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それはできないって、俺は答えたはずだよ
翌日は朝から村の浄化をして、午後になってようやくダリスガンドと話す時間が取れた。
表向きは俺とカラサディオのお茶会という形だが。
ダリスガンドの屋敷の奥庭に張り出した広いテラスで、俺達は大きめの丸テーブルを囲んでいた。
まあ、村を浄化する間もダリスガンドとカラサディオは俺達について回ってたんだけどね。
ダリスガンドは村の案内として、カラサディオは見学という体で。
ダリスガンドは昨日よりも随分マシになってはいたけれど、相変わらず俺の後ろで護衛騎士に扮しているブラウが視界に入る度、殺気を滲ませていた。
「リサ、お茶の支度が済んだら厳重に頼む」
カラサディオの指示に侍女さんが「かしこまりました」と答える。
この侍女さんは結構色々魔法を使うんだよなぁ。
一度ゆっくり話してみたいとも思ってるんだけど、なかなか機会がない。
侍女さんが無駄なく滑らかに魔術陣を3つ続けて展開して、カラサディオと視線を交わす。
「ケイト様、普段通りにお話しください」
カラサディオににっこりと微笑まれて思わずホッとしかけた俺を、強烈な殺気が包んだ。
いや、正確には殺気は辺り一体を包んでいる。
ブラウが「ひっ」と喉の奥に息を詰まらせて、俺の後ろに隠れるように身を縮めた。
今のブラウは俺のかけた幻術で姿を変えていて、10歳ほどの男の子の姿になっている。
これならまあ、聖女の近くをうろうろしていても、誰か関係者の子だろうかくらいに見られるかなと思って……。
それに、この姿なら俺に撫でられても違和感がないしね。
ダリスガンドは俺を睨み付けるようにして言った。
「聖女様、ブラウを渡してください」
「それはできないって、俺は答えたはずだよ」
「何の権利があって、そんな事をおっしゃるんですか!?」
「じゃあダリスは何の権利があってブラウを好きにしようとするの?」
「それは私の物です! 私と父が食べさせ、教え、育てました!」
「カラサディオ、この国は奴隷を禁止してるよね?」
話を振られたカラサディオが一瞬嬉しそうな顔をしたのは、俺が彼を名前で呼び捨てたからだろうな。
今回はずっとミノルの立場からカラサディオ様と呼んでいたので、そのまま敬称を外してしまったけど、よく考えたら王子様相手に失礼だったかな?。
……まあいいか、本人が喜んでるなら。
「はい。我が国では奴隷制が廃止されてからもう2000年が経ちます」
「それなら、ブラウを自分の物だと主張するダリスは問題じゃない?」
「何を……!?」
怒りに唇をぶるぶると震わせるダリスガンドと違って、カラサディオは少し困ったような顔で答える。
「……そうですね」
「ダリスはブラウと雇用契約を結んでいるの?」
ちなみにキリアダンにいる頃ブラウに雇用契約について尋ねたら、そもそも『雇用契約』自体が初耳みたいな顔をしていた。
「そんな物は必要ありません! 我が育てた人員を私が使うのは当然の事です!」
ダリスガンドの言葉に、カラサディオと侍女さんが顔色を変えた。
「つまりブラウとの雇用契約はないんだね? それなら重複契約にならなくて良かったよ。俺はブラウと雇用契約を締結したからね」
「なっ、何を勝手に……っ!?」
「俺から見れば、勝手なのはダリスの方だと思うよ?」
カラサディオが引き攣ったような表情で二人の部下に尋ねる。
「ダリス、それは本当なのか……? リサは把握していたのか?」
ダリスガンドが僅かに狼狽える様子を見せる。
侍女さんは深く頭を下げた。
「いいえ、申し訳ありません。諜報員に関してはダリスガンド様にお任せしておりました」
カラサディオはスッと背筋を伸ばすと、ダリスガンドに鋭利な視線を向けて尋ねる。
「ダリス、そんな事をして良いと、お前は本当に思っていたのか?」
「で、ですがこれは父が……」
「お前は良いと思っていたのか『はい』か『いいえ』で答えろ」
「……は……はい……」
「良いわけがないだろう!」
「良いわけがありませんっ!」
二人同時に叱られて、ダリスガンドがビクリと背を丸める。
「これでは……、元からブラウに守秘義務は発生しないではないか。ダリス、お前は裏切られたなどと言う資格を持っていないのだ。分かるか?」
「……」
答えないダリスガンドに、納得した様子は見えない。
カラサディオが俺を見て深々と頭を下げると、侍女さんもそれに倣った。
