272 / 304
どこも残念じゃねーから(*)(13巻 破滅の足音)
***
30分の休憩時間を使って、俺は結界柱近くの木陰でリンにたっぷりと愛されていた。
「……ん……、ぅ……、んんっ……」
リンの舌は大きくて、聖女の姿をした俺の口には収まりきれず、今にも溢れてしまいそうだ。
既に俺の中には聖力が満タンになっている。
「ぁ……はぁ、も、もう……十分……」
俺の後頭部を片手で覆ってしまえるようなリンの大きな手に包まれたまま、俺はなんとか身を捩ってキスから逃れる。
リンが執拗に俺の口内を撫で回すから、滲んだだけではおさまらなかった生理的な涙がポロリと目の端から零れてしまった。
俺から一瞬も目を離さないリンは、頬を伝いかけた俺の涙を唇でチュッと音を立てて吸い込んだ。
もう全身から力が抜けて腰も立たなくなってしまったのに、俺の身体はその音に反応してぴくりと揺れてしまう。
このままじゃまずい……。
「リン……、もう……、皆のとこ、戻ろ……?」
お腹の奥に集まってしまいそうな熱を息と一緒に吐き出して、俺はリンの胸を押し離すように両手に力を込める。
けれどリンの分厚い胸板は聖女の細腕ではビクともしない。
「……大事な戦いを前に、補給不足があってはいけませんから」
リンは青い瞳を鮮やかな色で揺らして、また俺に顔を寄せてくる。
「も、じゅうぶっ……んんっ、んっ、ぅんんんっっ」
俺の舌をリンの大きな舌が丸ごと包むようにして吸い上げる。
甘い痺れにぞわぞわと首の後ろが粟立つ。
うう……、聖女の姿だと声も女の子だから、なんかすごく恥ずかしいんだよ……。
俺は必死で顔を背けた。
「こんな……、こんなの、ブラウにまる聞こえだよ……」
みっともなく息を切らす俺に、リンが薄く微笑む。
「大丈夫です、遮音をかけてあります」
「い、いつの間に……?」
「ですから、存分にケイト様の愛らしいお声をお聞かせください……」
耳元で囁いたリンの声はまるで俺に甘えているように聞こえて、俺はリンのおねだりに負けてしまわないように、ありったけの理性を総動員して抵抗する。
「いや、そうじゃなくて、聖力はもういっぱ……」
不意に、リンの唇が俺の耳の端を柔らかく咥えた。
「んっ」
そのまま、リンの舌はあろうことか俺の耳の内側へとゆっくり侵入する。
「……ゃ……っ」
ぬるりとした生温かい舌の感触と、耳の中に直接響く水音に、頭の中まで侵されているようだ。
「っ、ぅ……ぁあぁん……っ」
リンの執拗な愛撫になすすべもなく、俺は皆が近くにいる木陰で恥ずかしい声を零し続けるしかなかった。
***〈蒼視点〉
「シル、入ってくれ」
テントに入ったシルは、オレの姿を見て感嘆するように息を吐いた。
「……本当に、あの頃のお姿のままですね……」
「これを元の姿みてーに見せてくれ」
「はい。……残念ですが……幻術をおかけしますね」
苦笑のようなものを浮かべるシルに、オレはゲンナリと返した。
「どこも残念じゃねーから」
オレ達のやりとりに、セリクがクスクス笑っている。
少なくともセリクは、オレが聖女姿から元の姿になるのを残念がってはいない。
それだけで、どこかホッとしてしまう。
ま、コイツは突っ込むより突っ込まれたい奴だからな。
女より男の方がいいんだろう。
シルがオレに丁寧にかけてくれる見たこともない魔術陣を、セリクが興味深げに見つめている。
「終わりました」
両手を下ろしたシルの額にはじわりと汗が滲んでいる。
結構魔力を食いそうな陣だったからな……。
「ありがとな、シル。すげー助かった」
「お役に立てたなら光栄です」
「鑑定をしてみてもいいですか?」
セリクの言葉にシルが頷く。
鑑定をかけたセリクが目を丸くした。
「うわ……すごい……。魔法がかかってる事はなんとかわかるけど、それが何かまではぼんやりしててわかんないや……」
今度はそれに、シルが普段は細めの銀青色の瞳を開く。
「セリクの鑑定では、魔法がかかっていると分かるのか……」
話を聞くと、騎士団で使われている定型魔法の鑑定では、魔法がかかっていることも見抜けなかったらしい。
へぇ。そりゃいいな。
セリクほど腕の良い魔法技師じゃなきゃオレの姿が変わってることはわかんねーってことだろ?
オレは父さんのいるテントへ引き返すと、父さんに声をかける。
「おい聞け、フロウリアと結界柱の成り立ちについての話だ」
「ほほう、それは興味深い」
あれだけパソコン画面しか見ていなかった父さんが、ぐるりと椅子ごとこちらに向き直った。
まあ、ノートパソコンは持ったままだけどな、多分それで聞き取りのメモを取るんだろう。
エミーが「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」と尋ねるのでオレは「これを聞いたせいで死んでも後悔しねーならな」と答える。
すると父さんが顎を撫でるようにして言った。
「では私から先に情報を出そう。これを蒼の持つ情報のリスク計算に役立ててくれたまえ」
父さんは「私の話は、教会のトップや国の中枢に近い位置の者であれば知っている程度の情報だ」というが、それも十分危険なんじゃねーのか?
