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暗く濁った結界柱
俺達は全員がヘトヘトの状態で、ようやく結界柱の前まで辿り着いた。
キリアダンを出て4本目の結界柱は、なんだか暗く濁っているように見えた。
「……なんか変な色してねーっスか?」
ヒアッカの言葉に、全員が頷く。
「ここまでの瘴気の濃さもあるし、この柱は手強そうだね……」
範囲浄化までなんとか済ませた俺が結界柱の浄化前に休憩……という名の聖力回復タイムを頼むと、騎士団長のヴィクトルさんは30分休憩を取ると答えた。
確かに騎士の皆さんもここまででかなり疲弊している。
けれど、俺は一刻も早くカラサディオ達の向かった村の方へ戻りたい。
「あの、10分いただければ十分です。必要なら騎士の皆さんにも回復をかけますし……」
焦る俺にヴィクトルさんは苦しそうな顔で小さく笑った。
「ケイト様のお気持ちは分かります。ですが、村に駆け付ける以上、我々は戦える状態で向かわねばなりません」
ヴィクトルさんに視線で促されて、俺は周囲の騎士達を見回す。
確かに、武器や甲冑の手入れが必要そうな人が多いな……。
「そう、ですね。すみません……」
「いいえ、ケイト様もどうか余力を残しておいてください」
「はい、分かりました……」
確かに、聖力のように回復がすぐできない魔力をここで全部使ってしまったら、村に駆け付けた時に今度は治療ができなくなるか……。
ヴィクトルさんの休憩を伝える声が響くと、あちこちから安堵の息が漏れ聞こえた。
休憩……、30分の休憩か……。
ずっと気を張っていたせいか、ホッとした途端全身から力が抜ける。
俺は、おぶってくれていたブラウの背にぐったりと体を預けた。
「はぁぁぁ……疲れたぁ……。ブラウもありがとうね、休憩にしようか……」
「おっ、お胸がっっ」
うん? ごめん、大ため息ついてて聞き取れなかっ――。
「手を離せ」
すぐそばで、刺さりそうな程に鋭い声がして、ブラウが慌てて俺を離す。
「ぅわ」
と、落下感に声を漏らした時には、俺はリンの腕の中に抱き上げられていた。
「ケイト様……申し訳ありません……」
リンは謝りながら、俺の肩口に額を押し付けてくる。
何が……?
なんの謝罪……?
「ブラウに対する謝罪なら、ちゃんとブラウにしてね」
俺の言葉にリンがジロッとブラウに視線を移す。
「……俺は、今日のリンの態度はどうかと思うよ?」
俺の声は俺が思ったよりも、冷たかった。
ギシッとリンの体が硬くなる。
「ブラウはリンのフォローで俺を助けてくれてたんだよ? それなのにその態度はあんまりだろ。リンはブラウにお礼を言ったっていいはずだ」
リンは小さく喉の奥を鳴らしてから、一瞬ギュッと目を閉じて、姿勢を正すと、俺を抱いたままブラウに頭を下げた。
いきなり頭を下げられたブラウの方が驚いて慌てている。
「……すまない。私は愚かにも仲間に礼を欠く態度を取った。私に代わりケイト様を支えてくれた事、……礼を言う」
リンは最後まではっきり伝えた後で、まっすぐ顔を上げてブラウの目を見つめた。
ポカンと口を開けたままのブラウが、リンのまっすぐで真っ青な瞳から目を離せなくなっている。
リンは眼力がすごいからなぁ……。
「……オイラが、仲間……?」
あ、ブラウはそこに驚いてるのか。
「そうだよ。騎士じゃなくても、ブラウは俺を支えてくれる大事な仲間の1人だよ」
ブラウはどうしたらいいのか分からないみたいな顔でおろおろと周囲を見回す。
俺はいつもの4班の皆の顔を見て「ね?」と同意を促す。
俺の視線を受けて、ドルーグとカイルとフォーンが互いに顔を見合わせてから口を開いた。
「まあ、一応なぁ」
「俺はブラウの事仲間だと思ってるぜ」
「襲撃情報が先に知れるのは本当に助かるよ、ありがとう」
クロイスは両手をギュッと拳にして言う。
「僕達、ブラウさんの仲間ですよっ」
ヒアッカは、俺とクロイスの手前か、渋々同意した。
「今んとこは、そーゆーことにしといてやるよ」
「……オイラが、皆の仲間……」
なんだか信じられないみたいな顔をするブラウが不憫に映ったのか、カイルとフォーンがブラウをぐりぐり撫でてちょっかいをかけだしたので、ブラウの事は4班の皆に任せて俺はリンと草陰に入った。
聖力をしっかりチャージしておかないと……。
座り込んだリンの脚の上に下ろされてリンの顔を見上げると、リンはなんだか泣きそうな顔をしていた。
「リン……?」
俺は腕を伸ばして、リンの青い頭をよしよしと撫でる。
「申し訳ありません……。私は……、ケイト様を失望させてしまいました……」
なんだ、そんなことか。
「リンは俺に注意されたら、すぐに反省して謝罪も礼もできてたよ、偉いよ」
