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腹ペコなのは俺だけか
討伐と浄化を無事終えて、俺達は村長さんの邸宅にお邪魔していた。
この村には大きな宿はないので、騎士達と私兵達は村長さんのお宅の周辺にテントを並べている。
巡礼の最初の頃は騎士達のテントと私兵達のテントの間には随分距離があったけど、今日は半日近く共に魔物討伐作業にあたったこともあってか、2階の窓から見下ろした2色のテント達は両者の間に空間を開けることなく一塊となっていた。
1人の怪我人もなく……いや、怪我人が出なかったわけじゃないけど俺が全部治したので、現時点では1人の怪我人もいない。
そんなわけで、一日戦った皆が火を囲んで食べる夕食は、どこか祝勝会ムードだ。
皆の笑顔を遠目に眺めて、皆が無事で本当によかったな……と噛み締める。
楽しげな笑い声は、ここまでかすかに届いていた。
「楽しそうでいいな……」
「聖女様」
9班班長のケーゲルさんに声をかけられて俺は慌てて窓から視線を外した。
「あ、ごめんなさい、立ち止まっちゃって……」
これから村長さんとお夕食なのに、待たせちゃまずいよね。
堅苦しい夕食会より、俺も皆と外で気楽に食べたいなぁという気持ちを振り切るようにして廊下の先を見る。
「いえ、そうではありません。今日のお礼をお伝えしたかったのです」
「今日のお礼……?」
「シオンさんを助けてくださって、ありがとうございます」
深々と頭を下げられて、俺はちょっと面食らった。
そんなの、わざわざケーゲルさんがお礼を言うことでもないのにな。
……でも、シオンが生きている事を俺以外にも望んでくれている人がいるのはとても心強い。
「私もシオンに死んでほしくなかったので……。シオンには恨まれそうですけどね」
苦笑して答えれば、顔を上げたケーゲルさんが一瞬苦そうな顔をした。
ケーゲルさんもシオンが死にたいと思っているのは分かってるのか。
俺にはそれだけでありがたいよ……。
「ケーゲルさん達は、まだ休まなくても大丈夫なんですか?」
夜番の皆さんも今日は日中寝ずに魔物を討伐してたから、もうヘトヘトだよね。
すでにソーンのいる8班は16時過ぎくらいから寝始めたみたいなことをさっきアークが言ってたけど。
「今夜は夜番と昼番が交代で部屋番に参ります。私達9班は21時交代の予定です」
なるほど。
「皆さん、いつもありがとうございます」
俺が頭を下げると、9班の騎士達は照れたり喜んだり逆に俺を気遣ったりしてくれた。
彼らも庭での宴会を我慢して、俺についててくれるんだもんな。
さらにはこれから俺達がご飯を食べる間中、食べずに後ろで立っててくれるんだもんな……。
「あの、聖女様……? 我々はすでに夕食を済ませていますからね?」
ケーゲルさんに言われて、あ、そっか、と思う。
そういえばリンもアンナもさっき先に食べてたな……。
えっと、もしかして俺、不憫そうな顔をしちゃってたかな……?
「それならよかったです」
にっこり微笑むと、ケーゲルさん達の方がちょっとだけ不憫そうに俺を見た。
リンも、騎士の皆もお腹が空いてないならよかったよ。
そっか。
腹ペコなのは俺だけか。
ようやく村長さん達の待つ食堂に着くと、俺の後からも2人来る。
最後じゃなくてよかった……。
皆が揃うと、村長さんが長い長いお礼の言葉を述べてくれる。
席にはカラサディオの姿もあり、その後ろにはダリスもいた。
カラサディオとは今朝早くに別れたきりだ。
2人とも、無事でよかった。
俺の視線に気づいたカラサディオが、綺麗な顔で上品に微笑んでくれる。
うわぁ……流石王子様って感じがするなぁ……。
なんだかカラサディオの周りだけキラキラ光ってるみたいだ。
村長さんの長いお礼の言葉が終わって、これでようやく食べ始められると思った矢先、村長さんは侍従さんに呼ばれて出ていってしまった。
これって、戻ってくるまで食べずに待ってた方がいいのかな……。
料理は既に目の前に並んでるけど、そこには湯気のひとつもない。
庭で騒いでいた騎士の皆が熱々のスープに、串に刺した肉を齧っていた様子が眼裏に甦ると、ぐぅぅぅぅ、とお腹が鳴ってしまった。
うっ。
シンとした部屋の中で俺のお腹の音が鳴り響いてしまった。
思わずカーッと赤くなってしまう顔を両手で覆う。
だって、村長さんは出ていったけど、まだ部屋には村長さんの家族とか、商会の人とか教会の人とか、沢山いるんだよ……っっ。
クスクスとカラサディオが上品に笑うと、我慢しきれなかったのか村長さんの息子さんがブフッとふき出して、それから皆で笑ってくれる。
うん、シーンとされてるより笑ってくれる方がまだマシだよ……。
「すみません、もうお腹がぺこぺこで……」
俺が苦笑しながら謝ると、教会の司祭様が聖女様を空腹のままにはさせてはおけませんとおっしゃってくださって、俺達は村長さんを置いて先に夕食にありつけることになった。
村だとこの辺が緩くて助かるよ。
貴族のいるような集まりだと、その人抜きでは始められないもんな。
俺はご飯をもりもり食べてから、まだまだ続きそうな食事会を「疲れているので、お先に失礼します」と早めに切り上げて部屋に戻った。
カラサディオには後で部屋まで来てもらうよう後ろでアンナからリサを通して約束を取り付けている。
アンナも色んな事ができるようになってきたなぁ。
これもリーアのおかげだ。
部屋に着いてソファに座った途端、疲労がドッときたのか急激に眠気がきた。
一日駆け回った後で、お腹もいっぱいで、あったかい場所でホッとしてしまったら……。
そりゃ眠くもなるよな。
ソファでクッションを抱えて船を漕ぐ俺の頭を、リンの大きな手が支えた。
「ケイト様、少しだけでもお休みになっていてください」
そう言ってリンが優しく俺をソファに横たえてくれると、もう睡魔に耐えられそうにない。
「じゃあ、ちょっとだけ……。カディー達が来たら……起こして、ね……」
ゆらゆらと水中に沈んでゆくような感覚に身を任せると、あっという間に眠りに落ちた。
何か……聞こえる……。
……なんだろう。
人の話し声だ。
男性の声……。
数人がヒソヒソと声を潜めて会話しているのが聞こえる。
1人は間違いなくリンだ。
落ち着いた、誠実な声。
小声でも、リンの声はかっこいいな……。
もう1人はリンによく似た声だから、カラサディオかな。
それなら最後の低い声はダリスか。
「そんなにも悪い状態なのか」
これがダリスだな。
「ああ、ケイト様は結界柱に近寄るだけでもヒビが広がり結界が破損する可能性があるとご判断され、距離を取ったまま浄化なさった」
リンは今日の事を2人に話してくれてるのか。
「結界柱の中の者をあれほどご心配なさっているケイト様が、それを諦めるほどなのですね……」
カラサディオは俺だけじゃなくてリンにも敬語を使うんだよな。
立場は第二王子のカラサディオの方が上なのに、リンを大叔父として敬ってくれているところがなんともカラサディオらしい。
リンも、ダリスにはタメ口だけどカラサディオには敬語だよな。
……じゃなくて。
カラサディオ達が来たら起こしてって、俺、頼んだよね?
なんで3人だけで話してるんだよ。
ん?
でもリンはさっき「はい」って言ったっけ?
もしかして、俺が聞き逃したんじゃなくて、リンは俺を起こす気がなかったって事……?
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