274 / 304

聖力増幅器

 〈引き続き蒼視点〉 「つーかその前に、あのデカさの柱作ろうとしたら何十年も聖力注がねーとだろ」  オレの言葉に父さんはニヤッと笑って何やら両手に乗るサイズの箱のようなものをオレに見せる。  箱の中にはいくつもの魔術陣が重なってるように見えるな、魔道具か。 「そこはこれ、聖力増幅器だよ。むしろ私はここまでひたすらこれを作っていたんだからね」 「増幅……」 「我々は音や光や電気を、増幅して使うだろう?」 「つっても聖力はあれだぞ……愛だぞ……?」  電気だとかとは、ちげーだろ。 「0から1を生み出すことは難しいが、そこにある感情を増やすことはそう難しくないさ」  感情……。  そうか、聖力は、感情の一種なのか。  オレはテントの隅をぼんやり眺めたまま呟いた。 「……じゃあ瘴気ってのも、感情の一種なのかもしんねーな」 「瘴気も……? そうか、確かに……そうだ。そうだな。間違いないだろう」  父さんは何事かぶつぶつ口の中で呟いて、そのままパソコンに向かってカタカタやり出した。  瘴気が、人の悲しみや苦しみや憎しみで出来てんだとしたら……。  瘴気を纏った魔物が、見るだけでぞわっと嫌な感じがすんのも、そのせいなのかもな……。  つーか、瘴気発生装置に入れられてる人達って、嫌な感情が尽きたりしねーのかな。  ハディルドの話では、もう身体は残ってねーらしいのに……。  ……いっぱい入れられてっからな……。  100人が狭いとこにぎゅうぎゅう詰めじゃあ、嫌な気持ちってのはいつまでも尽きねーのかもしんねーな……。  あー……。  兄ちゃんが、瘴気発生装置の事知ったら……。  ……下手したら、そいつらまで助けに行くとか……言わねーか……??  オレはエミーとシルの方へ顔を向けて、尋ねる。 「なあ、瘴気発生装置の事って、兄貴が知ったら……どーすると思う?」  エミーは一瞬考えてから、大きく頷いて言う。 「ケイト様にそのお話をなさるのは、結界柱の問題が片付いてからが良いかと存じます」  隣ではシルも同意を示すように苦笑している。  オレは「そーだな」と頷いて、父さんに視線を戻す。 「父さん、瘴気の発生原因についてはオレがタイミングをみて兄貴に話すから、父さんは黙っててくれよ」  念を押したオレの言葉を、父さんはまるで聞いていない様子だ。  話を聞いてないって点では、オレの隣のセリクも、何やらテーブルにレポート用紙を出して父さんの資料をみながら夢中でサラサラと複雑そうな魔術陣を書き込んでいる。  こっちもやっぱ、俺達の話は全然耳に入ってねーよな。  ……オレの周りはこんな奴ばっかかよ……。  つーか父さんがまだしばらくここにいんなら、オレとセリクも兄ちゃんが教会に戻るまでは、ここにいる方がいーんじゃねーか?  オレは立ち上がると、集中する父さんの肩を掴んで「おい、ちょっと話を聞け」と揺さぶった。  ***  嫌な予感がした。  すぐ足元に死が迫っているような、そんな予感が……。  俺は下ろそうとした足を空中で留めたまま、じっと足元を見つめた。 「皆、これ以上近づかないで」  俺の言葉に全員が動きを止める。  俺も、慎重に足を引いて、一歩下がる。  よくよく見ると、結界柱には地面と接した所から無数のヒビが入っており、カドの部分がほんの少し欠けていた。  ああ、マズイな。  これ以上ヒビが広がったら、結界柱が崩れてしまう。  俺は直感的にそう確信した。  全員を十分に下がらせてから、俺は結界柱を浄化する。  中の人はどうなっているんだろうか……。  そう思うと、心配で胸が張り裂けそうになる。  どうかお願いだ。  もう少し……、もう少しだけ、このまま耐えていてほしい。  俺が必ず、あなたを助けにくるからね……。  精一杯の祈りを込めて、俺は傷付いた結界柱を浄化する。  結界柱は一見元の色に戻ったようだけど、俺にはまだなんとなく濁っているように見えた。  俺は騎士団長のヴィクトルさんに、感じたことを踏まえて現状を報告する。 「分かりました。この結界柱には誰も近づかないよう、国に警備兵の派遣を至急要請します」  そう答えたヴィクトルさんが、騎士達を見渡して大きな声で指示を出す。 