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ダリスガンドの目に映るカラサディオの姿(1/2)

 〈引き続きダリスガンド視点〉  私よりひとつ年上のカラサディオは、13歳で学院に通い始めるまでは女性に囲まれるような事もなく、いつも城の奥の庭園で1人静かに本を読んでいるような少年だった。  父にカラサディオ様の遊び相手を務めるよう言われたのは私が4歳の頃だ。  5歳のカラサディオは4歳の私にはとても落ち着いた年上の少年に見えた。  その頃は母が赤子を産んで間もなく、家族も屋敷の者も、皆愛らしい妹に夢中だった。  ほんの少しの寂しさや疎外感を抱えていた当時の私に、カラサディオはまるで兄のように優しく接してくれた。 「やあダリス、また来てくれたんだね。今日は何をして遊ぼうか」  幼い私が庭園の東屋へ顔を覗かせると、カラサディオはいつも優しく微笑んで、温かく迎え入れてくれた。  城で遊んだ日の夕方には、カラサディオと別れたくなくて、幼い私はじたばたとみっともなく足掻いて別れを引き延ばしていた。  その日も、夕焼けに染まる庭園で、私はカラサディオの手をなかなか離せないでいた。  あの家に帰るのは嫌だ。  皆が妹にばかり夢中で、僕の事なんかどうでもいいんだ。  新しい剣の型を覚えたんだよって、母様見てって声をかけたのに、ちょっと待ってねとか、後でねとか、そんな返事ばっかりで、結局見てくれなかったんだ。  幼い私はぐずぐずとそんな事を言って、カラサディオを困らせていた。 「カラサディオ様が、僕の兄様だったらよかったのに……」  俯く私の頭をカラサディオが優しく撫でる。  見上げたカラサディオは美しく透き通る青紫の瞳で、幼い私に優しく微笑んだ。 「ダリスは嬉しい事を言ってくれるね。私もダリスみたいな弟が欲しいよ」  季節の花々が揺れる夕焼け色の庭園の中で、私を見つめるカラサディオがあまりにも綺麗で、幼い私は息を止めたまま、瞬きすらできなかった。  真っ赤な髪がカラサディオの頬をさらさらと撫でる。  そこにまるで違う青い色が幾筋も入っているのがとても不思議で、でもとても美しかった。  以前父に尋ねた事がある。  どうしてカラサディオ様はあんな不思議な髪色をしているのかと。  父は「高貴な方だからだ」と答えた。  じゃあ、今……この世界で一番高貴な血筋の王子様が、僕のことを欲しいって言ったのか……?  ドクンと大きく音を立てた心臓が苦しくて、でもその息苦しさがどうしようもなく心地良くて……。  私を見つめて美しく瞬く青紫色の瞳はなんだか美味しそうで、食べてしまいたいほど綺麗だった。  それ以来、カラサディオは今まで以上に私の兄のように振る舞うようになった。  そんなカラサディオに、幼い私はベタベタに甘えていた。  言葉も崩して構わないと言われて、幼い私は畏れ多くもカラサディオを呼び捨てにしていた。  後から、ちょうど私に妹ができた一年前に、カラサディオにも妹が生まれていたのだと知った。  おそらくそれで、カラサディオは寂しがる私を放っておけなかったのだろう。  出会った頃は私より頭半分ほどは背の高かったカラサディオだが、少しずつ私が追い付いて、私が9歳になる頃には同じほどの背丈となっていた。  10歳のカラサディオと9歳の私は、隣を見ればそれだけでぴったりと視線が合った。  青紫の宝石のような瞳が近くで瞬く度に、私の心臓は大きく跳ねた。  私は7歳を迎えた頃から騎士見習い候補として、城に隣接している近衛騎士の練習場で雑用仕事を始めていて、その頃には体にも少しずつ筋肉が付き、口調も粗雑になっていた。  カラサディオは私……当時の俺のために、毎日のように近衛騎士の練習場に顔を出してくれて、時々差し入れを持ってきてくれた。  そんなある日、カラサディオのくれた菓子に毒が入っていた。  きっと、1つ2つ食べた程度では腹も下さないほどの毒だったのだろう。  実際、鑑定では何も見つからなかったらしい。  カラサディオが「沢山いただいたから、皆でわけておくれ」と2箱持ってきてくれた菓子を、俺は誰にも渡さずに一人で全部食べた。  カラサディオのくれた菓子を、他の誰にも食べさせたくなかった。  