283 / 304
ごめんね、シオン
既に意識がないのか、シオンはピクリとも動かない。
ただ、赤い命だけが、今も静かに流れ続けていた。
治癒術師の人が治癒魔法をかけてはいるけど、それでは間に合いそうにないな。
「治癒を代わります! 他の方をお願いします!」
シオンほどの怪我ではないけど、周囲にはまだ何人も負傷兵が座り込んでいる。
俺の剣幕に、治癒術師は「はっはいぃっ」と悲鳴じみた声をあげて場を譲った。
シオンの穢れは一応聖球で落とされているようだったけど、傷が深いからもっとしっかり浄化した方がいい。
俺はすぐにシオンに浄化をかけて、それから治癒術を使った。
治癒術が回り始めたことにホッとしながらリストを確認する。
ああ、損傷箇所が多い……。
俺はとにかく真っ先に内臓と肺を治す。
シオン!
まだ死んじゃダメだ!
やっと……、やっと苦しい日々から抜け出せたばかりなのに……。
俺は、シオンに、このまま死んでほしくないんだ。
生まれてきてよかったって、ここまで生きてきてよかったって、もう一度だけでも、思ってほしいんだよ……。
これが俺のひとりよがりな願いだってのは分かってる。
だけど、お願いだよ、シオン。
まだ生きることを諦めないで……!!
シオンの傷は腕ごと体の横側を抉られたような形で、これは……攻撃を避けきれなかったのか、それとも……。
「彼は……、彼は、私を助けて、それで……」
横たわるシオンの頭側に膝をついていた人が、震える声でそう言った。
視界の端に長いマントが見える。
ああ、彼はこの私兵の隊長さんじゃないか。
実際にはダリスが指示を出す事が多いので、彼は副隊長的なポジションではあるけど。
でも、カラサディオやダリスの話を聞く限り、それなりに腕の立つ人だったはずだ。
それが、どうして……。
不意に視界の端に護衛騎士団の甲冑の足が入った。
この細い影は、ヒアッカかな。
「私兵サンらは猪の魔物に真っ向からぶち当たったらしいスよ」
ええっ!?
あんなのに突進されて一刀両断できるのは、リンくらいのものだよ……。
魔物と戦い慣れてない人にはそういうのは分からなかったのかな?
それでもシオンがいたなら助言くらいしてくれそうだけど……。
不意にシオンの足元の方から、若そうな男性の声がした。
「その方は教えてくださったんですっ、ですが、隊長が……」
「……っ、私の、判断ミスです。彼には申し訳ない事をしてしまいました」
隊長さんの膝の上で握り締められた拳が震えているのが見えた。
うん、まあ、大体わかった。
貴族の私兵達はそれなりの家柄の出身なんだろうし、少し前まで人攫いをしていたシオンの言葉に、素直に従いたくなかったってのはあったんだろう。
……だからって、これでシオンが死んでいたら、俺は貴方を許せないだろうけど。
そう思う間にも、治癒はスルスルと進んでゆく。
まるで聞き取れなかったシオンの呼吸音が徐々に詰まりながらも浅く聞こえ始める。
それがゆっくりとした呼吸に戻ってゆくことに、俺は心底ホッとした。
周りの私兵達からも、俺の治癒に対する感嘆の声が漏れ聞こえる。
ああ……けれど、シオンには恨まれてしまうだろうな。
死が一番の望みだったシオンにとって、元騎士として剣を握り誰かを守って死ねる事は、これ以上なく幸せな最後だったのだろうから……。
……ごめんね、シオン。
シオンは俺の我儘に、付き合わされてばかりだよね……。
俺はシオンの内臓損傷を全部治癒すると、出血を薄皮一枚で全て止めてから治癒を止める。
ごめん、最後まで治癒する時間がなくて……。
謝る代わりに、俺はシオンに出血を補うためのスタミナ回復の魔法を二度かけた。
「すみません、後からで構わないのでシオンにも仕上げの治癒をお願いします!」
立ち上がりながらさっきの治癒術師さんにそう叫ぶと、リンがすぐに俺を抱き上げる。
え、なんで? 大丈夫だよ?
