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今更ながら、聖女に『様』をつけた
「こ、……怖く……なかったの……?」
いや、もちろん怖くないわけはないんだろうけど、思わず聞いてしまうほどには、俺にとってその闇に触れた感触はとてもじゃないけれど受け入れ難いものだった。
「ケイト様を失うより怖い事など、私にはありません」
うっ……。
そんな当たり前みたいな顔して言われると、俺、どうしたら良いのか分からないよ……。
「私は……ケイト様が狙われた際、あの男……ダリスガンドに遅れを取りました。大変申し訳ありません……」
「ああ、そういえばあの時、よくダリスは間に合ったよね」
ダリスガンドは確か入り口に近い壁際に立ってたはずなのにな。
リンの話によると、ダリスガンドはあの男に見覚えがなく、部屋に入ってきた時から不審に思っていたらしい。
とはいえダリスガンドも村人の顔全てを覚えているわけではないらしく、さりげなく俺の後ろに回り込んで様子を見ていたところで、リンが俺の後ろを離れた。
その間だけでも俺の護衛をと思ったらしいダリスガンドが後ろに詰めたところで、あの男が動き出したという事だった。
それでいきなり俺の前に現れたのか。
「ダリスガンドは、ケイト様がその御目から血を流しお倒れになったお姿に酷く動揺していました。夜中ではありますが、使いを出しておく方が良いかもしれません」
…………えっ、待って?
俺って目から血を流して倒れたの??
本当に!?
いや、それって確かに……かなり……見た目が衝撃的では??
「ケイト様……もうどこも痛むところはございませんか? お辛いところやお苦しいところがありましたら、どうか隠す事なくお教えください」
「あ……うん、多分……? ちょっと動いてみるね」
言うと、リンがようやく俺を包んでいた腕を解いた。
ベッドの上に立ち上がって、あちこち動かしてみる。
小さくピョンと跳んでも、痛みが響くようなところはなかった。
「どこも痛くないよ」
俺の言葉にリンが「良かったです……」と安堵の笑みを見せる。
リンの首元で揺れたペンダントはいつもと違う色をしていた。
あれ……?
俺はしゃがみ込むとそれを手に取る。
俺が聖力を注いだはずのペンダントはいつも淡い白色に輝いていたはずなのに……。
ペンダントがすっかり光を失っているのを見て、俺はハッとした。
俺と同じほどの穢れを受け入れていたリン。
だけど、リンは俺と違って聖力を持たない。
それなのに、あんなに大量に穢れを受けてしまったら……。
もしかして、さっきのリンは命にかかわるような状態だったんじゃないだろうか。
それを繋ぎ止めるために、俺の贈ったペンダントはリンに聖力を流したんだとしたら――……。
「ケイト様……?」
リンに声をかけられて、ようやく湧いた実感にゾッとする。
俺がもう少しでも遅ければ、リンはあのまま目を覚まさなかったのかもしれない。
こんな風に、優しく声をかけてもらえることも、もう二度となかったのかもしれない……。
「リン、助けてくれたのはありがたいと思ってるよ。でもリンは今後、この量の穢れは受けちゃダメだ」
オレが手に包んでいたペンダントヘッドを見せると、リンも気づいたのかハッとした顔をした。
シンプルな丸い球形のミスリルが大中小と3つ連なったこのペンダントには、俺が聖力をたっぷりと込めて渡した、いわば小さな聖球だ。
騎士達が使う両手で包むサイズの水晶でできた聖球よりも大きさはずっと小さいが、ミスリルという特殊な金属だからか、これには確か普通の聖球2.5個分ほどの聖力を注いでいたはずだ。
それが、今は空っぽになっている。
「これには、今夜のうちにまた聖力を込めておくね。一度外してもいい?」
「は、はい……。申し訳ありません」
「ううん、俺こそ無茶してごめん。このペンダントがリンを守ってくれて、本当に良かった……。エミーとロイスのおかげだね」
「お二人の……?」
「うん。このペンダントは俺がエミーと相談して、ロイスが手配してくれた物なんだ」
「そうだったのですね……」
リンが、俺の手に渡ったペンダントをじっと見つめる。
「俺も明日からはちゃんと対策を取るし、痛みが出たら休憩して自分を浄化する。倒れるような無茶はしない」
俺が宣言すると、リンも「そうしていただけると助かります」と言った。
***〈ダリスガンド視点〉
聖女を襲った男はどうやら単独犯ではなさそうだ。
あの男は聖女を捕らえてあの部屋の窓を割って外へ出る算段だったようで、あの部屋の外には仲間らしき連中が待機していた痕跡が残っていた。
けれど、私に両手を落とされた男は、どれほど痛めつけても仲間の情報を漏らす様子がない。
