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ダリスガンドの目に映るカラサディオの姿(2/2)

 〈引き続きダリスガンド視点〉  俺がいなくなったら……カラサディオは死ぬのか……。  ただの言葉のあやかもしれない。  そこまでの意味ではなかったのかもしれない。  だが動かせない俺の体にポタポタと染み込む雫は温かくて、止めどなくて……。  もしかすると本当に、俺が死んだらカラサディオは死ぬんじゃないかと思った。 「しっかりしろよ、俺が付いててやるから」 「ダリス……」  顔を上げたカラサディオの濡れる瞳が、俺に縋り付くようにして俺をじっと見つめている。  カラサディオの青紫の瞳に、俺の姿だけが映っている。  俺が大事でたまらないという気持ちが、痛いほどに伝わってくる。  動かない俺の体が、まるで燃え盛る火の中に投げ入れられたかのようにカッと熱くなった。 「心配すんなって。こんな毒、すぐ蹴散らしてやるよ」  俺が笑って背中を撫でてやれば、カラサディオは不安げに瞳を揺らして尋ねる。 「……ほんとうに……?」 「ああ、すぐ元気になる」  なんの根拠もない俺の言葉に、カラサディオはそれでもホッと小さな笑みを滲ませる。 「もう泣くなよ」  俺の前でならいいけれど、俺のいないところでカラサディオが泣くのは絶対に嫌だ。 「……わかった。ダリス……はやく……、早く、元気になってくれ」 「ああ、もちろんだ」  俺は、カラサディオの頬を伝う涙を重い右手でなんとか拭う。  安心させるように優しく笑いかけると、カラサディオの細い体は素直に震えを止めた。  俺の言葉で安心したのかと思うと、また胸が弾んだ。  その日の夜。  なかなか回復しない俺に、父はどこからか淡く光る球を持ってきた。 「昔の仲間に無理を言って1つ譲ってもらった」  そう言った父が、その貴重な球をいきなり床に叩き付けて割ったのに驚いた記憶がある。  あの時は、何の魔道具だったのだろうと思っていたが、今なら分かる。  あれは聖球だったのだ。  聖女が心を込めて注いだ聖なる力のおかげで、俺の身体に残っていた毒は浄化された。  翌朝、健気に朝一番で俺の様子を見にきたカラサディオは、ベッドに起き上がる俺を見て、また青紫色の瞳に涙を浮かべた。 「ダリス……っ、もう起き上がれるのか? 具合はどうだ?」  俺にまっすぐ駆け寄ってきたカラサディオに、俺は「もう大丈夫だ、すっかり元気になった」と答えた。  しばらく寝たきりだった身体は重く動かしづらかったが、俺は精一杯元気なフリをした。 「ああ……、ダリス……本当に……本当に、良かった……」  カラサディオはベッドに膝で上がると、虚勢を張った俺の体をギュッと抱きしめて、また涙をこぼした。  俺を映して幸せそうに微笑む青紫色の瞳は、たまらなく美しかった。  嬉しくて泣いたのは初めてだと、カラサディオは言った。  カラサディオの初めての涙をもらえたことが嬉しくて、俺は舞い上がった。 「こんくらい大したことねーよ。カラサディオの役に立ったなら十分だ」  けど、俺の言葉にカラサディオは喜ぶどころか苦い物でも食べたかのような顔をして俯いた。 「ダリス……本当にすまなかった。もう二度と、このようなことは起こさないから……」  涙に濡れるカラサディオの声には、どこか決意のような物が滲んでいた。  それからの俺は、これまで言われるままに行っていた剣の修練の全てに、本気で取り組むようになった。  今までは、カラサディオを守るという事があまりピンときていなかった。  けれど、この件で俺はようやくそれを理解した。  本当にカラサディオは、この城にいても命を失う可能性があるという事実を。  そんなこと、俺が許すものか。  カラサディオの命を狙う奴は、俺が全て排除する。  そのためには、誰にも負けない腕が必要だ。  俺はカラサディオを二度と不安にさせまいと、剣を磨き力をつけた。  ずっと、カラサディオの隣で、カラサディオを守り続けられるようにと。  カラサディオは相変わらず毎日のように近衛騎士の練習場に顔を出してくれていたが、誰が作ったのか分からない食べ物を俺に渡す事はなくなった。  代わりに、時々城の調理場で作ったというシンプルな焼き菓子や揚げ菓子を持ってくるようになった。  俺が揚げドーナツを気に入ったと言ってからは、コロンとした一口大の揚げたてのドーナツをよく持ってきてくれていた。 