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王様は暇なのか
〈引き続き蒼視点〉
「私は現在、第三王妃セリアンヌの実家であるバッハール伯爵家と、宰相のシヴァール=ロル=ドミンコス公から援助を受けて、人的犠牲の必要無い新しいタイプの結界柱を開発中だよ」
「人的犠牲……って、知ってんのか父さん!?」
「そこの結界柱の底に人が入っているのは私にも確認できたが、科学的に見て生命反応はないね。ただ、鑑定では死亡状態ではないらしいし、まだそこから微量の聖力が吸い上げられている。生きているとは言い切れないが、死んでいるとも言えないところだね」
「……そうか……」
視線を落としたオレの肩に、隣に座るセリクの肩がチョンとだけ触れた。
んだよ。ささやか過ぎんだろ。
お前はいつだって、誰の前だって、オレの手を取ったり肩や背を撫でていいんだよ。
オレはセリクの膝の上で握られたままのセリクの手に、自分の手を重ねた。
すると、セリクの手が緩く開かれる。
緩んだセリクの指の隙間へ指先を潜り込ませると、セリクの手を裏返す。
セリクは微塵も抵抗なく、オレの思い通りにさせてくれる。
セリクの指の間に一本ずつ自分の指を通して、セリクの手をオレの手で抱きしめるように、ぎゅっと握り込む。
いわゆる恋人繋ぎだな。
密着した手のひらに包まれる安堵と同時に、オレよりずっと大きくなってしまったセリクの手に、ほんの少し苦い気持ちが滲んだ。
「んで、その第三王妃サマと宰相サンってのはいきなりどっから出てきたんだよ」
「研究をしようにも、先立つものがなければ難しいからね。パトロンが必要だったんだよ」
「つまり父さんの方から連絡したってことか?」
「第三王妃のセリアンヌ妃にはね。これでもなるべく王位争いだとかに巻き込まれにくい選択をしたつもりだがねぇ」
父の話によると王様には3人の王妃がいて、王子が4人、王女が3人いるらしい。
第一王妃との仲は悪くないし第一王子にも特に問題がないらしいので、何事もなければ現在27歳の第一王子が王位を継ぐ予定らしい。
……が、第二王妃と第三王妃も「叶うことなら自分の子を王に据えたい」と思っているらしい。
なんなんだよ、面倒だな。
第一王子が悪い奴じゃねーならいーじゃねーかよ。
第一王子が27歳、第二王子が24歳、この二人が第一王妃の子で、第三王子は第二王妃の子で23歳、第四王子は第三王妃の子で10歳、か。
確かに、既に上に3人も男がいる上、3人とは年も離れてるし、第三王妃を応援する派閥は多くなさそうか。
「セリアンヌ妃と詳細を詰め始めたあたりで、宰相のシヴァール公に気づかれてしまってね。シヴァール公の方から援助の打診が来たんだよ。研究結果を報告する代わりに援助しようってね」
つまり『怪しい奴だな、見張っておこう』と父さんは宰相サマに目をつけられてるわけだ。
「シヴァール公とは何度か会って話したが、聡明な人だよ。私の研究にも理解を示してくれている。王政初期からの歴史ある公爵家で、現在の政務のほぼ全てを取り仕切っている人だ。権力も財力も十分だから、どうしても困った時には私の名を出して頼るのもありだろうな。悪人ではないよ」
そりゃつまり、悪人ではないが善人でもないって事か……?
まあ兄ちゃんみたいな根っからの善人には宰相職なんて務まんねーだろうしな。
「シヴァール公は順当に第一王子が即位する事を望んでいる人だからね。両家から同程度の援助を受けておけば、いざどちらかに研究成果を寄越せと言われてももう片方の名を出して牽制できるだろう?」
なるほど……。
「まあ、この国には他国が存在しないからねぇ……。王族は他国との国交もなければ戦争もなく、領地の管理は貴族達に任せているとくればね」
「……つまり、王様は暇なのか……?」
「そうだろうね」
……暇だから、王位を争っている、と……?
ハディルドの話は今朝聞いたばかりだった。
だから、ハディルドや当時の奴らがどれほど血反吐を吐いてこの場所を守り切ったのか、それを当時の王がどう扱ったのかに関して抱いたオレの憤りは、まだ燻ったままだった。
「……もう、そんな王政は潰した方がいーんじゃねーの……?」
自分の声は自分が思ったよりも殺気に満ちていて、隣でセリクが小さく肩を揺らしてしまった。
オレは握り合った手の親指の腹でセリクの親指の背をそっと撫でる。
「おやおや、蒼の持ってきた情報は『そんな』話なのかい?」
「残念ながらな」
オレは父の言葉を借りるようにして答える。
「ふむ。まあ私の研究の進捗はこんなところだよ」
言って父さんはオレ達の座るテーブルに紙束をポンと置いた。
セリクが片手を伸ばしかけて、オレの顔を見る。
「見てみろよ」と言って繋いでいた手を解いてやると、セリクは「ありがとう」と小さく微笑んで資料の束を捲り始めた。
「アオイ様……」
おずおずとかけられた声に、エミーを見る。
「結界柱の中に……人というのは……」
「はっきり言っていーのか?」
「はい、お願いします」
まあ、エミーもシルもなんとなくはわかってんだろうし、いいか。
「オレ達が浄化してた結界柱の、一番外側で結界を支えてるやつには、20本全部に聖女か元聖女が生きたまま入れられてんだよ。今もずっと、あん中で結界を維持するための聖力を取られてんだと」
オレの説明に、エミーが両手で口を押さえて悲鳴を飲み込んだ。
別に遮音かかってるし叫んでもいいけどな。
大きく目を見開いたエミーとは対照的に、シルは銀青色の瞳を伏せている。
シルが元聖女を攫う事に関わったのも、結局こーゆー背景があったからなんだろうな……。
「シルは知ってたのか?」
「いいえ……。申し訳ありません……」
なんだその謝罪は。
ああ、当時もうちょい自分の目で確かめておきゃよかったって後悔か?