普通はこんなに素早く心は入れ替えられないと思うんだけど、リンは口先だけじゃなく、ちゃんと本気で反省できてるところがすごいと思う。
しゅんと落ち込むリンの頭を引き寄せて、慰めるように額や瞼に口付ける。
「あのね、落ち込んでるリンに厳しい事を言うようで悪いんだけど、さっきも言ったように、あの結界柱はちょっと……いや、かなり、手強いと思うんだ」
俺の言葉にリンはハッと暗く濁った結界柱に視線を投げる。
「リンは今まであんな色の結界柱を見た事がある?」
「いいえ、初めて見ました」
「あの結界柱の周りは結界自体も色が褪せてるんだ。これがどういう意味だかわかる?」
「結界自体が……弱っていると……?」
「多分ね」
俺の言葉にリンは息を呑んだ。
「下手したらここを起点に結界自体が崩れかねない。そんな危機的な状況に見えるんだよ、俺の目にはね」
「そんな……」
「今回は、あの結界柱には入らずに、浄化だけして戻るほうが良いかも知れないね……」
「ケイト様がそう感じるのでしたら、そういたしましょう」
「うん、そうだね……。そうしようか」
中の人の事は心配だけど、下手につついて取り返しのつかないことになるとマズイ。
もし万が一結界が壊れてしまったら、最悪この国の人は全員死ぬかもしれない。
これは俺の一存で行うには重過ぎる……。
「そんなわけで、あの結界柱には今まで以上に慎重に向き合わなきゃいけないんだ」
「はい」
「だから、リンにはしっかり前を向いて、俺を支えてほしい」
「はいっ」
キリッと表情を引き締めたリンは最高にかっこいい。
そんなかっこいいリンの青い瞳に、俺の姿だけが映っている。
俺は、世界で一番かっこいいんじゃないかと思えるリンにうっとり見惚れたまま、愛を囁くように伝える。
「リン……頼りにしてるからね……」
「ケイト様……」
どちらともなく唇を重ねると、リンは俺の中へと「必ずお守りします」と決意を注いだ。
***〈蒼視点〉
ゲートのある広場から長い階段を降りて教会の裏手側からそっと敷地内に入る。
石柱の陰から様子をうかがうも、護衛騎士達も巡礼で払っている教会の人影はまばらだ。
「アオイ、どうするの……?」
「いきなり司祭だとかに見つかるより、できれば先に知った奴から話を聞きてーとこだが……」
もうあれから38年だもんな、騎士は45歳で定年だからあの頃の奴らは全員引退してるし、ララだって……もう60歳か……? 流石にここにはいねーよな……。
中庭を囲む廊下の隅でコソコソ話しているオレ達に、不意に声がかけられた。
「……セリク……?」
この声はまさか……。
振り返れば、見慣れた赤毛とオレンジ色の瞳がこちらをのぞいていた。
その隣には長い銀髪と銀青色の瞳まで並んでいる。
「もしかして、シルにエミーか!? 元気そうだな」
オレが言えば、二人は一瞬顔を見合わせて、それからエミーが尋ね返す。
「では、セリクのお隣は、アオイ様ですか……!?」
「ああ、この姿では初めてだな。それにしてもなんで二人が揃って教会にいるんだ?」
聞けば今日は、父さんに呼び出されたシルことシルヴィンがいくつか魔法を使った帰りらしい。
「まさか父さんの我儘でお前らにまで迷惑がかかってっとはな……。はぁ……悪ぃな」
オレが謝ると、二人は父に代わって謝るオレの反応が兄貴と同じだと言って笑った。
オレは、相変わらず情報通のエミーから今の教会の話を聞きつつ、父さんのところへ案内してもらう。
父さんはなぜか教会ではなく教会の裏手の結界柱の前に陣取ってるらしい。
さらにはなぜか金も持ってて機材も揃えて調査隊まで率いてるらしいし。
どういうことだよ……。
そんで、兄貴はやっぱり巡礼に行っていた。
まあ、そんな気はしてたんだよな。
父さんが行くにしろ、別の聖女が行くにしろ、お節介焼きの兄貴は結局ついてってる気がした。
けどよくよく話を聞いてみりゃ、随分面倒なことになってんな……。
兄貴自身が聖女として、しかも父さんの名前で、さらには第二王子まで一緒に巡礼に行ってるって、なんなんだそりゃ。
ん……?
山道を歩くエミーの横顔がなんだか辛そうだな……。
「エミー、どっか具合悪ぃのか?」
オレが尋ねると、エミーは「もう私達も歳ですからね」と苦笑して答えた。
そっか、エミーもシルも60代後半か……。
膝と腰が痛むらしいエミーに、セリクが疲労回復の魔法をかける。
エミーはセリクに、元気にしていたかとかオレに迷惑をかけていないかとか尋ねているが、オレ達はまだ向こうでほんの二十日も過ごしてねーんだよな……。
セリクはあっという間に老け込んでしまった養い親の姿に、どこか傷付いたような顔をしていた。
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