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11本目の結界柱 (12巻 元聖女の呪詛)

 キリアダンを出て最初の結界柱には、4本目の髙山さん以降初の男性聖女が入っていた。  23歳だという竹内(たけうち)さんは現在医学部の学生で、将来は医者になるつもりなのだと語った。  爽やかで理知的なメガネの竹内さんは、これまで、結界柱の中で寝たり起きたりしながらも、今まで覚えた知識を延々復習していたらしい。 『他にできることもなかったしね。でもそろそろ新しい知識を入れたいよ』  俺には医学に関する知識はなかったけど、彼は魔法に興味を示してくれたので、俺の持つ知識の中で伝えて良さそうな範囲の物をあれこれと説明した。 『へえ、なかなか面白いね。これだけ教えてもらえれば応用もできそうだし、しばらくは退屈しなくて済みそうだ』  そうか、最初期の柱に入っている彼らはまだ自身の聖力についても理解しないままここに入っているのか……。 『でも、聖力は使った側から吸い上げられてしまうので、実践は難しいかもしれません……』 『そうみたいだな。まあ僕は頭の中で捏ね回してるだけでも楽しめるから、問題ないさ』  ふ。と微笑んだ竹内さんが手元にレポート用紙とペンを出現させる。 『なんでも出せるんですね』  思わず呟いた俺に、竹内さんは緩く笑って言った。 『ここでの生活も長いからな』  レポート用紙にペンを走らせる竹内さんの表情が、メガネに隠される。  そういえば髙山さんもメガネだし、うちの父と弟もメガネだし、確か爽真くんもメガネだって蒼が言ってた気がするから、俺の知る男聖女は全員メガネなんだな……。  なんとなく疎外感を感じていると、竹内さんが顔を上げて俺を見た。 『それで、僕はいつ頃出してもらえるんだい?』  こんなに賢そうな人なのに。  理不尽にこんなところに閉じ込められて、ずっと一人でいるのに。  この人もまた、俺の言葉を信じてくれるのか……。 『そんな意外そうな顔をされると逆に心配になるな』 『あ、ごめんなさい。ただちょっと、びっくりして……』 『君の言わんとするところも分からなくはないけどね、わざわざ来てくれた芦谷君を疑ってかかるのも失礼というものだろう?』 『ありがとうございます』  俺が竹内さんの気遣いに礼を伝えて微笑むと、竹内さんも口端をゆるりと持ち上げる。 『その分、芦谷君には期待させてもらうよ?』  俺は竹内さんとしっかり目を合わせて答えた。 『はい。頑張りますっ』  ***  結界柱から出て、ふぅ、と息を吐く。  クロイスは今回も現れきれなかったみたいだな。  一応クロイスの意識っぽいのが結界柱の中をふよふよしてるのはわかるんだけど、そこに姿が伴わないんだよな……。  リンはもうこれで結界柱に入るのも6回目になるのか、出入りにも慣れてきた様子だ。  リンは結界柱の中でも、基本的に最初と最後の挨拶以外で口を開くことはない。  ただずっと、俺の斜め後ろに静かに立っている。  それは結界柱の外と同じ対応だ。 「リン、今回もありがとう。疲れてない?」  リンは俺の左手を少しだけ名残惜しそうに離しながら答える。 「問題ありません」  リンの視線が俺の体調を気遣っているので「俺も大丈夫だよ」と答える。  俺は、どんな場所でも、リンが俺の後ろにいてくれるだけですごく心強いんだ。  本当にいつもありがとう、リン。 「クロイスもヒアッカもありがとう、お疲れ様。馬車に戻ろうか」  俺が声をかけると、騎士の皆が一斉に動き出す。  少し戻った辺りで、リンが一点に視線を向けているのに気づいた。  ああ、あそこは俺にも見覚えがあるな……。 「リン、俺はもう大丈夫だよ、行こう」  俺の声に、リンがハッとこちらを振り返る。  リンが見つめていたのは、俺が黒い雷を受けて倒れた場所だった。  俺からすれば1か月も前の話じゃないけど、リンにとっては7年も昔の事なのに。  