266 / 305
文明の利器ってやつかな
***
ドルーグが困った顔で俺の部屋に来たのは、俺がヒアッカとクロイスを二人きりにしてから大体3時間後だった。
そろそろ夜番との交代時間だが、二人がまだ部屋から出てこないというので、俺とリンが部屋に入った。
二人はなんと、まだ最中だった。
てっきり疲れて二人で寝てるのかと思ったのに……。
ヒアッカは今日は随分疲れてたはずなのに……。
いや、確かにヒアッカにはたっぷり3回は回復魔法をかけたけれども。
それはヤりまくるためじゃなくてだな……。
俺は、ドロドロで汗だくのヒアッカとクロイスの二人に浄化と治癒をかけ終わると、叱った。
「二人はちょっと、ヤり過ぎです!」
二人は声をそろえて「「ごめんなさい」っス」と謝った。
特に、ヒアッカは内臓を軽く損傷していたし、肛門も擦過傷の域を越えるところだった。
ヒアッカはどうも人より痛みを感じにくいみたいなんだよな。
クロイスはまさかヒアッカがそんな事になっているとは思ってもいなかったようで、俺の説明に真っ青になっていた。
俺はクロイスに、たとえヒアッカが痛がらなくても無理をしない事、目視で状態をよく確認する事、分からなければ時々鑑定をかけるようにと厳重注意する。
さっさと夜番の人達と交代をして、今夜は早く寝るようにと指導すると、二人は慌てて去って行った。
はぁ……。
二人を見送って、俺はベッド周りに範囲浄化をかける。
いやだって、これよく見たら飛び散ってるの赤いよ。
真っ赤じゃないけど、ピンク色じゃないか……。
部屋が薄暗くなってきて気付かなかったのかな。
それとも、気付かないほど夢中だったのか……。
うーん、まさかクロイスにそんな激しい一面があったとは……。
いや、むしろヒアッカの方がおねだり上手だったのかな……?
そっちの方がありえる気がする……。
「ケイト様」
声をかけられて振り返ると、リンが道具一式を運んだ時の篭に戻して抱えたところだった。
「これらは鞄に戻しますか? それとも寝室に置きますか?」
……それってもしかして、俺に今夜ヤる気があるかって聞いてる?
「リンはどうしたい?」
俺が尋ねると、リンは青い瞳を色濃くして「ケイト様のお望みのままに」と艶やかに答えた。
***〈蒼視点〉
オレの家のリビングに敷かれた布団には、実玖が大の字になって眠っていた。
「実玖ちゃん、ぐっすり寝てるわね」
母さんが微笑ましいと言わんばかりにこぼした言葉に、ハディルドが「何から何まですみません」と頭を下げる。
実玖は案の定、昼を食べたら寝てしまった。
むしろ、最後の方なんかうどん食べながら船漕いでたからな。
「あなた達はまだかかりそうなの?」
母さんの言葉に「んー……まだもーしばらくはかかっかな」と返す。
お茶を入れてくれるらしい母さんにコーヒーと紅茶の二択を迫られて、ハディルドがコーヒーを頼んでいる。
セリクは……そもそも母さんの言葉が耳に入ってねーな。
脇目も振らずにレポート用紙にガリガリと魔術陣を書き込んでいるセリクの真剣な横顔を眺めながら、オレは「オレとセリクは麦茶でいーから」と答えた。
今セリクとハディルドが二人がかりで書き上げてんのは、フロウリア側での年に一度……こっちでは7時から2分間しか入れないはずのゲートの、入場時間制限を取っ払うための魔術陣だ。
元々のゲートにそんな制限はなかったらしく「後からかけられた制限を、こちらのゲート側だけ外すのならば簡単だ」とハディルドが言うので、セリクもノリノリで書き始めた。
「……つっても、兄ちゃん達が巡礼に行ってれば、今頃はキリアダン側だよな。馬車でまっすぐ中央を突っ切っても、合流にひと月半はかかるんじゃねーか……?」
オレのこぼした独り言に、セリクが手を止めないまま答える。
「お城の近くは偉い人しか通れないよ」
ハディルドが手を止めてオレを見て、少しだけ震える声で言った。
「あの結界は、端から端まで馬車でひと月かからなかったはずだ……」
「ハディルドさんはさっきの話で、中央の柱は作ってから地下に移動させられたみたいなこと言ったよな」
つまり、結界柱ってのは移動させることができるって事だよな……?
