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強引な旅立ち
〈引き続き蒼視点〉
どうやらハディルドの解析手伝いも終わったらしいな。
「ハディルド様、本当にありがとうございました! 僕、ハディルド様からご指導いただいた事、一生忘れませんっ!」
感極まった様子のセリクが席を立って、レポート用紙の束を大事そうに胸に抱えて深々と頭をさげる。
オレはそんなセリクを穏やかに見ていられそうになくて、視線をリビングに投げた。
ちょうど母さんはセリクの声に目を覚ましたのか、横たわっていたソファに座り直そうとしている。
オレは母さんに近寄って声をかけた。
「母さん、オレとセリクも今からフロウリアに行ってくっから。父さんは知らねーけど、オレ達は日曜の19時頃までには帰っからな」
「そう、気をつけてね。お土産は期待できるのかしら?」
「土産? どんなんがいーの? 菓子とか?」
「あはは、言ってみただけよ。あんた達が元気に帰ってきてくれれば十分だわ」
母さんはそう言って、ひらひらと手を振ってオレ達をソファーから見送った。
まだ実玖が寝てるから、離れられなかったんだろうな。
オレ達は元気に帰ってくるよ。
ハディルドをオレの部屋に案内すると、ハディルドは鞄から見慣れない物を取り出した。
「これも持っていくといい」
「何だこれ」
「スタンガンと催涙スプレーだ」
「何でそんな物騒なもん持ち歩いてんだよ」
ハディルドはオレに使い方を説明しながら小さく苦笑した。
「七凪や実玖を守りたくて購入したが、いまだかつて利用する機会がなかった。こちらでは不要なようだ」
「そりゃ何よりだな」
オレは手のひらにおさまる小さなスティック型のスタンガンと、同じような小さめのスプレー缶を有り難く受け取って斜めがけの鞄に入れた。
「さて、では入場時間制限を外そうか」
ハディルドが姿見の前に立つ。
「ん? ハディルドさんがやんのか?」
「ああ、元は私の仕事だ」
ハディルドの描き出す魔術陣は完璧で、美しかった。
何でも極めりゃ芸術になんだな、なんてぼんやり思う。
セリクはどんな顔してんのかな、と思いはしたが、それを冷静に受け止められる自信は無くて、オレはセリクの方を見ないように努めた。
姿見がパァッと淡い紫色に光り出して、ゲートになる。
「……懐かしい色だ……」
ポツリと零した言葉には郷愁が滲んでいた。
「もう……見たくもないと、思っていたはずなのにな……」
悔しさのようなものが混ざった声で、ハディルドは零した。
「ハディルドさん、マジで助かった。ありがとうな」
オレは心からの感謝を伝える。
正直ここでセリクがしくじったら、オレだけでは助け切れるか分からなかった。
「いや、久々で腕が鈍っていた。少しは勘を取り戻しておくよ」
鈍っててそれなのかよ。
オレとセリクが靴を履く間に、ハディルドは魔法で指ほどの太さの紐をスルスルと作り出した。
「これは君達の命綱だ。もし出られなければ、これを辿って戻りなさい」
「無事向こうに着いたら?」
オレの問いに、ハディルドはセリクに視線を移すとセリクに紐の端を握らせる。
「セリク君ならこの紐を消せるだろう。これが消えたら私も安心して帰るよ」
信頼の込められた視線を受けて、セリクは胸を張るようにして答える。
「風魔法ですね、お任せください」
おい、そこ、見つめ合うな。
ハディルド、満足げに頷くな。
セリクはお前の弟子じゃねーんだからな?
オレは苛立つ心を堪えきれないままに、セリクの手首を掴んで「ありがとな、行ってくる!」と言い捨ててゲートに飛び込んだ。
「わぁっ」
すぐ横でセリクが慌てるような声を上げる。
オレはもう片方の腕で、セリクの腰をギュッと抱き寄せた。
「絶対離さねーからな」
オレの言葉にセリクが「うん」と答える。
くそっ、嬉しそうな声出しやがって。
オレはお前を、死んでも離してやらねーんだからな!?
足の裏に固い石の感触を感じて、オレは辺りを見回した。
誰もいないゲート前はシンと静まり返っている。
日の傾き具合からしてまだギリギリ午前中ってとこか?
