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うっかり呪ってしまうのも当然だ
結界柱の浄化をした日は流石にヘトヘトだったので、村の人達の治療は翌日の朝から始めた。
ダリスガンドが昨日のうちに村中に連絡を回してくれていたので、俺は移動することなく、ダリスガンドの屋敷で騎士さん達が一人ずつ連れてきてくれる人を浄化するだけだ。
最初は俺が浄化の上で治癒もしようと思ってたんだけど、騎士団の治癒術師さん達が「治癒なら我々が行います」と手を挙げてくれた。
そのおかげで、俺が浄化をかけたら、村の人には流れ作業で向こうに待つ治癒の列に並んでもらうようになっている。
ダリスガンドが地区毎に日付を分けてくれたらしく、予定では4日間でもれなく村全員の人に治療が行き渡ることになっている。
元々この村への滞在予定は一週間だったので、この調子ならギリギリスケジュール通りにこの村を発てそうだな。
昼休憩に聖力回復タイムを挟んで、リンと4班の皆に聖力を回復させてもらって、午後に挑む。
ズキン、と強い痛みに、俺は思わず目を閉じた。
ん……? なんだろう?
俺の前には俺の浄化を待つ人が立ち、その奥にはずらりと列が続いてる。
俺は頭を振ってもう一度集中して、浄化に取り掛かる。
けれど、一人、二人、と浄化を続けるほどに、ズキズキと刺すような痛みは強まっていった。
夕方に近づく頃には、痛みは無視できないほどになっていた。
「聖女様……、今日はここまでにしましょう」
リンの声に、俺も「ごめん、そうしてもらえるかな……」と答える。
俺の体調不良を大声で伝えきれなかったのだろうリンが、近くの騎士に声をかけるべく俺の後ろを離れる。
俺は、ズキズキと痛む目を両手で覆った。
暗くなった視界の中で、痛みが鋭さを増す。
その時、きゃあっという悲鳴が治癒側の列から聞こえた。
ハッと顔を上げた時には、さっき浄化をかけたはずの男が俺の目の前に迫っていた。
突き出された両手からは、見たこともない魔術陣が展開しかけている。
咄嗟に障壁を出そうと思うのに、疲労からか腕がうまく動かない。
「聖女様!」
叫んだリンの声はまだ遠い。
マズイ、やられるっ!
そう思った瞬間、俺の目の前に真っ黒い壁が出現した。
男の悲鳴と、ゴトゴトンと何かが2つ床に落ちる音。
それに派手な水音が続く。
ああ、目の前のこれは、ダリスガンドの背中か……。
ホッとした途端、体が鉛のように重く感じた。
ズキズキと響く痛みに頭の中をかき混ぜられるようで、思考が麻痺してくる。
部屋の村人達が次々に悲鳴を上げて恐慌状態に陥ると、騎士達が素早く動いて部屋の外へと村人達を誘導し始める。
椅子に座った状態のまま立ち上がれない俺の脳裏に、魔道具を使おうとしていた男の首がリンに斬り落とされた瞬間が蘇った。
ああ、あの時もこんなに水音がしていたんだろうか。
俺はあの時、すぐに魔道具を追いかけて外に出たから、気づかなかったな……。
とりあえず、部屋にいる男はまだ悲鳴を上げ続けているので、首を切り落とされたわけではなさそうだけど……。
ぼんやりとそんなことを考えていると、俺はリンの腕の中に抱き上げられた。
そのまま、リンのマントで覆われる。
ああ、惨状を俺の目に入れないためにか。
リンは俺をマントで囲った上から覗き込むと、息を呑んだ。
……うん……? 何だろう……。
ぼんやりとリンを見上げる。
「聖女様……その、目は……」
リンの声が震えている。
ぼんやりとしたリンの顔をよく見ようとして、それ以上見えないことに気づいた。
途端、じわりと視界が赤く染まってゆく。
降り注ぐ痛みが、鋭さを増す。
「……っ、ぐ……」
痛みに思わず声が漏れる。
ああ、これは……。
おそらく、滝川さんが心配していた俺への影響ってやつだな……。
俺が内心納得していると「どうした!?」とダリスガンドの声が近くで聞こえた。
俺は、ぼやけた瞳のままで声の方を見る。
瞬いた俺の目から、温かいものが流れて頬を伝った。
「っ、これは……!?」
ダリスガンドの声には動揺が浮かんでいた。
すぐに治癒術師が呼ばれて俺に治癒をかけるも、治癒はうまく回らないようだ。
ああ、そうだ、まずは俺が、浄化をかけて、からじゃない、と……。
