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立派な孤児院(1/2)

 ***  今日と明日は丸二日かけて村の浄化の予定だったんだけど、今日の午前中で全て済ませた俺は、その日の午後にはダリスガンドの案内で村のはずれの孤児院に来ていた。  既に明日はスケジュールを前倒しして結界柱を浄化しに行くことになっていたから、今を逃すと明後日以降になるし。  あのダリスガンドがわざわざ俺に跪いて頭を下げるほどの願いなら、少しでも早く動いてあげる方が良い気がして……。 「急に行ってもビックリされないかな?」  俺の問いにダリスガンドは「私が話を通しますので、大丈夫です」と答えた。  うーん。さすが村の最高権力者……。  相手に有無を言わせないんだなぁ……。  案内役にはダリスガンド。  こっちは、俺とリンと護衛騎士から今日の部屋番の5班の皆さんと、予定外の行動を取る俺のせいで付き添うことになった責任者の騎士団長さんと副団長さん。  いつも俺の急な予定変更で迷惑をかけてごめんなさい。  そこにカラサディオと侍女さんが加わると、向こうからも私兵の皆さんが5人ついてきた。  目立たないように馬車は1台でということで、俺とリンはカラサディオとリサさんの馬車に呼ばれた。  いや、俺は徒歩でも全然行けたんだけど、カラサディオがそこまで歩けないらしいので……。 「カラサディオは留守番の方が良かったんじゃないの?」 「それは……おっしゃる通りなのですが……」 「ダリスが心配?」 「……はい……」  遮音のかかった馬車の中での、俺とカラサディオの会話に侍女さんが目を丸くする。  俺は侍女さんと改めて自己紹介を交わして「できたらリーサリースさんとももっとお話しできると嬉しいです」と伝える。 「ケイト様にそうおっしゃっていただけて光栄です。私のことはどうぞリサとお呼び捨てください」  そう言って微笑んだリサは、やっぱりとてもデキる侍女さんの気配がした。  カラサディオはフードをかぶって姿を隠そうとしていたようなので、俺はカラサディオにも幻術をかける。  カラサディオは口と鼻を布で覆って、長めの髪を後ろで一つに結んでいた。  それだけでも結構雰囲気が違って見えたけど、俺が髪の色を暗い色に変えるとすっかり別人のように見える。  カラサディオの印象の半分以上が、その所々青が混じった真っ赤な髪色だったんだろうな。  程なく停車した馬車から降りると、前に見た町の孤児院と変わらないほど立派な……いや、それよりも大きい孤児院があった。  この村の規模からすると、ちょっと立派過ぎるくらいだ。  石造りの建物が、ざっと4棟はあるのか……?  馬車の扉を開けてくれたのはダリスガンドだ。 「聖女様、お手をどうぞ」  綺麗な所作で手を差し出されて、ちょっと驚く。  そうか、ダリスガンドはこの村で聖女の接待するのが仕事だったっけ。  昨日はブラウのことで頭にきていて職務放棄しかけていた仕事を、今日は真面目にしているだけなのか。  それじゃあ、遠慮なく……。  俺はその手をそっと取って、馬車を降りた。  ちなみにブラウは今日はお留守番だ。  何しろ、この孤児院こそがブラウが預けられていた孤児院で。  この孤児院の奥にひっそりと建っているのが、特別教育棟と呼ばれる、諜報員の育成施設らしい。  周囲をよく見ながら外の通路を進むと、確かに孤児院の柵の奥側……外路に面していない場所に、ひっそりと2棟の建物がある。  あそこがそうか……。 「この孤児院へは、私も物心つく前から父と共によく慰問に来ておりました。今でも、忙しい私や父に代わりロウフォードの者が月に一度は訪れております」  俺達は勝手知ったる様子のダリスガンドに、応接室のような場所へ通される。 「孤児院の皆に話してまいります」  そう言ってダリスガンドが部屋を出ると、間もなく40代中頃くらいの女性がお茶を持ってきてくれた。  侍女服と作業着の間くらいの、パンツスタイルだけど清楚で動きやすそうな制服を着た女性は、ここの職員さんなんだろう。  グレーがかった銀色の髪を一つにまとめて、涼やかな目元をしている。  なんだか、雰囲気が……知っている人に似ているような……?  うーん……、誰だっけ……?  俺の前へ、そうっとお茶を差し出した彼女が「あっ」と口にした時には、お茶のカップは机の縁に弾かれて、湯気の立つお茶が宙を舞う。  俺は咄嗟に障壁を張った。  お茶が半球状の障壁に阻まれて四方八方に飛び散る。  ……なんだか、余計に被害を広げてしまったな……。  