あの様子からすると、本当にあの男にはここから聖女を連れ出すところまでの役割しか与えられておらず、そこから先を知らされていない可能性が高そうだ。
進まない調査に苛立ちを抱えたまま執務室に戻る。
そこで私を待っていたのはカラサディオだった。
「ダリス、そう根を詰めるな。お前は昨夜も治療の準備で仕事漬けだったではないか」
だとしても、まだ人攫いの仲間が我が領内をうろついているかもしれないというのに、私が休むわけにはいかないだろう。
まだ領民の治療期間は残り3日もあるというのに、こんな事を再度起すわけにはいかない。
とはいえ、頼みの綱の聖女は……我が領民達の呪いを一身に肩代わりして倒れてしまった。
「ケイト様はご無事だろうか……」
静かな部屋で、カラサディオがポツリと呟いた。
「我が領地に広がるこれは、呪いなのだそうです」
「呪い……?」
私の言葉を繰り返したカラサディオが「ここには私達だけだよ、ダリス」と言う。
ああ、言葉を崩しても良いと言うことか。
「貴方の大叔父が言うには、俺の領地に盲目の者が多いのは、両目を失って結界柱に閉じ込められた元聖女が呪っているかららしい」
「……そんなことが……」
「真偽のほどは分からん。だが、その呪いの元となった元聖女の怪我も、昨日聖女が……聖女様が、治したらしい。だから今後新たに呪いで盲目となる者はいないだろうと言われた」
何となく、これだけ世話になっておいていつまでも俺だけ聖女を敬わない態度でいるのも図々しい気がして、俺は今更ながら、聖女に『様』をつけた。
「ケイト様は昨日そんな事を……、それであんなにお疲れのご様子だったのだな」
「聖女様は領民の目を治す事でご自身に呪いが移る事はご存知だったらしい」
「では彼は……痛みを伴うと承知の上で、行ったと……?」
「貴方の大叔父は、聖女様が午後から痛みを堪えている様子だと気付いていたらしい」
ずっと同じ部屋にいた俺は、気づかなかったが。
「……なのに彼は、夕方まで浄化を続けていたのか……」
カラサディオの言葉を聞く度、俺の胸がずしんと重くなる。
それほどに、我が領民のために身を尽くしてくださった方を、俺は危険に晒してしまったのかと言われているようで……。
「それに関しては、貴方の大叔父ももっと早く止めるべきだったと悔いていたな」
「そうか……、そうだろうな。痛みに耐えるケイト様を見ていた大叔父様も、さぞや苦しかったのだろうに……」
カラサディオの呟きに、俺は瞬く。
カラサディオは、襲撃の事やその黒幕ばかりに気を取られている俺とはまるで違う方向から物を見ていた。
「私がその場にいてやれればよかったな……」
やるせない様子のカラサディオの言葉に、カラサディオなら聖女様の顔色の変化に気づけたのか、と自身の至らなさを思い知らされるような気がした。
あの時、白目まで真っ赤に充血させた聖女様は、赤い雫を零して意識を失った。
あれほど自身で身を守り、戦場を駆ける事のできる方が、意識を失うほどの痛みを受けていたのか。と俺は激しい衝撃を受けた。
さらにはそれを堪えて、隠してまで、俺の領民達へ浄化を続けていたのかと……。
もしカラサディオがあの場にいたなら、あの光景にはきっと俺以上に衝撃を受けてしまっただろう。
今はとにかく、あの聖女様に跳ね返った呪いを解く方法を見つけ出さなければ……。
俺が家令に手配を頼んでいた呪いに関わる書物は、既に執務室の机に積まれていた。
それに手を伸ばした俺の目に、カラサディオが手にしている本が目に入る。
それは、俺が手配を頼んだ本のうちの1冊だった。
よく見れば、テーブルでリサがめくっている本も呪いに関するもののようだ。
「カラサディオ、それは……」
「ああ、勝手に読ませてもらっていたよ。少しでも、ケイト様やお前の役に立てればと思ってな」
そう言って小さく微笑むカラサディオの頬で長い髪が揺れる。
静かに文字を追うカラサディオの青紫色の瞳は、ランプの灯りの中でなお煌めいて美しい。
そんな健気な事を言われてしまうと、俺はどうしようもなくその腰を抱き寄せたくなってしまう。
今日はあの不審者の腕を切り落とし、激しく殴りつけたからか。
カラサディオの美しい横顔を見ているだけで、俺の中の破壊的な衝動がむくむくと頭をもたげてしまいそうで、俺は顔を背けた。
「……カラサディオはリサと先に休んでいろ」
「ダリス……」
不意に、静かな部屋の外にガシャガシャという甲冑の音が近づく。
この音は、カラサディオの私兵でもロウフォードの兵でもないな、……護衛騎士のものか。
俺は、良い知らせであることを切に願いながら、扉へと向かった。
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