「ケイト様、ダリスが数々の無礼を働き大変申し訳ありません。ダリスには私とリサがよく言って聞かせます。ブラウの身柄につきましても、ケイト様の良いようになさってください。ダリスには二度とブラウに触れる事も声をかけることもないよう言っておきます」
うーん、カラサディオの言葉はありがたいんだけど、ブラウを安心させるには、あと一歩足りないかな……。
「じゃあ……、もしダリスがその言いつけを破ったら?」
俺の言葉に、カラサディオは心得ましたとばかりに美しく微笑んで答えた。
「ダリスや、ダリスの手の者がもし私の言いつけを破ってブラウに接触する事がありましたら、その時には私がその責を負い、命をもって償います」
侍女さんが息を呑む。
ダリスガンドは動揺に大きく肩を揺らした。
「カ、カラサディオ様……」
おお、流石はカラサディオ、ちゃんとダリスガンド本人以外でもって条項を付け足している辺り抜かりないな。
「分かった。その言葉忘れないよ」
ありがとう、と口にできない感謝を込めて微笑むと、カラサディオは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
俺の後ろで、ブラウがほっと安堵の息を漏らした気配がある。
どうやら、ようやくブラウも安心だと思えたようだ。
「ブラウの件はこれで良いとして、この村では今もブラウのような諜報員を無理矢理育てているの?」
「無理矢理、ですか……?」
俺の言葉をくり返したカラサディオが、視線をダリスガンドに注ぐ。
その奥からは侍女さんも怪訝な視線をダリスガンドに送っていた。
「無理矢理ではありません。施設では身寄りのない子の中から特に耳の良い……いえ、目の悪い子を集め、衣食住の面倒を見て、さらには教育を与え、手に職をつけてやっているのです」
ダリスガンドが胸を張っていう様子からして、もしかしてダリスガンドも施設の実態は知らないんだろうか。
「今も施設があるなら見に行きたいんだけど。……というか、身寄りのない目の悪い子って、そんなに沢山いるの?」
俺の言葉に答えたのはカラサディオだった。
「ええ、血筋なのか土地柄か、この地域では目の悪い者が他の地域に比べてとても多いのです。目が見える状態で生まれた人も、次第に見えなくなる事が多く……」
なるほど、以前カラサディオから耳の良い者が多い地域だと聞いたけど、それはつまり目の悪い人の多い地域だったという事か……。
「それなんだけど、ブラウは体内に沢山穢れを抱えていたんだ」
「穢れ……ですか。しかしこの辺りの瘴気被害は近隣の村とそう変わらないはずですが……」
「その上、穢れを落としてから治癒をかけたら、視力が回復したんだよ」
「視力が!?」
驚いたカラサディオよりも激しく動揺したのはダリスガンドだった。
「そ、それは……つまり……、視力を失い続ける領民達の……目が……見えるようになると……?」
「絶対にとは言えないけど、これがブラウだけの問題じゃないなら、その可能性は高いんじゃないかな」
ふら……とよろめくような足取りでダリスガンドが近づいてきて、俺の足元に崩れるように膝をついた。
ブラウは素早く俺を挟んだ逆側に逃げ出し、リンは半歩俺の前に出る。
「も……、申し訳ありません……」
ダリスガンドは震える声で謝罪した。
「聖女様……、いいえ、ケイト様……。度重なる非礼を、心よりお詫び申し上げます」
言われてから、そういえばダリスにはずっと聖女様と呼ばれていて、名を呼ばれたことはなかったな、なんて気づく。
「どうか……、どうか、村に暮らす人々に、もう一度光をお与えください……」
心からの懇願を感じさせる苦しげな声と『もう一度』という言葉に、なんとなく、ダリスガンドには誰か個人的に助けたい人がいるのかな、と思う。
誰だろう……。家族とか……?
でもご家族の皆さんは元気そうに見えたけどな。
「ダリスに言われなくても、そうするつもりだよ」
だからダリスガンドが頭をさげる必要はないよ。
そんなつもりで言った言葉に、ダリスガンドはさらに頭を下げて「ケイト様のご慈悲に、深謝いたします……」と震える声を零した。
うーん……、俺に敵対心を向けがちなダリスが、ここまで素直に俺を頼るのも珍しいな……。
事態は急を要してるのか……?
「それで、ダリスが浄化してほしい人はどこにいるの? 良ければ今から行こうか?」
ダリスガンドは驚いたように小さく肩を揺らすと、どこか畏れるような様子でおずおずと俺を見上げる。
いつも鋭く俺を射抜く灰色の瞳は、いまだかつて見た事のない、縋るような色を浮かべていた。
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