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ブラウの事が少し分かった
休憩地で馬車を降りる。
周りでは馬達が水を飲んだりし始めていた。
ここで馬車のメンツもリンとシヴァルが交代だな。
次は村に入るから……。
そんなことを考えていると、クロイスに声をかけられた。
「ケイト様……」
ちょっと頭を下げたクロイスに上目遣いで見上げられて、ああなるほどと思う。
「クロイスは今日も本当によく頑張ってるね、でも、あんまり無理したらダメだよ?」
言いながら、クロイスの頭を撫でると、クロイスから思念が伝わってきた。
クロイスはまだ結界柱の中では姿を現せていないけれど、キリアダンでの練習のかいあってか意思を渡すのは随分と上達してきた。
今夜到着予定のロウフォード領唯一の村は、ブラウとダリスの出身地で、ダリスの屋敷はもちろん村の人もほぼ皆がダリスの息のかかった者らしい。
ブラウは、この村で一瞬でも気を抜けば、ダリスの手の者に身柄を拘束され、ダリスに死ぬまで痛めつけられるだろうと恐怖しているようだ。
クロイスは相手から記憶として受け取ったそれを、そのまま俺に渡してくれるので、ブラウが今まで諜報員となるまでどれほど厳しい指導を受けてきたのかが、ブラウの視点から見えてしまった。
幼いブラウの記憶と思わしき映像では、古びた石造りの建物にブラウと同じ幼い子ども達が集められ、諜報員となるべく訓練を受けていた。
子ども達は身寄りのない子ばかりのようで、とても衛生的とは言えない環境下に無造作に詰め込まれていた。
無理難題のような課題に、心無い罵声と暴力、成果を出さなければ食事もろくにもらえないような状況の中で、共に学んできた者達が少しずつ脱落してゆく。
今朝まで会話していた仲間が、行き過ぎた折檻に徐々に動けなくなる様をぼんやりと眺めるブラウが、こうはなりたくないな……と強く思っているのだけがハッキリ伝わった。
一方で、子ども達は成果を出した際には頭を撫でて褒められる。
そうすると、ようやく食事と睡眠が許される。
褒められる事は、幼いブラウにとって、生き残るための唯一の道だったのか。
……なるほど、こんな生い立ちでは確かに、あの村に寄るのも怖いだろうな……。
ロウフォード領の村では、ロウフォード領主であるダリス達は絶対的な存在のようで、逆らう者などは誰一人いないようだ。
……今も、あの村にはこんな施設があって、ブラウのような目に遭っている子がいるんだろうか……。
着いたら少し調べてみたほうがいいな。
……いやまあ、俺が首を突っ込むようなことじゃないだろうとは思うんだけどさ。
それでもちょっと、流石に、非人道的過ぎない……?
クロイスに『ありがとう、とっても助かるよ。今日はいっぱい頑張ったよね、村に着いたらよく休んでね』と心で伝えて手を離すと、今度はブラウがキラキラと瞳を輝かせて俺の前に跪いた。
クロイスが撫でてもらってるのを見て羨ましくなったのか。
……ブラウは本当に撫でられたがりだな。
俺はさっきの映像を頭の隅に追いやりながら、痛みを浮かべそうな苦笑をなるべく優しい笑顔に変えて、ブラウの頭へ手を伸ばす。
「ブラウも、今日も一日お疲れ様。ありがとうね」
俺は、ブラウが生きててくれて嬉しいよ。
あんなに辛い日々の中で、今まで……よく頑張ってたね。
頭を撫でてやると、ブラウは本当に幸せそうな、へにゃっと蕩けた表情を浮かべる。
クロイスは俺に触れて伝えたい事があって、だけど立場上クロイスから俺には触れられなかったので、ああいうことをしてくれたんだけどね。
教会にいた頃は、一日の初めと終わりに挨拶に来たクロイスをよく撫でていたなぁ、と俺は懐かしく思い出す。
クロイスの頭は、しばらく撫でていないうちに5センチ近く高い位置にあった。
冬に誕生日を迎えたクロイスは、もう16歳になっている。
この時期の男の子の成長は早いな……。
騎士団に入ってすぐの頃はどこか自信なさげでオドオドした様子だったクロイスも、最近では甲冑姿もすっかり馴染んで、護衛騎士がサマになっていると思う。
俺はブラウを撫でつつ、後ろでヒヤリと冷たい気配を放っているリンを見上げる。
リンは慌てて冷気を引っ込めると俺に小さく微笑んだ。
……今更取り繕ってもバレてるよ……?