そのせいで、食い過ぎた俺は毒にやられて倒れた。  俺の意識が戻った時、ベッド脇に来た父には「よくやったと言っていいのか分からんが、結果的にはお手柄だ」と何とも複雑そうな顔で言われた。  カラサディオはあの菓子を気に入っていて、毎日ひとつずつ食べていたらしい。 「美味しいからと一気に沢山食べては体に毒ですからね。毎日1つずついただきましょう」  カラサディオにそう勧めて毎日お茶の時間に菓子を出していた侍女は、菓子を持ってきてくれた伯爵と裏で繋がっていた。  主治医の言うところによると、そうやって少量ずつ摂取していると、次第に弱って寝たきりになってしまうところだったらしい。  カラサディオ付きの侍女達は、カラサディオの母である第一王妃様の希望で全員入れ替えられた。  この時新しく付いた侍女達の中に、14歳の見習い侍女のリーサリース……リサもいた。  倒れた俺は、意識は戻ったものの、毒の後遺症でしばらく起き上がる事ができなかった。  カラサディオは毎日俺の様子を見に来ては、寝たきりの俺の隣で、謝罪を繰り返した。  カラサディオにとって一番大事な俺が、カラサディオの渡した菓子を食べて死にかけた。  その事実は、カラサディオにとって自分の命を脅かされるより恐ろしい事だったようだ。  カラサディオの罪悪感が日々募ってゆく様子に、俺は一日も早く動けるようにならなければと焦った。  あの美しい瞳に、悲しい涙を浮かべてほしくない。  今も俺のいないところで、カラサディオは一人罪悪感に押し潰されて泣いているのではないだろうかと思う度に、息が止まるほど胸が痛かった。  そんな日が一週間ほど続いた頃、見舞いに来たカラサディオはついに俺の手を大事そうに両手で握りしめたまま泣き出してしまった。  カラサディオは美しい青紫色の瞳が溶けてしまうほどボロボロと涙を溢れさせながら、形の良い唇で自身の迂闊さを繰り返し詰り、俺の代わりに自分が死ねばよかったのにと激しく悔やんでいた。  そんなカラサディオの姿が、傷付き震える儚いほどに小さな肩が、どれほど俺を大事にしているのか伝えてくれているようで、不謹慎にも俺の胸は熱く高鳴ってしまう。 「わ……私なんて……生まれてこなければよかったのに……。私がいなければ、ダリスはこんな目に遭わなくてよかったのに……」 「カラサディオがいなきゃ、俺と同じ歳のドゥクシオ様が第二王子になってしまうだろ」 「それは……」 「カラサディオはリヴァルド殿下を支えたいんだろ? それならカラサディオがちゃんと第二王子でいなきゃダメじゃないか」 「……でも、私がそばにいては、またダリスを辛い目に遭わせてしまう……」  そう言って苦しげに涙を零すカラサディオは、今にも壊れてしまいそうなほどに追い詰められていて、俺はなんとか動かせる右腕だけでカラサディオの頭を自分の肩へ引き寄せた。 「カラサディオ……」  ああ、こんなにカラサディオは悲しんでいるのに。  傷付いているのに。  それがどうしようもなく嬉しいなんて、俺はどこかがおかしいんだろうか。  泣かせたくないと思っていたはずなのに。  俺を思って泣くカラサディオの姿はどうしようもなく美しくて、この姿を俺だけの物にしたくなってしまう。  どこか誰にも見つからないところに閉じ込めて、カラサディオを他の誰にも見せたくない。  俺は将来父のような近衛兵になって、カラサディオの身も心も全て守るのが使命なのに……。 「ダリス……」  兄のような存在で、いつも俺を優しく励ましてくれるカラサディオが、こんなに弱々しく俺の肩に縋り付いている。  それが言葉にならないほど嬉しい。  俺が守ってやりたい。  この壊れそうな人を、俺が、俺だけが、ずっとずっと。  カラサディオは、剣を握り慣れている俺より少し小さな白い手で俺の服をギュッと握り締めている。  その手が震えていることに気づいて、なんだかたまらない気持ちになる。 「……ダリスが死んでしまったら、私は生きていけない……」  涙に滲んだ声で告げられた言葉は、まだ柔らかかった9歳の俺の心に深く突き刺さった。

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