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立派な孤児院(2/2)

 俺は、孤児院の院長さんと副院長さんの挨拶を受けて、早速尋ねる。  この孤児院にはどのくらい目の悪い子がいるのか。  その子達を全員癒してもいいか。  女性の副院長さんは、俺の申し出に『ぜひ』と喜んでくれたが、初老の男性の院長さんは反応が鈍いな。  俺が部屋を回り始めて、一部屋、二部屋と子ども達を癒し始めると、院長さんは「そんなに一度に大勢治しては聖女様がお疲れでしょうから」とか、そんな言葉で俺を遠回しに止めにきた。  俺はにっこり微笑んで院長さんに尋ねる。 「この村では、生まれつき目の悪い子は親が育てきれずに孤児院に預ける事が多いと聞きました。それでここには子どもが多く、建物もこんなに広いのですね」 「そ、そうですね。やはり目が見えない事には、できる仕事もありませんので……」 「それでは、こちらを卒業した目の見えない子ども達はどのように生活しているのですか?」 「それは、ええと、孤児院の雑用や掃除をする者もおりますし……」 「他には?」 「魔力の高い子は王都や魔研所に呼ばれる事もございます」 「他には?」 「音楽の才のある子は王都に出た子もおりますし……」 「他には?」 「ええと、他には……」  だってそれって孤児院の雑用以外は特殊ケースじゃないか、こんなに子どもが大勢いるのに、後の子はどうなってるの?  そう思いながら次の部屋に入ると、こちらを見た子ども達のうち二人が駆け寄ってきた。 「お兄ちゃんっ」 「ダリス兄ちゃんっ」 「お前達、私は今日仕事で来ている。皆、聖女様にご挨拶をするんだ」  そんなやり取りももう三回目だな。  この部屋は10歳を超えた子が多いのか駆け寄ってきたのは2人だったけど、小さい子の部屋ではダリスガンドを見て全員がわらわらと寄ってきていた。  意外と面倒見の良いお兄さんをしてるんだなぁ。  ……いや、最近がちょっとブチギレモードだっただけで、ダリスガンドは落ち着いた面倒見の良い……というよりも苦労性の感のある男ではあったか……。  あれ?  今ダリスにくっついてきてる二人……14歳くらいの女の子とそれより少し小さな男の子はどちらもダリスによく似ている。  歓迎会の席で見たダリスの実の妹弟よりもよっぽど似ているくらいだ。  俺が子ども達に挨拶をして、順に浄化をかけている間に、部屋で待つダリスガンドが俺の質問の続きを院長に尋ねている。 「うちの屋敷にも毎年一人か二人は雇い入れるが、その他の子達は村では見ないな。村の外に出る子が多いのか?」 「え、ええ、そうですね……」  その言葉に、さっきの女の子が首を傾げた。 「え? 孤児院を途中で出た子は皆ロウフォード様のお屋敷で働くんだって、前に先生が……」  その言葉は最後まで言い切られる前に「大人の話に割り込んではいけないよ」と院長によって止められる。  あー……。なるほど、ここも教会みたいなことになってるのか。  事実を知ってるのは上の人だけで、苦しんでるのは一部の人だけで、大勢の人にとっては幸せな場所で……。  ……そんなのは、俺は嫌だな。  胸がずしんと重くなる。  それが社会なんだと、大人になったら割り切れるんだろうか?  俺はまだ社会に出た事もない学生だから、こんな風に思ってしまうんだろうか。  俺はただ、甘いだけの綺麗事を唱える愚か者なんだろうか……。  そんな思いが頭を掠める。  子ども達の浄化を続けながら迷う俺の背を、リンがポンと叩いた。  その感触にハッとする。  リンはいつでも俺を見ている。  俺は……、リンの前では、俺が思う通りの、正しい俺でありたい。  振り返ると、リンが頷いてくれた。  その後ろに視線を送ると、カラサディオとリサも小さく頷いてくれて、ダリスガンドは睨むような鋭い眼で俺を見ていた。 「治療の途中ですみません、ちょっとお手洗いをお借りしてもよろしいですか……?」  俺の言葉に院長先生が「ええどうぞどうぞ」とにこやかに答えてくれる。  ダリスガンドが「ご案内します」と扉を開ける。  