薄曇りの空はどんよりとしている。
肌を刺す寒さに、ああ、こっちはまだ春前だったなと思う。
イライラしていたオレの頭を、冷たい風が冷やす。
はぁ……本当に。
いつまで経ってもオレはガキみてーなヤキモチばっかで、……つくづく嫌んなるよな。
「……悪ぃ、セリク。急に飛び込んで……」
「あ、ううん……」
セリクの声は今までよりも低くて、オレの上の方から聞こえてきた。
隣には、オレより13センチほど背の高いセリクが立っている。
くそっ、またオレのがチビに戻っちまったか……。
20歳のセリクの肩幅や体格は、兄貴と同じくらいの厚みに戻っている。
「ここって本当に、フロウリア……だよね……?」
不安そうなセリクの言葉に、オレはもう一度周囲を見回した。
なんか全体的に薄汚れてんな。
ゲート前には枯葉や枯れ枝が端々に集まり、雪解けの名残が泥の跡を残している。
年に一度以外は掃除もしにきてねーのかな、ここ。
オレの知る司祭のじーさんならこんな風にはしねー気がすっけど、今の教会がどうなってんのかはオレも知らねーからな……。
「フロウリアなのは間違いねーだろ。その紐、もう消していいぞ」
つーか、その紐で今もセリクがハディルドと繋がってんのかと思うと、イラっとすんだよ。
オレはそんなガキっぽい思いを零さないよう押さえつけながら言う。
「う、うん……」
紐を消したセリクの手を取る。
こっちなら、もう人の目なんて関係ねぇ。
「セリク、気ぃ引き締めてくぞ」
「アオイ……、その姿のままで行くの?」
「教会ではこっちだろ。聖女が二人になっちゃマズイしな」
「でも、そのままだと、アオイ……怪我したら……」
おい、いきなり泣きそうな顔すんじゃねーよ。
「大丈夫だ、オレも気をつけっから。行くぞ」
「うん……」
セリクの視線がセリクの左薬指の指輪を確認した。
そこにはセリクが魔力を送り続ける間中、オレに結界を張り続けるシンプルな魔術陣が入っていた。
ああ、セリクは本当に、オレを守る手段を色々持っててくれるよな。
オレにももっと、セリクを守れる手があればいいのにな……。
「なあセリク、オレにもお前の指輪と同じのを作ってくれよ。魔力じゃなくて聖力で動くよーなの、作れねーか?」
セリクは驚いたように瞬いて、それから「うん、ありがとうアオイ」と嬉しそうに笑った。
……やっぱセリクは、この宝石みたいにキラキラした黄緑色の瞳が綺麗だな……。
オレの世界では黄緑色の名残を残したヘーゼルカラーに姿を変えていたセリクの瞳は今、出会った頃と同じ、明るく透き通った黄緑色に戻っていた。
***
傾斜のついた林の中を、俺と騎士の皆は結界柱を目指してジリジリと進んでいた。
「皆、大丈夫!? 穢れてる人はいない!? 怪我も治すから遠慮なく言ってね!」
俺は大きな声を上げて、肩で息をする騎士の皆を一人ずつ確認する。
皆ずいぶん疲弊して苦しそうだ。
やっぱりおかしい。
どうしてこんなに魔物が多いんだ……?
「3班! 2時の方向から、3体来るよ!」
「「はい!」」
近くの村は無事なんだろうか。
野営地で別れたカラサディオ達が向かった村は、小さな村だ。
これだけの量の魔物が向こうへも向かっていたとしたら……あの小さくてのどかな村では、ひとたまりもないんじゃないか……。
焦る心を抑えて、俺は叫ぶ。
「5班! 9時方向から2体! 大きいから2班もフォローに入って!」
「「はい!」」
皆、苦しそうだな……、瘴気が思ったより濃いのか……。
俺はすぐに4班の皆に加護を重ねがけしてから言う。
「加護を重ねに行くから、動くよ、4班の皆!」
「「はい「っス!」」」
5班から順に時計回りで……、と駆け出した俺の足が木の根に取られた。
「っ!」
つんのめる俺の肩を、リンの片腕が強引に掴んで戻す。
リンも今日はずっと剣を握ってるから、片腕が精一杯だったんだろう。
「すみません……」
俺を丁寧に扱えなかった事をリンが謝る。
「ううん、ありがとう」
「ブラウを呼んでおいてください。椅子がわりにはなるでしょう」
確かに、3時間も斜面を歩き続けて俺はもう足がガクガクではある。
リンも今は剣を手放せないから、俺を支える役目は他に任せたいんだな。
「ブラウ」
呼べばブラウはすぐに現れた。
「ブラウ、俺を抱いてくれる?」
答えを待つ間に、ブラウにも加護を重ねがける。
「っ!? もっ、もちろんですっ!!」
答えたブラウの頬がみるみる染まってゆく。
待って?
齟齬がない?
「言い直すね、俺をおんぶしてくれる?」
なるべく齟齬が出ないよう言葉を選んだ結果、ちょっと幼い言い回しになってしまった。
「おんぶ! します!」
ブラウはそれでも嬉々として俺の前にしゃがんで背中を差し出す。
騎士団の皆に比べると細いブラウの背にヒョイと乗る。
あ、でも意外とぐらつくことなく安定してるな。
「っ、胸……っっ」
ブラウが何か小さな声を漏らす。
ん?
ごめん、周りで剣戟の音が響いてて聞き取れなかった。
ヒヤリと冷たい気配はリンからだ。
リンが言い出した癖に、ブラウを睨むのはやめてあげてよ。
「支えるのはケイト様のおみあしだ……必要以上に触れるな……分かってるな……?」
後ろから、地獄の底から喋ってるのかな? ってくらいに低いリンの声が聞こえるんだけど。
「ひっひゃいっ」
可哀想に、立ち上がりながら返事するブラウが噛んじゃってるよ……。
「行くよーっ、5班から時計回りにっ」
俺が進行方向を指差すと、ブラウは俺の指示通りに駆け出した。
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