倒れそうなほどまで魔力は使ってないし、今もこっそりブレスレットの方から補給してるし。
と、そう思う間に、リンは護衛騎士の真ん中へ俺を連れて行ってくれる。
「護衛騎士は全員俺のそばに来て! まとめて加護をかけるよ!」
声をかけると、一瞬で護衛騎士達が集まる。
俺は彼らにまとめて加護をかけた。
これはキリアダンにいる間に新しく作った魔術陣だ。
1人ずつ加護をかけてたら両手でかけたところで時間がかかるからな、こういう緊急の時にさっと大勢にかけられるよう、範囲指定で加護がかけられるようにアレンジしたんだ。
「私兵の皆さんにも加護をかけます! シオンの周囲に集まってください!」
俺の言葉に、護衛騎士達がまたザッと馬車の周囲に散らばる。
私兵達に加護をかける間、馬車を守っててくれるんだね、ありがとう。
私兵達に加護をかけ終わると、ダリスが俺に駆け寄って「これをお使いください」といつか見た淡く光る石を持たせてくれた。
「お持ちいただくだけで、魔力消費が抑えられます」
「素肌に触れてればいいの?」
「はい」
「わかった、ありがとう」
両手は空けときたいから、えっと、ここかな。
俺がドレスの胸部分を引っ張って胸の谷間に石を詰め込もうとすると、リンが大慌てで俺の胸元をマントで隠した。
あ。ごめん、聖女として、はしたなかったか……。
「ダリス、ここは私兵だけで持ちそう?」
周りを見回せば、もうほとんどの私兵が戦線に復帰しつつある。
まあ軽症の人が多かったからね。
俺の言葉に、ダリスは少しだけ赤い顔で「はい、必ず持たせます」と答える。
「猪型の突撃は避けるんだよ?」
俺が釘を刺すと、ダリスが苦い物でも食べたような顔になった。
「……心得ました」
「シオンはもう起こせると思うから、見たことない魔物が出たら必ず助言を聞いてね」
「はい、必ず」
ダリスは眉間の皺を深めながらも俺に約束してくれたので、俺は護衛騎士の皆に声をかけた。
「団長の話は聞いたよ、浄化移動時の編成で2、4、6班の順で村に入ろう、教会前に浄化が必要な人達がいるようだから、まずはそこを目指すよ!」
「「「はいっ」」っス!」
リンが俺を抱えたままタッと軽く駆け出したので、騎士達もリンを起点に町中を浄化する時の縦型陣形になる。
ああそうか、リンが俺を抱えてくれてるなら、立ち止まらなくてもこのまま浄化で索敵ができるのか。
俺はリンの腕の中で両手を組んで目を閉じると、村の全てに聖力を薄く巡らせる。
南西方向にはまだ魔物が多いな、北東に人が集まって……ああ、あそこが教会か。
「2班、その先を右に! 前方に中型3体、2班で迎撃してね! 4班6班は止まらず進むよ!」
俺の指示に、全員が短く返事を返す。
「はぁ~、ケイト様……じゃなかった、聖女様マジ最強っスね!」
ヒアッカの声に、カイルとフォーンも小さく呟く。
「頼りになるどころの話じゃないな」
「聖女様という枠を越えてるよね」
「もう20回以上巡礼に行ってる俺でも『聖女様の指揮下に入れ』なんて言われたのは初めてだぞ……」
ドルーグの呟きまで聞こえると、なんだか申し訳ない気がしてしまう。
「聖女様、聖力は大丈夫ですか?」
そんな中、クロイスが俺を心配してくれる。
確かに範囲加護に浄化に広範囲の索敵で、減ってはいるけどね。
「うん、まだ平気だよ」
俺が微笑んで答えると、途端にヒアッカが「接敵まで俺、聖女様に愛を捧げるっす!」と宣言した。
すると、僕も私もと4班の皆がいつものように、それぞれ俺に愛を告げてくれる。
うう、待って待って。
助かるけど、ありがたいけど、ここ村の中だからね?
しかも小走りで移動中だからね!?
ともだちにシェアしよう!

