285 / 304

もうちょっとだけ、頑張らせて

「2班は俺と教会に入るよ!」  俺の声に続いて、ヴィクトルさんが4班と6班に指示を出す。  駆け出した俺の体は、次の瞬間リンに抱え上げられていた。  またこのパターンか。  でも実際、聖女姿の俺の足で走るより、リンに抱えられて走ってもらう方がずっと早いんだよな。  俺は大人しくリンの胸元にくっつく。  走るリンの負担にならないように……。 「ありがとう、リン」  感謝の気持ちを伝えると、リンは口角を嬉しそうに持ち上げた。  そのスッと綺麗な顎にも、鮮やかな青い前髪の毛先にも、さっきの戦闘で滲んだらしい汗の滴が光っている。  さっきのリンはとってもかっこよかったな……。  そんな気持ちが場違いにも溢れてしまいそうで、俺はそれをせっせと胸にしまいながら教会前に集められている穢れた人達の方へと視線を向ける。  そろそろ範囲浄化がかけられそうな距離だ。 「皆さん、もう大丈夫ですよ、今浄化しますねっ」 「聖女様!?」 「聖女様が来てくださったぞ!」 「ああ、助かった……」 「聖女様……こんな危険なところまで……」  ちょっと恥ずかしいけど、俺はリンにお姫様抱っこをされた状態で両手を組んで浄化をかける。  俺の小さなプライドより、1秒でも早く苦しい人を助ける方が大事だ。  2枚並べて敷かれたゴザに子どもも大人も合わせて12人の穢れた人が横たわったり座り込んだりしている。  俺はゴザ2枚分の範囲を囲って強めに浄化をかけた。  深い怪我をしている人も2人はいるようだから、深部に穢れを残さないように……。  よし、できた。  聖力はまだ十分ある。  俺は続けて村人達に範囲加護もかけた。  何も言わなくても、リンは俺を一番怪我の酷そうな人の前にトンと降ろした。  ああでも教会を守るために戦ってくれてた村人さん達も結構穢れてそうだな……。  俺が視線を教会の周りに立つ村人達に投げると、リンが「聖球を使いますか?」と尋ねる。 「穢れの酷い人から順に、1人ずつ2班の人と交代でここに連れてきてくれる?」  俺の言葉に2班から「「「はい」」」と返事が返るのと同時に、俺は治癒の魔術陣を展開した。  ん……?  魔力消費量がいつもよりずっと少ない……。  ダリスの貸してくれた魔道具のおかげか。  そのかわり胸元がポカポカあったかくて、その……光ってる……ん、だけど……。  俺の、胸の、谷間が……っ!?  急いでたとはいえ、別の場所にすればよかったか。  これはその、目のやり場に困る……よね。  俺は治癒対象者とリストを見てるけど、その……俺の周りの人達が……ね……。  俺は、胸元へとどうしても集まる村人や騎士達の視線に全力で気づかないフリをして、なんとか一番の重症者の一命を取り留める。 「ふぅ」  俺が息を吐いて額の汗を拭った途端、俺の体にリンのマントが巻きつけられた。  光を通さないためにか、2つか3つに折られたマントは分厚いケープみたいな感じになっている。  それを肩の上でキュッと結ぶと、また俺をヒョイと抱き上げた。 「あっ、後で回復魔法をかけにきますので、その方はそのまま動かさずにいてくださいね」  俺はリンの腕の中から慌てて村人に伝える。  意識のまだ戻らないその人の周囲の人達が頷き「はい」と答えるのを聞きながら、俺は次の重症者へ視線を移した。  あの人は出血が酷いな。  倒れていた子ども達は主に瘴気にやられていたようで、浄化だけで動けるようになっているようだ。  足を怪我しているらしい子はまだ座り込んだままだけど、怪我の程度は酷くなさそうだし、よかった。  村人の穢れが落ちてからは救急箱を抱えて待機していた大人達が手当も始めているし、後から向かおう。  ホッとする間に、俺はリンにそっと下ろされる。  目の前には太腿を大きく裂かれた男が、青白い顔で苦悶の表情を浮かべていた。  止血に脚の付け根を強く縛られてはいるが、いかんせん出血量が半端ない。  このままでは治療中に失血死してしまいそうだ。  俺は治癒より先にスタミナ回復をかける。 