりの荷馬車がいっぱいで、これ以上積み込めないというので、差し入れの半分以上はキリアダンの教会に置いてくることになってしまったけど。  日持ちのする食料は今までの在庫と入れ替えつつ、護衛騎士たちの食糧庫である荷馬車にはみっちり食料を詰め込んである。 「これだけあれば、帰りでケイト様があと2~3人は人を拾っても大丈夫ですね」  なんてドルーグに言われて、俺は苦笑を返すしかなかった。  大教会から走り出した馬車は、大教会からも町からも、沢山の人達に見送られた。  ありがとうキリアダンの皆。  また来るからね。  俺はそんな気持ちで、心からの感謝を込めて、窓から手を振り続けた。  なんだかそろそろ見慣れてきたキリアダンからの山道を進んでいると、俺の前でパチリとシヴァルが目を開いた。  今日、俺と同じ聖女の馬車に乗っているのはリンではなく、シヴァルだ。  一応俺の正規の護衛はシヴァルだからね。  町を出てからずっと目を閉じていたけど、寝てたわけじゃなかったんだね。  それと同時に、トンっと馬車の上に何かが乗ったような衝撃が伝わる。  シヴァルが素早く馬車の上部にあるスイッチを切り替えて遮音を切る。  もともと馬車の遮音は安全性を考慮して完全遮音ではないので、そのままでも聞こえなくはないけどね。 「ケイト様」  声をかけられて、それがブラウだと分かった。  俺の視線を受けたシヴァルが窓を開けると、ブラウは馬車の屋根側から顔だけを出した。  これは俺が「わざわざ俺の前に跪いて報告しなくていいよ? 緊急の連絡は、なるべくすぐ伝えられるようにするのを優先して」と言ったのを守ってくれているようだ。 「この先にかなりの数が待ち伏せてます」 「分かった。馬車を止めよう。俺が叫ぶからブラウは先頭か最後尾か、俺の風上側に近い方に連絡をお願い。あとでたっぷり褒めるからね」 「はいっ」  スッと消えたブラウに続いて、俺も「馬車を止めてください」と叫ぶ。  それから、大きく息を吸い込んで……うん、アンナもクロイスも既に耳は塞いでるな。  シヴァルはひと足先に馬車から飛び降りようとしているようだ。  俺は窓から身を乗り出すと、大きな声で叫んだ。 「全隊停止でお願いしますっ!!!」  馬車が完全に止まり切って、シヴァルが飛び降りた扉にもう一度手をかけようと手を伸ばす。  けれど、馬車の扉は俺が取っ手を掴む前に、キィと外へ開かれた。 「ケイト様」  馬車の中を心配そうに覗き込んできたリンの姿に、思わずホッとする。  ああ、まだ何も解決してないっていうのに。  俺はリンが側にいるだけでこんなに安心してしまうんだな。  思わず苦笑を浮かべながらリンの差し伸べてくれた手を取ると、俺はそのままひょいとリンの腕に抱えられてしまった。  いや、なんで!?  まだちょっと抱え上げるには早過ぎない!? 「……すみません、つい……。ケイト様に会うのが久しぶりで……」  リンが俺を抱え込んだまま、小さな声で言い訳をする。  久しぶり……って、そうでもないよ!?  キリアダンを出てからまだ2時間経ったかどうかくらいだよ!?  いやまあ、出立式も合わせれば5時間くらいは経ってるけど、式の間はリンは護衛騎士達に混じって俺の側で警護してくれてたよね……?  俺はひとまずリンのことは後回しにして、地面に鑑定をかけたり浄化で魔物の有無を調べた後に、全体に聞こえるように大きな声で叫ぶ。  俺が大きく息を吸えば、リンは俺の両脇を掴んで、ひょいと頭上に掲げた。  なんだこの高い高いみたいなの。 「皆さん、一回集まってください!」  地面に仕掛けがないなら、こういう時は、長い列を分断されないようにまとまっておくほうが良さそうだ。  俺の指示で全隊で陣形を組んでから進めば、腕の立つ護衛騎士達には大勢の敵も敵ではなかった。  俺は、騎士達が犯罪者を縛り上げているうちに、夜番の皆が眠る馬車の様子をそっと覗きに行く。  ほとんどの人がパッと俺の方を見たので、なんだか起こしてしまって悪いなと罪悪感を抱いてしまう。  ソーンは爆睡してるみたいだけど。 「ちょっと戦闘になったけど、敵は皆倒したからね。シオンとリーアも、もう大丈夫だよ」  リーアが戦闘で怖がっていないかと心配して様子を見に来たんだけど、馬車の隅で蹲っていたのはシオンで、その背をさすっていたのがリーアだった。  