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無理か、無理だよな。

 ここの結界柱は、ひとつ前の結界柱と同じ大きな森の中にある。  とはいえ向こうに比べてこちらは比較的森の入り口から近いので、護衛騎士達と森に入って1時間と経たないうちに結界柱の前へと辿り着いた。  結界柱までもうあと少しという辺りで、草陰に苔むした岩が2つ並んでいるのを見て俺の足が止まった。  ああ、ここだ……。  ここに腕を噛みちぎられたシルヴィンが横たわっていて、俺はこの辺で膝をついて、力不足に打ちひしがれながら治癒魔法を使っていた。 「ケイト様……」  リンに、慰めるように肩を撫でられて、俺は「うん」と答えて止めてしまった足を進めようとする。  瞬間、ふっと視界にシヴァルの銀髪が目に入って、俺は息を呑んだ。  ドルーグが「団長、全隊停止をお願いします」と声を上げる。  シヴァルが、俺の動揺に気づいて俺を見る。  騎士団長の「全隊停止! 指示があるまで動くな!」と指令が森に響いて、騎士達が足を止める。  ああ……、俺がぼんやりしてしまったせいで全員の足を止めてしまった……。 「ケイト様……?」  シヴァルが、心配そうに俺に尋ねる。  なんて返事をしたら良いんだろう。  死んだ場所だというならともかく、今元気に生きているシヴァルのお父さんの、怪我をしたところだよ、なんて。聞かせても役に立つような情報じゃないし……。 「ごめん、何でもないよ」  そう答えて首を振ると、シヴァルは『ああ、なるほど』みたいな顔をして、それから俺を慰めるように小さく微笑んだ。 「団長さん、騎士の皆さん、足を止めてしまってすみません、進んでください」  大きく声を出すと、騎士の皆さんから温かい声が沢山返ってきた。 「お気になさらないでください」とか「ちょうど足が痒かったんです」とかそんな優しい言葉に混ざって、時々「ケイト様、今日もお可愛らしいです!」とか「ケイト様の笑顔は最高です!」とかそんな言葉が飛ぶ。  その都度リンがギロリと睨みをきかせている。  俺は苦笑しながら、団長さんの進めの号令に従って足を動かした。  ***  魔物を討伐して森の浄化を済ませて結界柱の浄化をしてから、少しだけ聖力回復タイムを設けた後、いつもの4班は結界柱を囲んでいた。  俺の考えた、定型魔法と組み合わせた時限式の回復魔術陣は上手く動いたのか、結界柱の脇に立てた木に貼り付けた魔術陣は木ごと粉々になったけど、俺が反撃を喰らうのは防げた。 「ひぇぇ……木っ端微塵じゃないっスか……」  ヒアッカの声に、ドルーグ達も顔を顰めている。 「こんな攻撃を、ケイト様はここまで3度も……」  うん……、攻撃自体は障壁で防げるんだけど、衝撃が大きくてね。  俺は、空高く吹っ飛ばされてはリンにキャッチされるという事をキリアダンまでに既に3度繰り返していた。  だからこそ、キリアダンにいる間に、この新しい方法を編み出してみたんだけど……。  入ってみた結界柱では、声をかけても何の反応もない。  よく見れば、結界柱の下方で眠るのは長い黒髪の高校生らしい制服姿の女の子で、その子の目には両目を真横に切り裂いたような痕があった。  ああ、この子は怪我をしていて、あの魔術陣が破壊されるまでの回復量では目覚め切るまでに満たなかったのか。  ……なんて酷い事を……。  俺の胸がざわりと波立つと、結界柱の内側がそれに呼応するように色を変える。  っ、落ち着け落ち着け……。  一回外に出て……。 『ケイト』  リンが、そっと遠慮がちに俺の肩を撫でた。  ああ、俺は今ちょっと怒りで輪郭が滲んでるのに。  大丈夫だよ、そんなリスクを冒さないでも、俺はリンがいてくれるだけで……。 『リン、ありがとう、でも俺の輪郭が揺らいでる時は触れないで。リンの心が心配だから』 『わかった』  リンが真摯に頷く。  俺達は一旦外に出て、もう一度回復魔術陣の準備に取り掛かった。 「ごめん、4班の皆。回復が足りなかったんだ。もうさっきのと一本同じような、地面に立てるための太めの木を探してもらえるかな?」 「はい」と声を揃えてくれた4班の皆とは別の方向からも声が上がる。  見れば、ラドムを筆頭に何人もの騎士さん達が、自主的に休憩時間を返上して、木やら小石やら俺が仕掛けに必要なものを集めてくれるようだ。  本当にありがたいなぁ。  ドルーグから、結界柱に入る俺達4人は材料が揃うまで休んでおくように言われて、俺達はその辺りに腰を下ろした。  俺はリンに「服が汚れてしまいますので」と膝の上に抱えられているわけだけれど。 「ケイト様お怒りだったっスね」  ヒアッカに言われて、俺はムッとした顔で答える。 「そりゃ怒るよあんなの、酷過ぎるよ」 「あの元聖女様は、怪我をしたまま、柱に入れられていたということですか……」  クロイスもショックを受けたのか、どこか愕然とした様子が滲んでいる。 「……最初の状態を見ていないから何とも言えないけど、目の傷は……あれだけ回復をかけてあの状態だから、最初はもっと深かったんだろうね……」 「目の、傷……」  俺を抱いているリンが、ポツリとそれだけを呟いた。 「……ぁ、……え……っ、そういう可能性もあるんですか!?」  クロイスが、ハッとした顔で尋ねてくる。 「なになに? 何スか?」  ヒアッカはピンときていないようだ。  うーん……。俺としてはそうであってほしくはないんだけど……。 「中の人が辛い目に遭ったのは間違いないからね、こちらに負の感情を向けてくる可能性は高いと思う。クロイスは今回は中に姿を現そうとしないで、ヒアッカはすぐに離脱できるよう構えててね」 「はい」「わかったっス」  二人は真剣な顔で答える。 「では私も、危険を察知次第、ケイト様を結界柱から離す事を優先します」  リンが静かに宣言する。  その言葉は確かに静かなのに、リンからはものすごい気迫を感じる。  絶対に擦り傷一つ負わせるものかという、そんな気迫を……。 「ええと……、リンはその、あんまり早く俺を引き剥がさないでね? 会話が成立しそうならギリギリまで待ってくれると嬉しいんだけど……」 「……善処します」  本当かなぁ、と、思わず疑り深い目を向けてしまった俺に、リンは謝罪によく似た苦笑を見せた。  ……無理か。  無理だよな……。  リンに、俺が多少傷つくことを許容しろなんて、そりゃ無理だよ。  リンは俺を守ることに、それこそ全身全霊をかけてるんだから。  ここは俺が、何としてでも上手いこと立ち回って、危機を避けるしかないか。 「ケイト様、揃いました」  フォーンの声に、俺は「ありがとう」と答えて立ち上がると、腰のポーチから予備の回復用魔術陣を取り出した。

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