もしあの頃にそんなことしてたら、お前は今頃消されてんじゃねーのか?
「謝るとこじゃねーだろ。シルが無事でよかったって、兄貴なら言うとこだ」
オレが言うと、シルは少し大きく目を開く。
そんなシルの肩を、エミーがそっと撫でた。
シルの事もエミーの事も、もうオレが慰める必要はねーんだな。
二人はそのまま……幸せに末長く暮らしましたって、戦線離脱しててくれたらよかったのにな。
……ロイスみたいに野垂れ死ぬ前にさ……。
オレ達のこと助けてくれんのはありがてーけどさ。
頼むから、あんま危ねー事に首突っ込まねーでくれよ?
「んで、父さんの新型結界柱は、兄貴が戻るまでに完成すんのか?」
父さんはオレの言葉に、びっくりしたような顔で瞬いてから苦笑いを浮かべる。
あ、これはダメだな。
「そうだなぁ……。あと2年あれば、テストには漕ぎつけるだろうな」
「先の長ぇ話だな」
「蒼は短気でいけないね。3年でテストまで漕ぎつけられれば十分な速度だろう?」
うーん……、まあハディルド達は結界のシステムを作るのに6年か7年かけてたわけだし十分早い方か……?
オレは内心で首を傾げつつも、ハディルドから聞いたフロウリアの成り立ちの話を伝える。
エミーとシルは大層衝撃を受けていた様子だったが、父さんはカタカタカタとキーボードを打ち終えると、画面を見返しながら口を開く。
「ふむ……。まあそんなところだろうと思っていた範囲か」
父さんは画面からオレに視線を移すと、つまらなそうに口を尖らせた。
「予測を裏切らない結果なのは面白くないね。もっと予想外の展開が聞きたかったよ」
オレは半眼でげんなりと父を見る。
「お前を喜ばそうとしてんじゃねーから」
「しかし……シヴァール公には結界が壊れるとこの国は終わりだとか、結界柱の調査には細心の注意を払うよう言われてはいたが、その状態では本当に、1箇所でも崩れてしまえば終わりのようだねぇ」
はははははって、楽しそうに笑ってっけど、全然笑い事じゃねーからな?
「どうやら結界柱から取り出せる聖力も年々減っているようでね。それは教会も国も把握はしているのだろう、私の研究は成果次第で国をあげてのプロジェクトにしてもらえそうだからね。私はしばらくこの方向で頑張ってみようと思うよ」
なるほどな……。そろそろ後がねぇって事に、気づいてる奴もほんの一部いるってとこか……。
状況としては、まずは父さんが今の結界柱の代替品を準備できるか次第なんだな。
「そんでも、結界柱作んのってすげー聖力いるんじゃねーの? 玲菜の話だと中くらいサイズの柱で1本につき30年は聖力注いだらしーけど?」
「蒼には結界柱を作った知り合いがいるのかね?」
「まーな」
オレは玲菜が送ってくれた画像……結界柱の作り方と解説が入ったものをスマホで見せる。
「ふむ。なかなかにシンプルな構造だ」
父さんの言うとおり、結界柱そのものは簡単な作りだ。
物体を閉じ込める。
時間を止める。
中から聖力だけを取り出して外へ少しずつ流す。
そんなシンプルな3つの魔術陣で結界柱は出来ている。
ただ、その結界柱の外側はそれこそ複雑で厳重な防護魔法に、ガッツリ守られてんだよな……。
「中の奴を取り出すには柱の上んとこを壊せばいいらしい。けど、そのためには厳重な防護魔法のセキュリティーを突破しねーとなんだよ。ゲートの時のように、手順をミスれば反動で死ぬ、ってヤツだ」
セリクをまた危ない目に遭わせんのは嫌だが、セリク以外にはできねーだろーしな……。
オレは苦い気分でセリクの横顔を見る。
セリクはまだ夢中で父さんの研究資料を読み込んでいる。
「なるほど、ではそのセキュリティー解除作業は私がやろう」
「……は?」
「私はミスをしないからね」
何だその自信。
「吹っ飛ばされたら最悪死ぬぞ?」
「この体には安全装置がついているんだろう?」
……まあ、そりゃそーだが……。
死ぬ前に離脱できる仕組みじゃねーから、死ぬのは死ぬんだが……いいのか?
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