267 / 305

ワン切りでいーっつったろ

 〈引き続き蒼視点〉  ハディルドの説明によると、小石に施した魔術陣が擬似的に基地局と交換機の役割を果たして、魔力を電波の様に偽装して、指定した番号に電話をかけることができるらしい。  相手がオンラインなら電話と同じ仕組みでメッセージも送れるとか、まあ全角70文字までらしいが。 「アプリベースのやり取りは無理だが」というハディルドに「そりゃそーだろ」と答えるとハディルドは小さく苦笑した。  この人は、俺の事評価してんのか舐めてんのかよくわかんねーな。 「この世界での検証では、消費魔力は5キロ離れた場所へメール一通で睡眠魔法一日分くらいだ」  へぇ。そんくらいなら悪くねーな。 「向こうの世界からこっちの世界にはかけらんねーのか?」  こっちと向こうでやり取りできねーってのが一番不便なんだよな。 「試した事はないが、向こうのゲートが開くのは年に一度だけだろう? どちらも開いている時になら可能かも知れないが、必要な魔力は相当だろうな」 「ふぅん……」  オレは念のため、玲菜と咲希に電話番号を寄越させる。  おい咲希、番号わかんねーってどういう事だよ。覚えとけよ自分の番号くらい。  オレの番号を送ってワン切りするよう要求する。  が、鳴り出したオレのスマホは一向に鳴り止む気配がない。  ブチっと切ると、すぐにもう一度かかってきた。  オレは鳴り止まない電話を受けて、渋々廊下へ出た。 『あっ、蒼さん!』 「ワン切りでいーっつったろ」 『えー、なんでですかー?』  「今お前と話してる暇ねーんだよ」 『なんでケイさんじゃなくて蒼さんが私の番号聞くんですか?』 「っ、兄貴は……今フロウリアだ」 『何かあったんですか?』  真剣な声の響きに、こんなとこだけ鋭いよなこいつ……と内心うんざりする。 「まだわかんねーから、保険だよ保険。いいか、今ちょっと向こうの教会がキナくせーから、咲希はフロウリアに行くんじゃねーぞ?」 『蒼さんは行くんですか?』 「オレは行くけど、対策は取ってる。戻ったら報告すっから、勝手に動くなよ」  オレの言葉に咲希は『ぅぅ~……』と不服そうに呻いて、しばらくなにやら葛藤した後に、観念したように言った。 『……わかりました! 気をつけてくださいね! あ、あとこっちに戻ってない元聖女さん2人がどうなったのかも、わかったら教えてほしいです』 「ああ、わかった。SNSの方でも、しばらく元聖女はフロウリアに入るなって言っといてくれ」 『わかりました』 「じゃあな」 『本当に気をつけてくださいね!』 「わーってるよ」  オレは強引に電話を切る。  はぁ……。  まあ下手に隠すよりはいいか……?  咲希は心配だけさせると、フロウリアに飛び込んでいきそうだからな……。  セリクとハディルドの待つダイニングテーブルに戻ると、ハディルドがオレを見て尋ねる。 「彼女さん?」  びくりと肩を揺らしたのはセリクだった。  そんなこと考えてもいなかった、みたいな顔をしてオレを見上げるのはやめろ。 「んなわけあるか」 「それは失礼。君はスマートだからモテそうだと思っただけだ、他意はない」  他意のないらしいハディルドの言葉に、セリクが黄緑がかった瞳を大きく揺らした。  あーくそ、余計なことでセリクに頭を使わせんのはやめろ。  オレはリビングの方をチラと見る。  実玖はまだぐっすりで、母さんも久々の子守に疲れたのかソファーで寝ているようだ。  オレはセリクの隣の椅子に腰を下ろすと、セリクの肩を抱き寄せて宣言する。 「オレの相手はコイツだけだ」 「アオイ……」  セリクが嬉しそうにオレの名を呼ぶ。 「ほら、いーから作業に戻れよ」  オレの言葉にセリクは「うんっ」と嬉しそうに答えた。  