フロウリアではもうあれから40年以上経って周囲の木の様子も違っていたけど、それでもリンは俺が怪我をした時の事を思い出してしまったんだな。 「……申し訳ありません……」 「謝るような事じゃないよ」 「ケイト様? どーかしたんスか?」  ヒアッカに声をかけられて、ここで以前に魔法を使う魔物と戦ったんだよという話をしたところ、騎士の皆に興味津々で話を聞かれてしまった。  彼らは魔法を使う魔物というのを見た事がないらしい。  俺もあれ以降一度もああいうのは見てないもんな。  確かあの魔物は俺の次の……4800年から倒されずに生き残って力をつけていた魔物だったから……すごく特別だったんだなぁ……。  じゃあ次に魔法を使うほど強力な魔物が出るとしたら、4900年頃ってことなんだろうか。  だとしたら、4846年の今騎士団にいるこのメンバーは、会うこともないだろうな。  小さく笑った俺を見て、クロイスが不思議そうな顔で瞬く。  俺は「皆の無事を願っただけだよ」と笑って答えた。  ***  ガタゴトと山道を進む馬車が細い川を渡ると、御者の方が馬車の外から声をかけてくれた。 「ここからロウフォード領地ですよ!」  遮音のかかった車内に届くよう、きっと大きな声を出してくれたんだろうな。  リンが馬車の遮音スイッチを切るのを見て、俺も「教えてくれてありがとう」と答える。  ロウフォード領地か……。  蒼とセリクが攫われたのもロウフォード領地だし、俺が攫われてシルヴィンと出会ったのもロウフォード領地なんだよな……。  何事もないといいんだけど……。  カラサディオとダリスガンドはこの先の村で待っているはずだ。  村に着いたら二人と話をしないとな。  そう思うと、自然とため息が漏れる。  幻術で二人の見た目を変えられるようになったという、良い知らせもあるにはあるけれど。  イザベイラ様やらリーアの件やら、良くない知らせの方が圧倒的に多い……。  それに、俺がブラウを連れていると知ったら……ダリスは何て言うだろうな……。 「ケイト様ぁ~……」  なんだか情けないブラウの声がして、俺は馬車の窓を開ける。 「え~と、オイラやっぱこの辺で~……そのぉ、ちょっとお暇をいただきたいんですが……」  そう言って馬車の屋根側から顔を出したブラウの長い髪がぱさりと降ってくる。  紺色の髪束が窓枠の中程で揺れると、クロイスが髪の端にさりげなく触れた。 「ダリスさんが怖いんですね……」  クロイスがため息まじりに呟く。  ブラウはギクリと小さく肩を揺らした。  俺はクロイスにアンナの隣へ移動してもらって、俺とアンナとクロイスでちょっとギュウギュウになりつつ、ブラウを車内に呼んで座らせる。  リンが、隣に座ることになったブラウを冷たい眼差しで見下ろすからか、ブラウは緊張した面持ちで細い体を縮めていた。 「ブラウの事は俺がダリスに話をきちんとつけるからね。ブラウに乱暴はさせないつもりだよ。でもそれまでの間が怖いと思うなら、こんな風に俺の近くにいるといいよ」 「……オ、オイラ、ケイト様のおそばに……居ていいんですか……?」  困惑しつつも嬉しい様子を見せるブラウだけど、その表情にはまだどこか怯えるような影が残っている。  よく見れば、狭い馬車の中でブラウの靴の先にクロイスの甲冑の先が触れている。  あんな端から、甲冑越しでも思念が読み取れるんだろうか?  チラとクロイスを覗くと、クロイスは目を伏せて小さく俯いていた。  今日は結界柱にも入ったとこだし、あんまりクロイスに無理はしてほしくないけど、クロイスにはブラウ関係では本当に助けられているな……。  あと、リンはそんな目でブラウを見ないであげてくれるかな……? 「リン」  声をかけると、リンは「……すみません」と小さく謝った。

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