「聖女、様……、お、俺の足はもう、ダメなので、他の奴から治してやってください……」  血が少し戻った彼が、震える唇で健気な事を言う。 「大丈夫ですよ、私が全員助けますからね」  俺は微笑むと、いつものセリクの作った治癒術をかけた。  これなら麻酔がかかるので、意識のある人も辛い思いをしないで治せるのがいいよね。 「は、なんだ、これ、痛くねぇ……?」  痛みに顰めていた眉を今度は驚きに持ち上げた村人さんが、大きく裂けた太腿が元通りに治ってゆく様に目を奪われる。  俺のこめかみを汗の滴が1つ2つと流れ落ちる。  魔力はブレスレットからの補充と胸元の魔道具のおかげでなんとかなってるけど、俺の集中力の方が……ちょっとマズイな。  ここまで、一日で魔法を使い過ぎたか……。  なんだか……目が回りそうだ……。  俺は脚が繋がって薄皮が出来上がったところで一度治癒を止める。 「治療の続きは後からしますね、まだ血が足りないので安静にしておいてください」 「はっ、はいっ」  視線を上げると、そばには2班の人が送ってくれた穢れた村人が立っている。  ああ、教会の周りで魔物を牽制してくれてた人達の1人だね。  その人を浄化して、次の人を治して、また次の人を浄化して、次の人を治す。  繰り返すうちに、だんだん息が上がってきて、指先が震えだす。  せっかく魔力は足りてるのに、いくらでもは治癒出来ないのか……。  いや、疲労ならスタミナ回復魔法でなんとかならないかな?  自分にかけると、身体は軽くなった。  でも頭の中のグルグル感は抜けないな……。  ダメもとで自分に浄化もかける。  すると、脳内の疲労物質でも除去されたのか、頭がスッキリした。  お。これならいけるんじゃないか?  俺は調子を取り戻して、言葉通りに怪我をした村人全員を治癒する。  最後に軽傷だった男の子の足の怪我を治す頃には、騎士達によって教会周辺の魔物も倒しきられていた。  村人達の感謝の声に笑顔で応えていると、南西の方から負傷兵を抱えた私兵達が姿を見せる。  まだ休んでる暇はなさそうだな。  そちらへ駆け出そうとする俺をリンがまた抱き上げて走ってくれる。 「ありがとう」 「あまりご無理をなさらないでください……」  リンが、周りに聞こえないような小さな声で囁いた。 「ごめん、もうちょっとだけ、頑張らせて」  俺の言葉に、リンは感情を殺したような声で「はい」と答える。  なんだか申し訳なくて、リンの顔を見上げることができない。  俺と一緒にいるせいで、リンには辛い思いをさせてばっかりだ。  俺に……もっともっと、いくら魔法を使っても元気でいられる心と体があればいいのにな……。  私兵達の怪我を治して、浄化に加護を上掛けする。  彼らはまた戦いに戻ってくれるというので、聖力付与も。  戦場に戻ってゆく私兵達と入れ替わるようにして、3班、5班の人達が加護を受けにきてくれる。 「えっと、待ってね、聖力が足りなくなってきちゃったから……」  そう言って俺が2班の皆に視線を投げると、2班の皆は待ってましたとばかりに、とても良い笑顔で俺に愛を捧げてくれる。 「班長として先陣を切らせていただきます。聖女様は小さな御姿で、どこまでも大きな心をお持ちです。どんな時も誰一人として見捨てず、ご自身を削ってでも誰かに手を差し伸べようとなさる。私はその御姿を何度拝見したか知れません。その度に、この方をお守りせずして何のための護衛騎士かと身の引き締まる思いがするのです。この巡礼に参加できたことは私の護衛騎士人生において最も誉れ高き僥倖です。深く深く、敬愛しております」 「あ、ありがとう、ブレアルさん……」  ここまでずっと愛の言葉を考えていてくれたのか、5人ともそこそこ長い言葉をスラスラと捧げてくれるんだけど、どういうことなの……?  熱烈な愛の言葉に、俺は耳まで真っ赤になって顔を覆ってしまった。  すると当然、3班と5班の騎士達が何してるんだって顔をするので、今度は2班の皆がドヤ顔で説明してくれてしまう。  ……そんなわけで、俺はこの日、全てが片付くまで倒れることなく村の魔物討伐と村全体の浄化を終えた。  愛の言葉は、もう一生分聞いた気がする……。

ともだちにシェアしよう!