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デカいのひとつで頼む
「フロウリアの存続に関わる危機的状況です、殿下には至急城へ戻り、早急に対処するよう国王にお伝えいただきたい」
リンの言葉にカラサディオが「わかりました」と答えると、ダリスの声も続いた。
「任せておけ、すぐに早馬を出して伝令を送る。我々も城に戻り国王へ詳しく状況を説明し対策を取ろう」
そう言ったダリスガンドが立ち上がるような音がして、それから足音が遠ざかる。
おそらく廊下で待機させていた私兵に早馬の手配を頼みに行ったんだろうな。
今までよりもさらに小さな声で、カラサディオが呟いた。
「ここから先はルクレイン領地でしたので、ケイト様を町にお誘いできればと、楽しみにしていたのですが……」
カラサディオの声は、なんだかとても悲しそうだ。
ああ、この先の町は3つともルクレイン領に入ってるんだっけ。
そんな事を前にリンも教えてくれていた。
そう言えば、蒼の巡礼について行った2年目に、西側で一番大きな町に入った日。ルクレインの家紋を見せると優遇してくれる施設があるから、どこか行きたい場所があれば教えてほしいってリンに言われて……。
あれはデートのお誘いだったのか、気づかなかった。
俺は確か「特に行きたい場所はないよ、強いて言うなら、本屋さんとか図書館かな?」なんて答えて、リンと本屋さん巡りをしたんだっけ。
お昼ご飯もリンとエミーと一緒に外で食べて、すごく楽しかった。
リンに言わせると、ルクレイン領は治安の良さがこの国一らしい。
現に俺も今のところルクレイン領内では一度もさらわれた事がない。
カラサディオがルクレイン領まで俺を外に誘わないで我慢しててくれたのは、俺を危ない目に遭わせないためだったのかな。
「殿下、これはあくまで私の推測ですが、ケイト様は来年もフロウリアに残られるものと思われます」
リンの声は、さっきまでの情報共有をしていた時よりも、少し柔らかくなっていた。
「ですので、殿下がこれきりケイト様とお会いできなくなるという事はないでしょう」
「大叔父様……、ありがとうございます」
カラサディオのほっとしたような声に、俺もホッとする。
「……とは言え、殿下をケイト様とお二人にはできませんが」
いやいや、牽制しなくていいから。
せっかく『カラサディオを励ましてくれるなんて、リンは優しいな』って思ったとこなのに。
一言余計だから。
俺は、まだ重たい瞼をえいやと開ける。
カラサディオとダリスはきっと明日の朝にはここを発つのだろう。
その前に、やっぱりちゃんと顔を見て、声をかけておきたかった。
途端、リンが振り向いて俺を見る。
……リンには俺が目を開ける音でも聞こえるんだろうか?
「お目覚めですか、ケイト様。煩くしてしまい申し訳ありません」
口では謝っているのに、リンの顔には嬉しそうな微笑みが浮かんでいる。
リンは俺が目を覚ますのが大好きなんだよな。
というよりも、目を閉じている俺を見ているのが不安なんだろうか。
俺が目を開くと、倒れた場合じゃなくても一瞬すごくホッとした顔をする。
ごめんね、いつもリンを不安にさせるような事ばかりして。
フロウリアの事がなんとかできたら、俺はリンにもっと心安らげる生活を送らせてあげたいな……。
俺が体を起こそうとすると、すぐにリンが隣に寄り添って俺の背中を支えてくれる。
甲斐甲斐しいリンに口元が緩みそうなのを堪えつつ、2人に目を向けた。
「カラサディオ、ダリスも来てくれてありがとう。寝ちゃっててごめんね」
「いいえ、美しいケイト様の貴重な寝姿を拝見できましたこと、とても嬉しく思っております」
うっ、カラサディオは綺麗な顔ですぐそんなこと言う……。
「リンから話を聞いてくれたかな」
「はい、うかがいました」
俺はリンに感謝を込めた眼差しを送ってから、もう一度カラサディオに視線を戻す。
「なるべくすぐに対応してほしいんだ。急で悪いんだけど、カラサディオにお願いしてもいいかな」
「かしこまりました。結界柱の周辺警備と徹底保護を必ず早急に実現させるとお約束します。国の一大事ですから、ケイト様がお気に病むような事はございません」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ」
「ただ……残りの旅にご一緒できませんことは、非常に残念でなりませんが……」
「ふふ、そうだね。俺もカラサディオと離れるのは寂しいな」
俺の言葉にカラサディオが一瞬青紫色の瞳を丸くして、それから嬉しそうにうっとりと微笑んだ。
途端に、斜め向こうに座るダリスと俺の隣に座るリンがバチッと冷たい視線を絡めている。
「結界柱のことが落ち着いたら、教会に来たらいいよ。6月の頭には帰還式典もあるからね」
「式典……」
そう呟いたカラサディオが、瞳をキラキラと輝かせる。
「はいっ、必ず拝謁致します!」
拝謁って言うか、無料で見られる出し物だからさ……えっと……普通に観覧しに来てね?
