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追い払いたかっただけ
「ヒアッカ……? ヒアッカ!?」
不安の滲むクロイスの声に、全員が一斉にヒアッカを探し始める。
そうだ、範囲浄化で聖球の位置を……。
って、すぐそこに聖球の入ったウエストバッグが鎧と一緒に転がってるじゃないか!
ああもう、こんな時に限って!
そこへ、ダリスガンドがなぜか3人の班長達と共に戻ってくる。
「遅くなったな」
「外で並んでいた村の者達が派手に喧嘩を……って、なんだ……?」
「何があった?」
「どうした!?」
「ドルーグ班長っ、ヒアッカがいなくなりました!」
クロイスの悲痛な声を聞いて、俺は理解した。
ヒアッカは俺と間違われて攫われたんだと。
今日は、あの服を着て浄化をしているはずだった聖女。
赤髪赤目と言われている聖女。
それらの条件が、たまたま合致してしまったのか。
「ダリスガンド様、申し訳ありませんが、午後の皆様には明日朝から来ていただけるようお願いできますか!」
「わかりました」
俺の言葉に応えてダリスガンドがホールから出る。
「リン、ブラウを呼びたいんだけど」
「はい、すぐに」
リンが俺を抱えたまま窓際へ走って、俺を下ろすと部屋の隅の窓を開けた。
「ブラウ!」
俺の呼び声に、程なくしてブラウが姿を現す。
「昨日の服を着たヒアッカが攫われたんだ、どこにいるかわかる?」
「あの匂いなら、あちらの門から外に出ました。追いますか?」
やっぱりか!
ブラウが昨夜気にしてた匂いは、特殊な訓練をした人なら追えるようにできてるんだな。
昨日の時点でもっとブラウから詳しく話を聞いておけば……っ、――後悔は後回しだ!
「ブラウ、これを持ってヒアッカを追って! でもブラウが危なくなりそうなら深追いせず逃げてね」
俺は自分のブレスレットを2本外してブラウに渡す。
ブラウは俺の言葉に紺色の瞳を丸くして瞬いてから「はい」と答えて消えた。
なんだか嬉しそうに笑ったブラウの残像が見えた気がする。
「俺達も追いかけよう!」
リンに言ってホールを振り返ると、騎士の皆がこちらに注目していた。
「皆、ヒアッカを助けに行くよ!」
思わず言ってしまった俺の言葉に、騎士達が声を上げる。
騎士団長さんが慌てて出発する班と配置を決めて指示している。
「ホールの扉から出ては村人達の注目を集めてしまうでしょう、窓からでも構いませんか?」
リンがそう言って俺を抱えてくれるので、俺は「ありがとう、お願いします」と微笑んでリンのがっしりした首に両腕を回した。
***〈ヒアッカ視点〉
パチン、と近くで誰かが指を鳴らしたような音がした。
そう思った途端に、意識が急浮上する。
「ぅ……」
小さくうめいてぼんやりする頭を振れば、見覚えのない場所で、見覚えのない奴らに囲まれていた。
どこだココ。
コイツら誰だ……?
俺の身体は大きな肘掛けのある椅子に拘束されていた。
両手首に肘、肩、とガッチリ縄で縛り付けられていて、足元も同じような状態のようだ。
俺が動かせるのは首から上くらいか。
ローブとフードの集団の中で、一歩俺の前に出た奴が、礼をしてから言った。
ああ、こいつ女か。
「ミノル様、我々と共に来ていただけますか?」
その言葉が、俺に言われたんだと理解するのに一瞬かかった。
「聖女ミノル様……?」
確かめるように俺の顔を覗き込んだ女に、俺は思わず「は……?」と声を漏らしそうになって、慌てて飲み込んだ。
待て待て、待てよオイ。
お前ら、攫う相手の顔も知んねーのかよ。
キリアダンの式典とか見に来りゃ分かんだろーが。
……いや、あれはキリアダンの塀の上でやるから、下からだと顔までは良く見えねーか……?
にしてもケイト様はこの村の浄化だってやったろーがよ。
……いや、あん時はフードをかぶってたか。
確かに、ケイト様は代理聖女だから、あんま公に顔出さねーようにはしてっけどさ……。
よりによって俺と間違うか!?
あんな可憐の塊みたいにふわふわした見た目の方を!?
女は、気を取り直して俺の説得にかかった。
「怖がることはありません。ミノル様さえ我々に素直に従ってくだされば、我々は何も致しません」
えーと……、それって……。
「ですが、ミノル様が我々に従えないと仰るのでしたら、少し痛い思いをしていただくことになりますね」
だよなぁ。
だってもうお姉さん短剣抜いちゃったもんなぁ。
これ、俺、どーすんのがいいんだ?