「これより全員迅速に村へ向かう! 道中の魔物は回避できないもののみ討伐する! 最優先は村の安全確保である!」  ヴィクトルさんの言葉に、準備を整えた騎士達が気合の籠った声で応える。  俺の胸に焦りが溢れ出す。  カラサディオ、リサ、ダリスも皆、無事でいて……!  走ろうとした俺をヒョイと抱き上げて駆け出したのはリンだった。  もうこの周辺に魔物はいないので、リンが俺を抱えて馬達の待つ場所まで連れて行ってくれるのか。  でも、向こうでも戦闘があるかもしれないし、リンも体力は温存しておいた方がいいと思うんだけど……。 「リン、疲れない?」  俺の言葉にリンが小さく笑う。 「ケイト様が私の腕にいらっしゃると力が湧きます」  うっ。  すごいイイ顔してるし……。  そんな風に言われちゃ、断れないよな。  俺は「ありがとう」と囁くと、リンの動きを邪魔しないよう、甲冑に包まれたリンの胸にぎゅっと身を寄せた。  ***〈ダリスガンド視点〉  我々は、結界柱を浄化しに行く聖女様達と別れて村へ向かっていた。  ここまでの道程で、我々は全員聖女様より加護をいただいている。  それは瘴気が濃かったためだが……。  村へ近づくほどに瘴気は薄まりつつはあった。  だが、それでもこの濃さでは、……魔物が湧くのではないだろうか?  そんな私の懸念は、村が見えてくる頃には黒々とした魔物として姿を現した。  人々の悲鳴に、まだ生き残っている者がいるのだと安堵する程に、村にいた魔物の数は多かった。 「馬車を止めろ! 夜番の騎士達を叩き起こせ!」  私は馬車から飛び降りると、カラサディオに「私が戻るまでここから出ないでください」と告げる。  私兵の一部を馬車の護衛に残し、残りの私兵を村へと向かわせる。 「瘴気への対応は分かっているな!? 聖球を必ず持参しろ!」  私兵達には、魔物を相手にする事への怯えを滲ませる者がいくらか見受けられる。  くそっ!  どうしてそうお前達は意気地がないんだ!  私も村へ行く方が戦力にはなるが、今はカラサディオの身を守ることが最優先だ。  焦りと苛立ちがチリチリと胃を炙る。 「早く行け! 一人でも多くの命を守るんだ!」  こちらがモタモタしている間に、寝ていたはずの夜番の護衛騎士達が荷馬車から降りて我々の横を駆け抜ける。  この短時間で甲冑まで身につけたというのか。  騎士達は村に入る頃には5人毎に完璧な陣形を組み、それを崩す事なく戦闘に突入した。 「怯むな! 騎士達に続け!」  私兵達がようやく駆け出すのを焦れながら見送っていると、カラサディオが馬車から顔を出した。 「ダリス」 「なんですか、ここは危険ですので引っ込んでおいてください」 「向こうの荷馬車にシオンともう一人残っているはずだろう。こちらでまとまっておく方がいいのではないか?」  あの男か……。  確かに、魔物との戦いに慣れたあの男がここにいれば、カラサディオの守りも厚くはなる。  足の速い私兵に声をかけ、向こうから二人を連れてくるよう伝える。  こんな時ブラウがいれば大声を出すだけで通じるのに、と一瞬思ってしまってから、私はそれを打ち消した。  眼裏に、孤児院の特別教育棟での光景が蘇る。  あんな非道な行為が、あの場所でずっと行われてきたというのか。  年に二度は自身で視察を行っていたのに。  あれは何の役にも立たない事だったのか。  一度でも不意打ちで訪ねていれば、異変に気づけただろうに。  どうして私は今までそうしなかったのか。  私が良かれと思ってブラウをあそこに推薦した事は、ブラウにとっては不幸でしかなかったのか。  ブラウが『褒められる事』にしか価値を見出せない人間になったのは、私の責任なのではないのか……。  私は…………。 「ダリス、集中しろ」  言葉こそ叱責だったが、カラサディオの静かな声は、私を慰めていた。  顔を上げると、この世の何より美しい青紫色の瞳が私を見つめている。  ああ、いつ見てもカラサディオは美しい……。  今まで数えきれないほどに繰り返したその思いを、私は今日もまた新たにする。  私の仕える主人は、この世で一番美しい。  カラサディオの眼差しに私が心を奪われたのは、いつからだったのだろうか……。

ともだちにシェアしよう!