夢見心地な表情で俺を見つめるカラサディオに、俺は曖昧に微笑み返した。
***〈セリク視点〉
アオイと僕は、ミノル様の調査隊と一緒にテント生活を送ることになった。
調査隊には私兵の他に狩人や研究員など色々な人達がいて、僕達が一緒に生活すると決まったら、アオイと僕のための専用テントを私兵さん達が手早く建ててくれた。
それに、アオイにも僕にもそれぞれ1人ずつ護衛までついた。
僕に専属護衛だなんて……こんなの人生初で、なんだか落ち着かない。
「んなソワソワすることねーだろ、今までだってオレが聖女やってた間はオレの周りに護衛騎士がわらわらいたじゃねーか」
「それは聖女の護衛じゃないか。僕に護衛がつくなんて……初めてだもん……」
「んだよ、可愛いな。ほら、屈め」
んん……?
今の会話にどこか可愛い要素あった?
アオイに言われた通り頭を下げると、アオイは僕の頭を引き寄せて僕の頬に唇を押し当ててくる。
触れた面積がいつもよりも小さくて、なんだか懐かしい感触だ。
護衛の人達は僕達がテントにいる間はテントの外を守っててくれるらしい。
だから今、僕達の専用テントの中は、僕とアオイの2人きりだ。
「セリク、今日は……いや、今日『も』か。いつもありがとな。ハディルドから話聞き出せたのも、協力してもらえたのも、全部お前のおかげだよ」
「え、僕何にもしてないよ?」
交渉に関してはアオイに任せっぱなしだったし。
それどころか、ハディルド様から今は失われた貴重な知識を山程いただけたのは、僕にとってはご褒美以外の何物でもない。
「いーや、今のこの状況はな、お前がここまで睡眠時間削ってギリギリまで頑張ってくれてたおかげなんだよ。兄ちゃんにコンパクトを持たせられたのもな」
アオイの黒い瞳が……ううん、今は幻術で黒寄りではあるけど紫色に見える瞳が、僕をじっと見つめている。
そこには僕へのまっすぐな感謝がたっぷり浮かんでいた。
「そう……なの、かな……?」
僕には、アオイが情報を集めたり、ソーマ様と交渉したり、接触すら拒もうとしていたハディルド様を説得した事の方がずっと凄いと思うんだけど……。
「そーなんだよ」
ぶっきらぼうに言ったアオイが、僕を見つめたまま綺麗なツリ目をゆっくり細める。
ああ、僕はアオイのこの表情が好きだなぁ……。
「ほら、突っ立ってねーで座れよ」
でも僕の腰を抱き寄せるアオイの手は、今までよりもずっと小さい感触だ。
……幻術だから。
今アオイの実体は、聖女の大きさなんだよね。
「ここまで一気にバタバタして疲れただろ、今のうち少し休んどけよ。父さんがなんか面倒ごと持ち込んでくる前にな」
そう言って、アオイは小さな手で僕をベッドに引っ張って行く。
テントにベッドは1台だけだった。
2台組もうとする私兵達に「デカいのひとつで頼む」と言ったのはアオイだ。
だから、元は2台だったベッドは連結されて、今はひとつのベッドになっている。
アオイに促されるままに、僕はベッドに腰掛けた。
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