ちなみに、お茶のカップは俺の後ろから飛び出したリンが、先だけ鎖の輪を残した剣でキャッチしていて、割れずに済んでいた。  おお、いつの間にこんな器用なことまで出来るようになったんだろう。  すごいな、リンは……。 「も、申し訳ありませんっ」  慌てて謝る女性を見れば、彼女にも俺が弾いたお茶がかかってしまっている。  俺は女性が安心できるようににっこり微笑むと、ゆっくりと言う。 「大丈夫ですよ、私こそ散らかしてしまってすみません。今片付けますね」  まずは彼女を含めて机周りに範囲浄化をかける。  と、ズシンとした手応えを感じて、ああ、この人も穢れているのか、と気付いた。  飛び散ったお茶が消えきったところで、俺は一度範囲浄化を終わりにして、口を開いた。 「突然すみません、貴方に浄化をかけたいのですが、構いませんか?」 「え、あ、はい……?」  驚いたように瞬いた灰色の瞳には、やはりどこか見覚えがある気がする。 「ではこちらに掛けてください。浄化に続けて治癒もかけますね。魔術陣がちょっと多いですが、痛みはないので心配しないでください」 「は、はい……」  俺はにっこり微笑んで立ち上がると、突然の申し出に困惑している様子の彼女の両肩をそっと押さえて俺の隣に座らせる。  俺が両手を組むと、彼女はピンと背筋を伸ばして真剣な表情をした。  真剣な表情を見た途端、俺は彼女が誰に似ているのか分かった。  俺が浄化と治癒を終えるまで、そこそこの時間を、彼女は身じろぎひとつせずに美しく正した姿勢で目を閉じて座っていた。  おそらく俺が浄化で目を閉じた時に合わせて閉じたんだろう。 「終わりましたよ」  俺の声に目を開いた彼女が、戸惑うように視線を彷徨わせる。 「ああ……、そんな、まさか……、こんなことが……」  彼女は震える両手をゆっくりと持ち上げて、そのまま顔を覆ってしまう。  もしかして、ヒアッカの時のように泣かせてしまっただろうか……。 「あの、急に驚かせてしまってごめんなさい……」  俺が謝罪すると、彼女は顔を覆ったまま首を振った。  指の間から、キラキラと輝く雫が散る。  う、やっぱり泣かせてしまっている。説明不足だったね、ごめんなさい……。  でもこれで確実に目が治るかどうかは確証がなかったからなぁ……。  叶えられない希望を持たせてしまうのも申し訳ないし……。 「いえ、いいえ。ありがとうございます、聖女様……。本当に、ありがとう、ございます……」  そこへ、ダリスガンドが孤児院の代表と思わしき男女を連れてやってきた。 「シリア……!?」  ダリスガンドが動揺を浮かべて俺の隣に座ったままの女性に駆け寄る。  と、同時に俺は後ろからヒョイとリンに抱き上げられてしまった。 「リ、リン……?」  え、なんで……? 「あの者は少々短絡的ですので、念の為」  そ、そっか……、俺は念の為、抱き上げられちゃったんだ……? 「シリア、何があったんだ」  ダリスガンドは彼女の背をさすりながら尋ねる。 「ああ……ダリスガンド様、聖女様が私の目を治してくださったんです……」  親子ほどに歳の離れた二人は、寄り添うとさらに親子のように見える。  どこか見覚えがあると感じた彼女の目元は、ダリスガンドによく似ていた。 「本当か!? 以前のように見えるようになったのか……?」 「はい、以前よりも良く見えるほどです」  そう言って涙の残る顔で微笑む彼女に、ダリスガンドは優しく微笑みを返してハンカチを差し出す。 「こ、このような上等な物、お借りできません」  慌てて首を振る彼女に、ダリスガンドは見た事もない優しい眼差しで言った。 「返さなくていい、もらってくれ。シリアの目が治った祝いに」  強引に手の中に入れられたハンカチに、彼女はまた涙を浮かべて微笑んだ。 「……ありがとうございます……」  もしかして、ダリスガンドの治してほしい人はこの人だったんだろうか。  いつも刺々しいダリスガンドの雰囲気が、いつもよりもずっと柔らかい気がする。  俺は、カラサディオを振り返る。  リンに抱き上げられている高さから見たカラサディオは、目深に被ったフードで表情は見えない。  カラサディオは彼女とダリスガンドの関係を知っているんだろうか。  今カラサディオは、この二人を、どんな気持ちで見ているんだろう……。  隣に立つリサが、いつもと変わらない表情のままで驚いたような雰囲気を滲ませているので、もしかしたらカラサディオもこんな二人を見たのは初めてだった可能性があるな……。

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