「移動……させたのか……、国土を広げるために……」
セリクの尊敬する頭の良い男は、すぐに気付いたようだ。
「し……、しかし、それでは結界に綻びが生じてしまうだろう」
「少なくともオレが浄化させられた結界柱の本数は、12本どころじゃねーんだよな。外周の結界にでかいのが20本、そんで中くらいのと小さいのが町とか村の周囲に数本ずつ立ってるって感じだ」
「……そんなに、たくさんの、柱が……」
愕然とした様子で、ハディルドが言う。
「なんか最近の元聖女が、教会で結界柱作らされたってぼやいてたんだよな。1年間ほぼ毎日聖力注がされてキツかったって。そんでも小さいサイズの結界柱の4分の1にもならねーサイズだったらしいけどな」
「そんな情報を……どこから……?」
「ま、文明の利器ってやつかな」
オレは答えて、片手でスマホを振ってみせる。
ハディルドはそれだけで理解したようだ。
「今までにも元聖女は結構な数があっちで攫われたまま戻ってねーらしくてさ、戻ってきてねー奴が全部でどんだけいんのか、こっちも掴み切れてねーんだよ」
でかい柱の数が8本増えてんのは、少なくとも8人の元聖女が埋められてるって事だよな……。
「……そうまでして、あの国を広げたいのか……」
ハディルドの言葉には、憤りが滲んでいた。
「結界柱から中のやつを助ける方法はあんのか?」
「中の者を取り出す方法は簡単だ、結界柱のセキュリティを外し、上部を破壊すればいい」
すげーシンプルじゃん。
「そうすれば国を包む結界は壊れ、あの国は終わりを迎えるだろう」
「……それじゃダメなんだよな……」
「たとえ中の者が取り出せたとして、その者が無事かは分からない。肉体の時間はほぼ止まっているから、体は当時と変わらないだろうが……」
「心は無事かわかんねーって話か……」
「……そうだ。……すまない……」
苦しげな謝罪に、お前のせいじゃないとも言いきれず、オレは黙ってそれを受け止めた。
心なぁ……。
7年近く身動き取れずに、あんな深い森に置き去りにされてたんじゃ、嫌にもなるよな……。
オレはデカい結界柱が置かれている場所を思い浮かべる。
デカい結界柱は結界の一番端に置かれている。
瘴気も一番濃いし魔物も出やすいので、必然的に人が近寄らない場所だ。
「時間停止を解くための魔術陣はこうだ」
ハディルドはそう言って、新しいレポート用紙を取り出しサラサラと魔術陣を描く。
そんな難しそうな陣じゃないな。
俺でも覚えれば使えそうな……。
こちらに差し出されたその紙を引き寄せようとした俺を、ハディルドが止めた。
「その陣は……持っていないほうがいいだろう」
「じゃあ、写真だけ撮らせてもらっていいか?」
オレは魔術陣をスマホで撮影して、閲覧にパスワードをかける。
「君は……利発だな」
驚いたような顔で呟くハディルドに、こんだけ頭の良いやつに頭を褒められてもな……と微妙な気分になりつつ「現代人なだけだろ」とオレは答えた。
そういやキリアダンの結界柱が多いのは、あれか? 玲菜が増やしたのか?
オレはスマホを手にしたついでに、SNSのアプリから玲菜にDMで尋ねてみる。
すると、そう待たずに返事が戻ってきた。
キリアダンの結界柱は玲菜がそれぞれ30年ほどかけて作ったらしい。
1本で30年って……、すげー時間かけて作ったんだな、あれ……。
スマホを弄っていたオレに、ハディルドが尋ねる。
「君のお兄さんは、向こうへスマホを持って行ったのか?」
オレはすぐに兄貴のスマホを検索して、最後に検知したのが7時間前なのを確認する。
「持ってってるみたいだな」
「それならこれを使うといい」
ハディルドはそう言って、スマホから小石のついたストラップを外して差し出す。
途端にセリクがパッと顔を上げて、キラキラした目でハディルドに尋ねた。
「鑑定させていただいても構いませんか?」
「ああ、彼に預けておくから後で見てごらん。このまま書き写して、番号のところだけ書き換えたらいい」
どういう事だ……?
ともだちにシェアしよう!