「聞くのか? エミー、シル。オレは正直お前らには余計なもんに関わんねーでそのまま幸せな余生を送ってほしいと思ってんだがな」
オレの言葉に二人は顔を見合わせてから、柔らかく微笑んだ。
シルが静かに答える。
「我々がまだ少しでもケイト様とアオイ様のお役に立てるのでしたら、それ以上に幸せな余生はございません」
シルの隣でエミーも同じ気持ちだとばかりに深く頷く。
そういやエミーは前ん時も、一生兄ちゃんに仕えたいっつってたな……。
「わかった。覚悟があんならいい。そっちのマリーはどーする? 余計なもん聞かねー方が長生きできるぜ」
「残念ながら、ミノル様がご存じの情報は私もほとんど把握しておりますので……」
ため息をつくような声音で答えたマリーに、父さんが不敵な笑みを浮かべて言う。
「それが残念なことに、今からマリーも知らない話をするつもりだよ」
いや、どこも残念じゃねーって。
マリーが驚いたように目を見開く。
父さんはそんなマリーに宥めるような視線を向けてから言った。
「この話は、まだ若い君は聞かない方が良いだろうね。しばらく席を外していなさい」
マリーは一度唇を開いたが、音を立てないまま閉じた。
諦めて出ていくのかと思ったが、マリーはゆっくりと瞬いて、明るい茶色の瞳を父さんに向けると決意の籠った声で答えた。
「私はケイト様より、ミノル様の暴走を止めるよう使命を受けております。私の知らない情報があるようでは対処できませんので」
なるほどな。
オレは口を開いた。
「あー……、それに関しては、父さんの見張り役はオレが引き継ぐ。兄貴もおそらくマリーしか頼れる奴がいなくて仕方なく頼んだんであって、マリーを危ない目に遭わすのは兄貴の本意じゃねーよ」
「アオイ様……」
マリーはオレの言葉に動揺したように、揺れる瞳でオレを見た。
まあ、マリーからすれば大事な使命を横取りされそうなんだしな。
「エミーとシルに対しても、兄貴なら聞かずに過ごしてほしいと思うだろうが、お前らが聞きたいって言うなら渋々許可すんだろ。オレはそこに倣ってるだけだ」
視界の端で二人が静かに頷いた。
「……では、私がそれを知りたいと願うなら、聞いても構わないのですか」
「お前は、本当に知りてーと思うのか? 家族だとかを巻き込んでもか?」
オレの言葉にマリーはほんの少しの間考えて、それから答えた。
「いいえ。……ミノル様とアオイ様のご高配に感謝いたします」
マリーは頭を下げると足早にテントを出た。
なかなか引き際がいいな。
これは兄ちゃんも父さんを預けるわけだ。
「そんじゃ、父さんの話とやらを聞かせてもらうか」
「その前にひとつ、君はセリク君かね?」
おい、今更だな。
オレはテントの中央に置かれたテーブルを囲う椅子の一つに座っていたセリクに視線を投げる。
「あ、はい、セリクです。自己紹介が遅れまして大変申し訳ありません」
オレがセリクの隣に腰掛けると、セリクはオレと入れ替わりに立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「こんな奴に頭なんか下げねーでいーからな。オレとお前は今朝コイツのせいで死ぬとこだったんだぞ?」
「ぇ、でも……」
「君はそんなに大きかったかね?」
父さんが緩く首を傾げる。
「は、はい、元々はこの大きさで……向こうの世界に移動したら縮みました」
「縮んだ……? ははははは、それは面白い」
おい、手を叩いて笑うとこじゃねーから。
「どこが面白いんだよ」
「その姿が実年齢なのだとしたら、セリク君は年齢より随分と心が幼いという事か」
「す、すみません……」
セリクが申し訳なさそうに縮こまる。
くそっ、何凹ましてんだよっ。
「セリクが謝るとこじゃねーからな」
オレはセリクの大きな背を撫でる。
「ふむ? 何か理由に心当たりがあるのかい?」
「父さんには関係ねーだろ!」
セリクには、奴隷として男達に体を慣らされた頃より古い記憶が無い。
消されてしまった記憶の分だけ幼いのは当然だ。
けど、そんな話をお前にしてやる気は毛頭ねーんだよっ!!
「さっさとテメーの話を済ませろ!」
「全く、蒼はどこにいても怒りん坊だねぇ」
やれやれと肩をすくめる男に、さらに苛立ちが湧き上がる。
そんなオレにセリクが隣から小さく囁く。
「僕は大丈夫だよ。ありがとう、アオイ」
愛を伝えるような甘いセリクの声に、胸をざわつかせる感情がスルスルと小さくなる。
「……ん。ならいい」
小さく答えながら、こんな狭量な自分がどうしようもなく情けなかった。
ともだちにシェアしよう!