俺が聖女じゃねーってバレた場合……、俺、即殺されるよな。
そしたらケイト様もクロイスもぜってー泣くよな。
けど俺、声出したら一発で男ってバレんだろ?
つーか連れ出した時点で気付かねぇもんか?
あれか?
アークが俺に胸まで詰めてたせいか?
むしろ、アークのおかげなのか……?
だって、ケイト様が連れ去られなくてよかったもんな。
いやでもケイト様なら、俺と同じように襲われても、そう簡単には連れ去られねーかもだけどな。
そう思うと、口元に笑みが浮かんでしまった。
途端、腕に鋭い痛みが刺さる。
見れば、女は服に覆われた俺の腕に短剣の先を沈めていた。
「何を笑っている! 状況がわかっていないようだな!?」
おいおい、お前らこそわかってねーな。
これが本当にケイト様だったらどうしてくれるつもりなんだよ。
ケイト様の体に傷一つでもつけてみろ。
お前ら全員兄さんに刻まれるぞ。
多分今頃、きっとケイト様も班長もクロイスも皆で俺のこと探してくれてんだろうな。
この女も、言うことを聞かせようとしてるって事は、殺す気はねーって事だろ?
てことは、俺は、皆が来るまで待ってりゃいいのか。
声を上げずに、聖女だとバレないように。
そんならできそうだ。
ホッとしたのが顔に出ちまったのか、女は罵声と共に俺の腕に刺した短剣を捻った。
***
馬を駆るリンの邪魔をしないよう、俺はリンの腕の中で小さくなりながら広範囲浄化でブラウの位置を追う。
「まさか……あそこか……」
リンの小さな呟きに「かもしれないね」と俺も同意する。
村から結界柱に向かう道から少し東に逸れた、道なき道を馬は走っている。
そこには昔、蒼とセリクが捕まった狩猟小屋があるはずだった。
そこへ、黒毛の馬の速度を上げて、必死で追いかけてきたらしいダリスガンドが俺達に声をかける。
「その先に狩猟小屋があります!」
俺とリンが「知ってる」「わかっている」と答えたので、ダリスガンドがびっくりした顔をしたけれど、俺的には度々人攫いが大活躍しちゃうロウフォード領地にびっくりだよ。
……いや、ダリスガンドのパパさんは王様の専属騎士なんだっけ?
もしかしたら、そういう関係も……あるのかもしれないな……。
「ケイト様、見えてきました」
リンが声を潜めて馬の速度を落とす。
見れば確かに、36年前とそう変わらない……いやその頃よりは朽ちた感じの狩猟小屋が木々の向こうに建っている。
俺達の後ろでは護衛騎士達も次々に速度を落として、馬を木に括って低い姿勢で狩猟小屋の周囲を取り囲む。
「確か裏口があったはずだ、裏から逃げられないようにしないとな……」
俺が呟くと、ダリスガンドがヒソヒソと尋ねてくる。
「なぜそのような事までご存知なのですか……?」
「以前ここに聖女が拐われた事があるんだ。ああ、裏口の方はダリスに任せるよ」
俺がそう言うと、ダリスガンドは任された事が嬉しかったのか「お任せください」と力強く答えて駆けて行った。
……いや、ダリスガンドが近くにいたらブラウが寄ってこないから、ダリスガンドを追い払いたかっただけなんだけどな……。まあいいか。
「ブラウ」
呼べば、ブラウはすぐに俺の前に現れた。
「ヒアッカは中? 状況は分かる?」
ブラウから状況を聞くうちに、騎士団長さんが「包囲完了しました」と伝えてくれる。
俺はブラウから聞いた情報のうち、ヒアッカのいるだろう場所、周囲を囲む人数等を騎士団長さんへ伝えて、中への突入を任せた。
騎士団長さんの鋭い号令の声と共に、前から2班、後ろから1班が突入する。
その他の班は建物を囲んで、出てくる奴の確保だ。
俺の前に跪いて撫でられているブラウが、不思議そうな顔で俺を見上げる。
『ケイト様は行かないんですか?』
みたいな顔してるな。俺に聞いたっていいのに。
「悪い人があらかた捕まったら、俺も行くよ」
戦闘の邪魔をしてしまうと困るしね。
……それに、俺は……人が斬られるところは……あんまり見たくないんだ。
「ケイト様……」
リンが俺の名だけを呼んで、俺の肩を撫でてくれる。
それでいいと言われたようで、俺は少しだけホッとする。
「今回もブラウのおかげでとっても助かったよ。ブラウはすごいね、声や足音だけで相手の人数が外からわかるなんて」
俺はブラウの情報のおかげで、誰がどう助かったのかをなるべく分かりやすく説明しながらブラウの頭を丁寧に撫でる。
そのうち「制圧完了しました!」と小屋から騎士さんの声が上がって、俺達も中に駆け込んだ。
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