カラサディオが「では私も……」と扉を出る。  当然俺の護衛騎士達もついてくる。  少し歩いたあたりから、ダリスが早足になる。  俺は後ろを振り返って、護衛騎士の5人に『静かにね』とジェスチャーで伝える。  すると、リンが俺を抱き上げた。  ああ、走ってくれるのか。  ダリスがそれに気付いて駆け出す。  カラサディオが「後から、行く」と上がる息の合間に言って俺達を見送ってくれたので、ダリスとリンは全力に近い速さで、あっという間に孤児院の裏手の建物に着いた。  鍵のかかった扉に眉を顰めたダリスガンドが、扉を斬り払う。  すると、遮音が解けたのか、中から小さな悲鳴がいくつも聞こえてきた。  リンが俺をギュッと胸に抱く。  何だか不安の滲むようなその仕草に、俺はリンに優しく囁いた。 「俺達は、騎士達が追いついてから入ろう」  ダリスガンドが中に飛び込むと、中から大きなざわめきと共に大人の声が聞こえてきた。 「これはどういう事だ!」 「ダリスガンド様!? どうしてここに!?」 「一体どういうことですか!? ご視察のご連絡はいただいておりませんが!?」 「扉には鍵がかかっていたはず……!」 「いきなり来られては困ります!」 「何をしている、これはどうしてこうなっている!」 「これは、その、悪さをした子にお仕置きを……」 「そ、そうです、教育的指導で……」 「その子はなぜそんなに痩せている!? 子ども達の食費は十分に出しているはずだろう!?」  もう中はダリスガンドに任せてしまいたいな……。  ダリスガンドはこの村で一番偉いんだし……、と、そう思いかけてから、だからこそ一人で行かせるのはまずいか。と思い直す。  逆に言えば、ダリスガンドの口さえ封じればいいわけだからな。  ああ……中には目を覆いたくなる状況が広がってるんだろうか……。  俺の眼裏にブラウの記憶がよぎると、どうしようもなく足がすくんだ。  追いついてきた騎士達の姿を確認した俺は、リンに甘える事にした。 「リン、俺をこのまま中に連れて行ってくれないかな……」  リンは驚いたように一度瞬いてから「喜んで」と嬉しそうに答えてくれた。  いやもう、児童虐待の場に入るのが憂鬱過ぎて……。  リンも嬉しそうだし、今回はこれでいいことにしてもらおう……。  けど中に入った俺は、思った以上の惨状に目を覆うどころではなく、すぐにリンの腕から飛び降りて、治癒と浄化をかけて回ることになった。  俺の護衛のはずの騎士達も、暴行に関わった大人達を縛ったり、あちこちからボロボロの子ども達をかき集めたりと走り回っている。  う、ここは臭いがきついな……。  これは非衛生的というよりも、なんかもう死臭に近いんじゃ……。  俺が眉を顰めると、リンがすぐに俺の口元をハンカチで覆ってくれる。 「窓を全部開けて!」  俺の声に、騎士達がパッと動くも窓ははめ殺しらしく元々開かないように出来ていたらしい。 「割って構わん!」  ダリスガンドが叫ぶと、騎士達が遠慮なく窓を叩き割った。  一瞬建物ごと浄化しようかと思ったけど、そうしたら色んな証拠も消えちゃいそうだからな……。 「聖女様、子ども達を順に外に出します。治癒は外で行ってください」  騎士さんの言葉に俺は「ありがとう、お願いします」と頼んで、治したばかりの子の頭を撫でて「後からゆっくり出ておいで」と声をかける。 「……ぁ……」  頭から手を離そうとした俺の手を、小さな両手が必死で掴んだ。  俺はなるべく優しく微笑んで、心を込めて伝える。 「大丈夫だよ、もう君に乱暴をする人は騎士さん達が捕まえたからね。今日からはお腹いっぱい食べて、ぐっすり眠れるよ」  ホッとした表情を浮かべた子の両目に浮かんだ涙が、何だかあまりに少ない気がして、俺は回復の魔法をかけた。  どうやら脱水も起こしていたみたいだ。 「先に行ってるから、ゆっくり出ておいで」  俺の言葉にその子は「ありがとうございます……聖女様、ありがとうございます……」と細い声で繰り返していた。

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