いいのかな……。
初めて会った時は15歳の見習い騎士だったリンも、あの一年で随分と背を伸ばしてたもんな……。
俺は、聖女姿の俺より20センチ程上にあるその顔を見上げる。
いつ見てもリンの顔は完璧に整っている。
夕焼け色に変わりつつある日差しを浴びて、リンの青い髪がさらさらと風に揺れる。
ああ……かっこいいなぁ……。
「ケイト様?」
リンにちょっと困った顔で言われて、ハッと我に返った。
いけないいけない、見惚れてしまった。
ブラウに視線を戻すと、気もそぞろに撫でたせいでぐちゃぐちゃになった頭のままで、俺をじっと見つめていた。
「ケイト様は、ディアリンド様が大好きなんですね」
ブラウに言われて、ボッと顔が赤くなる。
「そっ……、そう、だけど……、それは、俺のプライベートだから口外禁止ですっ」
俺の言葉にブラウは「分かりました」と答えた後『あっやべっ』みたいな顔をした。
ブラウの仕事ってさ、諜報活動だよね……?
諜報員ってこんなに感情が顔に出ちゃっていいの……?
ブラウは演技のいらないタイプの、耳で情報を聞き取ってくる役だからいいの?
それとも演技ができないからそういう役回りなの……?
「ブラウ、誰に話したの? 怒らないから言ってごらん」
俺の言葉に、ブラウはしゅんとうなだれた様子で、カラサディオに仕えていた際に俺とリンが草陰で睦み合う様子をダリスに伝えたと白状する。
睦み合うって……いや、流石にそんな草陰で怪しいことはしてな……い……ことも、ないか……。
聖力回復タイム中だと、まあ、キスくらいは、外でも、してたよね……。
微妙に恥ずかしくなってきた俺が、ブラウの一字一句違わぬ報告内容を聞いて真っ赤になったのと、リンが瞬時に胸元から遮音の道具を取り出して周りの騎士達から俺たちを区切ってくれたのとでは、多分リンの方が早かったと思う。
だって、今日の俺の護衛当番で俺の周りを囲んでくれてた4班の皆は、何だ何だって顔してこっちを見てるから。
真っ赤な顔になってるのは俺だけで、いや、リンもちょっと赤いけど……。
とにかく、4班の皆に聞かれてなくてホッとした。
「ブラウ、その情報は、もう二度と、決して、絶対に、口にしちゃいけないよ?」
俺が言うと、ブラウが「わ、わかりました……」とちょっとだけ青い顔で答える。
「ああでも、この情報を話さないとブラウが死にそうだとか、すごく痛い目に遭うとか、そういう場合には話してもいいよ」
俺の言葉にブラウが不思議そうに紺色の瞳を瞬かせる。
その瞳は初めて会った時よりも、随分と知性の色を濃くしている。
俺は、ブラウを治療した時の事を思い出して、考える。
視力が低く、頭部に損傷の多かったブラウ。
テレビか何かで、小さい頃に親の怒鳴り声をたくさん聞くと脳が萎縮してしまうんだとか、結果知能が低くなってしまうから貧困家庭が貧困ループに陥りがちなんだとか、そんな話を聞いた事がある。
もしそれが本当なら、ブラウが物事を酷く短絡的というか一面的にしか考えられないのは、殴られた際の怪我も含めて脳に物理的な損傷があったから……とも言えるんだろうか。
もちろん幼い頃に植え付けられた価値観というのはそう簡単には変えられないだろうけど。
それでも、目と頭が治った今のブラウになら、俺の言葉も少しは届くのかもしれない。
俺は、ブラウに届きますように……と、願いを込めて伝える。
「俺は死にそうに恥ずかしいけど、でも、俺はブラウの命の方が大事だよ」
「オイラが、ですか?」
ブラウの瞳には、まるで意味がわからないというような、ただ不思議そうな感情があるだけだ。
誰かが自分を思っているって気持ちを理解して、嬉しいと思えるようになるのは、ブラウには、まだずっと先なのかもしれない。
それまで、俺はブラウを見続ける事ができるんだろうか。
きっと、俺がうっかり目を離してしまったら、ブラウは道を見失ってしまうだろうな……。
俺がよく見ておかないと。
今度こそ……と、酷く苦い後悔のような物が胸をよぎって、その感情がどこからきた物なのか辿ろうとする。
けれど、辿ろうと思った糸の先には何もなかった。
ああ、この感情の糸はきっと……俺が失った記憶の中に続いてたんだ……。
俺は、不思議そうに紺色の瞳で俺を見つめ続けるブラウをもう一度見つめる。
「俺は、ブラウが生きててくれて嬉しいよ。ブラウの事頼りにしてるし、大事に思ってるよ」
優しく告げてブラウの頬を撫でると、ブラウは嬉しそうに俺の手に頬を擦り寄せた。
今はまだ、ブラウにあるのは撫でられて嬉しいって感情だけかもしれないけど。
いつの日かブラウも、人に愛される事や、人の役に立つ事自体に、喜びを感じられるようになるといいな。
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