そう考える思考すらも、痛みに溶けて消えてゆく。
痛みの鋭さに体が強張り、息が詰まる。
ああ、滝川さんは……こんなに……痛い思いを……したのか……。
これじゃ……うっかり、呪ってしまうのも……、当、然……だよ……な……。
「聖女様!」
リンが俺を呼ぶ悲痛な声は、どこかずっと遠くで聞こえた。
***
目が覚めたら布団の中で、眠るリンの腕に抱き込まれていた。
目の痛みはまだ続いているけれど、倒れた頃よりは随分マシになっている。
……何でだろう。
穢れは浄化以外では落ちないはずだし、聖球での浄化はあまり深くには効かないはずだけど……。
俺は不思議に思いながら、自分に浄化をかけた。
知らず知らずのうちに随分と呪いを溜め込んでしまったのか、浄化にはかなりの聖力が取られた。
浄化を終えて、俺は自身に治癒をかけた。
目を治して、やっとぼやけた視界がはっきりする。
リンは、俺が目覚めたというのに、まだ目を閉じたままだ。
いつもなら、俺が目を覚ませばリンもすぐ目を覚ますのに……。
それに、ようやく見えたリンの顔は暗い部屋の中でも何だか色を失っているように見えた。
俺はリンに浄化をかけてみる。
ずしりと重い手応えに、リンは内側に俺に負けないほどの穢れを溜めていたんだと分かった。
……でも、一体どうして……?
そう思ってから、ようやく、穢れは人に移るものだというのを思い出す。
それでも、表面上の穢れなら触れれば多少移るだろうけど、今回のような内側に入り込んだような穢れを、リンはどうやって引き受けてくれたんだろう……。
リンの穢れをリンの中にカケラも残さないよう丁寧に浄化すると、リンの瞼がゆっくりと開いた。
「ああ……、ケイト様……目を覚ましてくださったのですね……」
後から目を覚ましたのはリンなんだけど、そのセリフはリンが言うんだな、なんて思う間に、リンの青い瞳に涙が溜まる。
「ご無事で……、本当に……っ」
……俺はまた、リンを泣かせてしまうほどリンに心配をかけてしまったのか……。
リンは俺を優しく、そうっと抱き寄せる。
少しも俺に苦しい思いをさせないようにと気遣うリンの腕は、小さく震えていた。
俺は、自分の不甲斐無さにうんざりする。
今回は不意の事故じゃなかった。
ちゃんと滝川さんに可能性を示唆されてたのにな。
俺は何の対策も取らずに。
痛みが出始めてからも、もう少しだからと無理をして。
……その結果、こんなにリンに心配をかけてしまった。
「ごめん、リン……。俺、迷惑ばっかり、かけて……」
「それは違います。私がもっと早くケイト様をお止めするべきでした」
「でもそれは、その前に俺を止めなかった事で良い結果が出た後だったから、リンが止めづらかったのは当然……」
「それでも、私は貴方をもっと早く止めなければなりませんでした」
リンは大きな声は出さなかったけど、ハッキリとそう言って、俺をじっと見つめた。
「リン、助けてくれてありがとう……」
俺が感謝を伝えると、リンはバツの悪そうな顔で視線を落とした。
「それについて、ケイト様に謝罪するべき事があります」
うん?
「ケイト様をお助けする為とはいえ、私は……、ご許可なく貴方のお心に触れてしまいました」
……どういうこと?
詳しく話を聞いてみると、リンはこんな風に俺を抱き締めた状態で、結界柱に入るように俺の中へと侵入したらしい。
……え。そんな事ができるの……?
何それ、ちょっと怖い……。
「俺の中って、どんな感じなの……?」
恐る恐る尋ねてみると、リンは頬をほんのりと染めた。
「ケイト様に温かく包まれているようで、とても心地良いところでした……」
いや、よくわかんないんだけど……。
意識のない状態だと俺は俺の姿もしてないだろうし……、ただふわふわ漂う液体の中みたいな、何もない場所だったのかな……?
リンは俺の心を侵さないよう細心の注意を払いつつ、俺の中に漂う闇に次々触れては穢れを引き受けてくれたらしい。
いやでも、心に直接穢れを引き受けるのって、あの黒いのに触れてもそれを拒絶しないでそのまま受け入れる……ってことだよね……?
あんなにぞわぞわする恐怖そのものみたいな感覚を、リンはこんなにたくさん受け入れたって……事……?
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