「近衛騎士の皆で食べてくれ」  そう言うカラサディオの言葉に反して、俺は懲りずにそれをよく独占していた。  そういえば、この旅でも火事の日に一度カラサディオが揚げドーナツを差し入れてくれたが、あれはどこで作ったのだろうか。  いつもは城の料理人が作っていたんだろうが、あの日はリサが作ったのか?  甘過ぎない生地で俺の口に丁度良いサイズのドーナツは、今までと全く変わらないように見えたが……。 「ダリス! 魔物だ!」  カラサディオの声が、鋭く俺を呼んだ。  美しい人の視線の先には、黒々とした闇を纏った四つ足の魔物が居た。  俺は一瞬の回想から戻ると、声を張り上げる。 「馬車に近づけるな!」  私兵達は馬車を背にして剣を構えているものの、魔物に立ち向かおうという者はいないのか、その足は動かない。 「イド、ベルク、私に続け! 後の者は馬車を守れ!」   腕の立つ2人の名を呼んで、私は魔物へと駆け出した。  背後で小さく息を呑む音がした。  カラサディオだ。  ああ、カラサディオが私を心配している。  行くなとも言えずに、きっと私の無事を祈りながら、私の背を必死で見つめているのだろう。  あの青紫色の美しい瞳で。  そう思うだけで私の胸は大きく震えて、全身に力が満ちる。  カラサディオの前で魔物を難なく退治して、カラサディオにいいところを見せたい。  いくつになっても、そんな子どもじみた思いで頭がいっぱいになってしまう。  私は、後ろから来る2人の位置を確認すると、魔物目掛けて斬り込んだ。  〈カラサディオ視点〉  ダリスは私のそばを離れると、躊躇うことなく魔物へ向かって行ってしまった。  私をチラとも振り返ることなく駆けて行く後ろ姿に、どうしようもなく不安が募る。  私は、ダリスの無事と勝利を強く祈った。  ダリスは魔物に一閃を入れるが、魔物には痛覚がないのか怯むことなくダリスに飛びかかった。  バッと後ろに飛んだダリスの残像を魔物の爪が薙ぎ払う。  思わずダリスの名を叫んでしまいそうな焦燥に駆られる。  私兵の2人が魔物に斬りかかり、そこへダリスが大きな体躯を生かした豪快な剣捌きで魔物の首を切り落とした。  魔物からは一滴の血も零れることはなかった。  狂ったように暴れる魔物の四肢から、ふっと力が抜ける。  動かなくなった黒い塊が、ドッと地面に崩れ落ちた。  ……ああ、よかった。  ダリスが無事で……。  安堵とともに肩の力がガクンと抜けた。  こんなに脱力するほど、私は知らず力を入れていたのか。  ダリスがこちらへと振り返る。  馬車の窓から覗く私を見上げて、ダリスが口元だけで小さく笑った。  ああ、分かった。  ダリスは私に良いところを見せたかったのか。  理解した途端、苦笑がこぼれ落ちそうになる。  それを頬の内側を噛んでこらえる。  まったく、お前は何を満足そうにしているんだ。  こちらはヒヤヒヤしたというのに。  どうしてそう率先して敵に向かってしまうのか。  お前はずっと私のそばにいると言ったではないか。  大叔父様はいつだってケイト様が腕を伸ばせば届く距離にいらっしゃるというのに。  あれこそが専属護衛のあるべき姿だろう。  お前はもう少し大叔父様を見習ってくれ。  頭ではそう思うものの、こちらへ駆け戻ってくるダリスがあまりに私だけを懸命に見つめているもので、どうしても、可愛いと思う感情が堪えきれない。  鋭い眼差しは緩めないくせに。  その灰色の瞳は期待を滲ませて私を見つめている。 『どうだ、見ていたか。格好良かったか? 惚れ直したか?』  ダリスの訴えが手に取るように分かってしまうと、目尻が下がりそうで困る。  どうしてお前はそうも可愛いのだ。  私は素早く周囲を視線で探って、誰も自分を見ていないことを確認すると、ダリスへ小さく微笑んだ。  ああ、とても凛々しかったよ。と。  ダリスは私を見つめたまま灰色の瞳を少し見開くと、剣を握ったままの右手で緩んだ口元を隠した。  こらこら、危ないだろう。  そう思うものの、私の笑みでダリスが心を揺らしたのかと思うと悪い気はしない。  灰色の瞳は、相変わらず私だけを映している。  その事実を確かめる度に、私は何度でも安堵してしまうのだ……。

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