その横では9班の班長のケーゲルさんもシオンの様子を見てくれているようだ。  えーっと……。  シオンはどうしたんだろう。  トラウマ的な何かが刺激されてしまったとか?  大丈夫なんだろうか……。  馬車に上がろうとした俺を見て、リーアが小さく首を振った。  え?  驚いた気持ちのままリーアを見ていると、リーアはゆっくりひとつ頷く。  まるで『ここは大丈夫です、私にお任せください』と言われたような気がした。  俺は『シオンを頼みます』と小さく頭を下げる。  リーアは俺を安心させるように、優しく微笑んでくれた。  俺はエミーの事を胸に思い浮かべながら、頼りになりそうなリーアにシオンを託して馬車を後にした。 「ふふ、リーアは頼もしいね。俺の方が助けられちゃってるよ」  俺の呟きにリンが俺の肩をそっと撫でて無言で同意する。  馬車の前まで戻ると、ブラウが俺の目の前にちょこんと膝をついた姿で現れて、俺をじっと見上げてきた。  ブラウの瞳は期待でいっぱいだ。 「お待たせブラウ。さっきは本当に助かったよ」  言って手を伸ばすと、やはりブラウは嬉しそうに俺の手に頭を擦り付けてくる。  この手で一回寝かされてるのに、俺の手が怖くならないのかな?  なんてうっかり思ってしまうくらい、ブラウは俺に心と身体の全てを委ねてくれていた。 「ご褒美が遅れてごめんね、待っててくれてありがとう。ブラウのおかげで誰も怪我しなくて済んで、本当によかったよ」 「えへへ……」  その嬉しい気持ちが「褒められた」とか「撫でられた」ってだけじゃなくて、自分の行動によって起こった結果にもう少しでも向いてくれるといいんだけどなあ。  俺はそう願いながら、繰り返しブラウに伝える。 「ブラウが教えてくれるのがもう少し遅かったら、先頭の団長さん達は準備もなく戦闘に入ってたかもしれない。本当にありがとう。ブラウのおかげで俺達はとても助かったよ。ブラウの情報が、皆を守ってくれたんだよ。皆ブラウに感謝してるよ」  俺の言葉にブラウがキョトンと瞬く。  お?  少しは内容が頭に入ったのか……? 「え、じゃあ他の騎士さんもオイラのこと撫でてくれるんですか?」  なるほどそっちか。  ……でも、それも悪くないかもしれないなぁ。  まずはそこから、ブラウを褒める人を増やしてみようか。 「うん、皆感謝してるよ。でも今はまだブラウの事を知ってるのは4班の皆と団長さんと副団長さんだけだからね。今度他の班の皆にもブラウの事を紹介しようか?」 「オイラ、クロイスちゃんになでなでしてほしいです」  あー……クロイスかー……。  うーーーーん……。  ヒアッカに知られたら、余計ややこしいことになりそうではあるんだけど……。  ……でもまあ、それも今の2人には必要な刺激かも知れないな。 「とりあえず今の段階では、他の人に撫でてもらうときは、ちゃんと俺が許可をした相手か、俺が見ている前でだけって約束できる?」 「はいっ! お約束します!」  ニコッと笑ってブラウが元気に答える。 「よしよし、いい子だね」  俺はブラウをもう一度愛しく撫でると、手を差し出す。 「それじゃあ、ちょっとだけ馬車においで」  俺はブラウの手を引いて、アンナだけが残っていた馬車に戻った。  リンは外でクロイスを待っている。  ここから先はシヴァルがリンと代わってくれるとの事で、俺の馬車はいつものメンバーに戻った。  リンから馬車の外で事情を聞いたクロイスは、馬車の中でブラウをたっぷり撫でてくれた。  おかげでブラウはにっこにこの超ご機嫌で姿を消した。 「ありがとう、クロイス。助かったよ」 「このくらいお安い御用ですよ」  俺の言葉にクロイスはニッコリと微笑んでくれた。  騎士団では見習い中の新人という事もあり末っ子みたいなポジションのクロイスだけど、本人としては妹が二人の長男の自覚がある分、面倒見は良い方なんだよね。  どうやら、撫でたり可愛がったりする分には抵抗がないようだ。 「クロイスには、しばらくの間俺と一緒にブラウを褒める係をお願いしてもいいかな?」  俺の頼みに、クロイスは迷う様子もなく「はい、私でよろしければ」と笑顔を見せてくれる。  ……さて、あとはヒアッカがクロイスからこの話を聞いて、どう思うか、かなぁ……。  俺は心の中で小さく、ヒアッカに謝った。

ともだちにシェアしよう!