んだよ、いちいちかわいいな……。  一方でポカンと俺達を見つめていたハディルドが、ひとつ大きく頷いた。 「ああ……、なるほど、それでセリク君はそんなに……」  聖力を纏ってるのか、って話だろ?  そーだよ、オレがたっぷり可愛がってんだよ。  わかったらもうオレのセリクの前で余計な話をすんじゃねーよ。  オレが軽く睨むと、ハディルドは「し、失礼した」とぎこちなく机に視線を戻した。  どうやらオレが電話をしている間に、セリクとハディルドは解析作業に戻ったらしい。 「ここは……」「そっちは……」と忙しなく意見を交わし合っている。  昼飯が届く直前までやってた作業だな。  って事は、入場時間制限を取っ払うための魔術陣ってのはもう書き終わったのか。  確かに簡単だとは言ってたが、どう見ても簡単そうな陣じゃなかっただろ……。 「今の作業ってのは後どんくらいかかりそーなんだ?」  オレの言葉にセリクが「んー……」と声を出す。  ハディルドは「1時間ほどだな」とはっきり答えた。 「私の持てる限りの知識を彼に伝え終えたら、もう私は必要ないだろう」 「セリク、それが終わったら行くか? 向こうに」 「そうだね……この後は時間がかかる作業になるから、その方がいいかも」 「んじゃオレは荷物造ってくっから、セリク達はそっち頼むな」  オレは一人部屋に戻って荷造りを始める。  兄貴に渡してしまったフロウリア用リュックの代わりに、自分がいつも高校に行くのに使っている慣れたリュックに、予備でも何でもない普段の筆記用具と、セリクのために買ったばかりの新しいレポート用紙の束を突っ込む。  オレの靴とセリクの靴と……、ああ、兄貴の靴も持ってくか。  ディアは……甲冑のブーツがいいのか?  あー、モバイルバッテリーも持っていきてーな。  兄貴の部屋にあるかな。  オレは家中をうろうろして旅支度を済ませると、リュックを自分の部屋に置いて、またダイニングに戻った。  ハディルドは宣言通りに1時間でゲートの解析に必要なありったけの知識をセリクに詰め込もうとしてるんだろう。  聞いててもまるで分からん解説をするハディルドに対して、それを見つめるセリクの瞳は輝きを極めていて、尊敬MAXみたいなことになっている。  そりゃそうだよな。  さっきからずっと自分の知らない重要なことばっかり教えてくれてんだもんな?  ……わかってっけどさ。  ……かなりムカつくんだが……?  オレ以外にそんな顔すんじゃねーよ。  何だそのうっとりした顔。  そんなにその男が魅力的かよ……。  ああクソッ。  ……自分の心の狭さにうんざりする。  いいか、セリク。  許してやんのは今だけだからな?  向こうに着いたら、しばらくはオレしか見えねーよーにしてやるからな……?  オレは小さく息を吐いて、意識的に視線を逸らす。  時計を見上げれば、15時を回る頃だ。  もう向こうじゃ8か月は経ってんだよな。  兄ちゃんもディアも、元気にしてんのかな……。  ……早く兄ちゃんに会いてーな……。  まさか19時を待たずにオレ達がフロウリアに来るとは思ってねーだろうし、兄ちゃん驚くかもな。  ……驚いた兄貴の顔、見てぇな……。 『わぁ二人ともどうしたの!?』  なんて、言うんだろうな……。  驚きに目を丸くする兄貴の表情を想像すると、ささくれだった心が癒される。  クククと喉の奥で小さく笑うオレに、ハディルドがふと顔を上げて尋ねた。 「蒼君は今いくつなんだ……?」 「オレか? 16だよ」 「まだ……高校生だったのか……」 「セリクは20歳だけどな」 「20歳……?」  ハディルドはオレよりも幼く見えるセリクをじっと見て、それから硬い表情で頷いた。 「ああ……なるほど、そうだったのか」

ともだちにシェアしよう!